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19.棄てられ令嬢治される。

 


「そうと決まれば、調べることがいっぱいですね」


 ちょっと名残惜しいですが、いつまでもこうしているわけにはいきません。

 私は下腹に力を入れると、繋いでいた手を放し、勢いをつけて立ち上がります。


「あっ……」

「? どうかしましたか」

「な、なんでもないわ」


 リメリアさんが大きく咳払いをしました。

 埃っぽいからですかね?


「ええと、呪いに関する書物よね。だったらその日誌と、あとはこれとこれ――」


 なんだか妙に声を上擦らせながら、リメリアさんが棚から、何冊か本を抜き出していきます。


「あとはそこの、んっ」


 棚の最上段、頭上よりも少し高い位置にある本に、リメリアさんが手を伸ばします。

 しかし、精一杯に伸びをして、ぴょんぴょんと地面を蹴っても、その手は僅かに届いていません。


「私が取りますよ」


 私の方が多少、身長がありますからね。楽々、とまでは行きませんが、私なら届かなくはないでしょう。

 苦戦しているリメリアさんに代わり、私が棚の前に経ちます。

 つま先立ちになり、身体を伸ばしてようやくお目当ての本に指が届く、といった時でした。


「い”っ」


 脇腹に、鋭い痛みが走ります。

 更にその痛みを中心にして、じわりとした湿り気が広がっていくのわかりました。


「……フェイ? どうしたの、これ!」


 咄嗟に腕を下げたのですが、脇に広がりつつある赤い染みを、リメリアさんに見られてしまいます。

 治癒魔法のおかげであまり痛みが無かったので、すっかり失念していました……。


「なんというか、この間、少し怪我をしてしまいまして。その時の傷が開いちゃったみたいです」

「少し、じゃないでしょう!」


 隠すようにした私の手を押しのけ、赤ワインを零してしまったような私の服を、リメリアさんが凝視します。


「脱がせるのも手間ね。斬るわよ」


 私が頷くよりも早く、リメリアさんは氷のナイフで、衣服の赤く濡れた範囲を切り取ってしまいました。

 脇が空気に触れて、なんだかすーすーします。


「どこでこんな怪我を?」

「転んだ時に、ちょっと。塞がりかけていたので、大丈夫かと思ってたんですが」


 あははと誤魔化すように笑うと、リメリアさんの視線が一層厳しいものになりました。


「次からは怪我したら私に言いなさい。得意じゃないけど、治癒魔法が使えるから」

「いえ、そんなわざわざ……はい」

「じゃあ、治すわよ」


 視線に負け、項垂れる私の側腹に、リメリアさんが手を近づけます。

 直接触れない程度の距離で止めると、彼女の手のひらから傷口に、暖かいものが流れ込んできました。

 じわりじわりと傷口が閉じていく最中、その傷を見ながらリメリアさんがいぶかしげに眉を顰めます。


「治りが、遅い? なんでかしら」


 そういえば昔、魔法の勉強で学んだことがあります。治癒魔法は、一度治癒を受けた傷には効き目が悪いと。

 流れる血とは別に、冷や汗が背中を流れていきます。


「な、なんででしょうね」

「フェイ、私以外の誰かから治癒魔法を受けたりした?」

「ありませんよ、そんな」


 だって治療を受けたの、リメリアさん本人からですし。

 そもそも治癒魔法自体が、魔法の中でも更に希少らしいですからね。

 しきりに首を傾げているリメリアさんには悪いのですが、ここは黙秘をさせてもらいます。


「まあいいわ。これで治癒は終わり。効きが悪かったから、応急処置くらいにしかならなかったのはごめんなさい」

「いえそんな! わざわざ治療して貰えるだけでもありがたいです」


 元はといえば、大体悪いのは私ですしね。

 心の中で平謝りしつつ、中断してしまった調べものの続きをしようとしたところで、リメリアさんに伸ばした手を抑えられてしまいました。


「今日はもう終わり。こんなところに居たら、傷にも良くないでしょう」

「ですが……」

「ですがじゃない。続きは傷が治ってからよ。貴女が辛そうにしてるのを見るのは、嫌なの。幸い、誰かのおかげで最近は時間も余るようになってきたし、いつでも付き合えるから」


 そう言われてしまうと、返す言葉もありません。

 不気味な音をたてて閉まる書庫を背に、私たちはとぼとぼと帰路につきました。




 石階段を登りきり、ようやく執務室の入り口というところで、リメリアさんが足を止めます。


「……?」


 隠し扉の出入り口から、リメリアさんが部屋の中をキョロキョロと見回すのですが、私にはおかしいものは何も見えません。


「どうかしましたか?」

「いえ、どこからか視線を感じたのだけど、気のせいかしら」


 リメリアさんの視線を追っていった先にあったのは、換気用の小窓。

 ですが、ここは二階ですし、第一あれは人が出入りできる出来るようなところじゃありません。

 縁に乗れば顔を出せなくもないですが、そんなところに人が居たら一発で分かります。

 あそこから何か出来るのなんて、私が猫になってなんとか、くらいじゃないでしょうか。


「何も居ないように見えますよ」

「そう、ね。書庫に他人を入れたのは初めてだから、気を張り過ぎたのかしら」


 そう言って、彼女はいつもの場所へ座らず、何故か部屋の出口の方へと歩いていきます。


「フェイはここで座って待ってて」


 私を置いておいてどこかへ行ったリメリアさんは、しばらくすると帰ってきました。

 手には包帯と、可愛らしい肌着を持って。


「あの、包帯はわかるんですが、それは」

「それダメにしちゃったから、代わりの服よ。もう時間も遅いし、替えを下まで取りに行くのも手間でしょう」


 確かに使用人用の服が仕舞ってあるあるのは地階ですし、屋敷の反対側でそれなりに距離はあります。けど


「いえ、あの、それリメリアさんの私服ですよね」

「? そうよ」


 恐る恐る彼女が手に持ったそれに触ってみると、するりと、指の上を流れるような感触がしました。

 絶対、使用人のお給金なんてお話にならないくらい高価な品です。


「流石に借りられませんって!」

「あげるわよ。私にはあまり合わなかったものだから。フェイなら似合うでしょう」

「そういうわけには……」


 中々受け取ろうとしない私に服をさっと押し付けてリメリアさんはそれから手を離してしまいました。

 残念ながら、返品も受け付けて貰えそうにありません。


 せめて絶対血が付かないよう、私は脇を包帯でギチギチに固めました。


「それじゃ、お休み」


 リメリアさんは怪我をした私に徹底して何かをさせる気はないようで、寝支度にはエマを呼び出し、私はそのまま帰されます。


 その後は着心地の良い上等な肌着のおかげですんなり眠れ……るわけもなく。

 服からは妙にいい匂いがしますし、なんだかそわそわして、いつもより眠るのが大変遅くなりました。




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