13.棄てられ令嬢歓談する。
申し訳ありません。投稿ミスがあったので、本話を11話→13話へ変更し、本来の10.11話を改めて投稿しました。(2023/11/02)
「どうなってんですかぁ!」
食堂に響くエマの怒声。そうですよね、あの場では抑えても、やっぱり怒ってますよね……。
「すみません。やっぱり休憩時間に合わせるようにしまし、もっとお仕事も頑張るのでどうか」
「そっちじゃないんですけど! むしろ普段から頑張り過ぎて心配なのでちゃんと休憩をとって欲しいんですけど!」
即答で否定されました。というか私、そんな風に思われてたんですね。
「じゃあ、一体何を?」
「わかりませんか!」
眉間に皺を寄せるエマを前に、私はじっと考えます。
朝の何かがエマの琴線に触れたことは間違いと思うんですが、散歩の約束を取り付けたこと以外は特段変わったことは無かったはずです。
「すみません、わかりません」
「公爵様ですよ! さっきフェイは公爵様と何してましたか、はい!」
「何って、楽しくおしゃべりをしてただけで」
隣で朝食をとりながら話を聞いていたルチアがフォークを取り落とし、厨房からは何かが割れる音がしました。
「そ・れ・で・す・よ! 何をどうしたらあの公爵様と楽しくお話出来たよ、になるんですか。
こっちは何時フェイが失礼な口を聞いたと斬り殺されるのか冷や冷やでしたけど!」
エマが感情のまま手のひらをテーブルに叩きつけ、上に乗った食器たちがガチャンと音を立てて揺れます。
朝の様子がおかしかったのはつまり、気が気じゃなかった、と。
道理で、途中から表情筋が死んでいたわけです。
「大丈夫ですって。リメリアさんもそんな急に怒ったりしませんよ」
「フェイは危機感が死んでるのか自殺志願者かどっちですか。 滅茶苦茶睨まれてましたからね?」
多分、寝起きで細目になってただけだと思います。
「だから気のせいですって」
「もー、聞いてくださいよパウロー。フェイが死に急ぐんですぅー。いつか魔法でバーンってやられますよバーンって」
話を振られたパウロは、我関せずで洗い物を続けていました。
横のゴミ箱に捨ててあるお皿は、さっき割った物でしょう。
「そんなことされませんし、そもそもそんな魔法ありませんって」
「分からないじゃないですかぁ。そりゃあ魔法は貴族様しか使えませんし? あたしたちには縁遠い話ですけど」
エマが不満げに口を尖らせます。
その話、正確に言うなら貴族ではなく高位貴族の一部だけなんですけどね。元貴族でも私なんかは、魔法を微塵も使えません。
義妹は少し使えましたが、短時間だけ蝋燭の代わりが出来る程度の火が出せるだけでした。
エマの言う人を吹き飛ばすような類の魔法は、それこそ御伽噺の中の存在です。
「ちょっとは平民でも夢見たっていいじゃないですかー」
「実は平民の中にも居るっすよ、魔法が使える人」
それまで静かに聞いていたルチアが突然、するっと話に入り込んできました。
「えっ、そうなんですか!? どうやったら分かるんですか、それ」
「まあ判別方法は色々あるっすけど」
エマが期待に爛々と目を輝かせます。
ですが、恐らくその期待は……
「あ、エマっちは無理っすよ。血筋とか色々理由はあるけど、一番はそもそも、素質のある人は自分でそうとわかるんで」
「そうですか、無理ですか……」
がっくりと肩を落とすと、エマは不貞腐れたようにテーブルに寝そべりました。人間、上げて落とされるのが一番辛いのです。
「えーっと、ちなみにエマは使えるとしたらどんな魔法を想像してたんですか?」
なんとかでっち上げた魔法の話題に、エマがもぞもぞと顔をあげました。
「……水がいっぱい出せるとか、重い物が運べるとか? 仕事が楽になりそうだし」
「いやー、そりゃ無理っすよ。水が出せるにしても、普通は一日コップ二、三杯とかっす。そんな芸当が出来るとしたら、それこそ王族レベルってことで。
ま、仮にそんな魔法が使えても大貴族に目を付けられるだけなんで、碌なことにはならないっすけど」
夢を即座に撃ち落とされたエマが、今度こそテーブルめがけて撃沈します。
これはしばらく浮上してこないでしょう。
それにしても、驚くべきはルチアの知識量です。
「魔法、詳しいんですね。もしかして、ルチアも使えたりするので?」
「まさか! 親父がそういうの好きで、そのせいっすよ」
ルチアが手をひらひらと振って見せたルチアは、迷惑な話っすよね、と付け加えます。
が、その割にどこか楽し気なのは、お父様との過去がそう悪くない思い出なのだからでしょう。
「聞いても無いのに勝手に教えられて、魔法の種類とか」
「では、どういうものを教えられたんですか?」
「有名どころで火とか水とか。変わったところだと、姿を変える魔法っすかね」
「姿を変える、ですか?」
私自身が使えないこともあって、魔法には明るくは無かったのですが、その話には引っかかるものがありました。
どこかで、聞いたような話です。
「どんな姿に成れるのでしょうか」
「動物とか植物とか、犬猫なんかが代表かな。まあ変わるっても一時的っすけどね、呪いなんかと違って」
ルチアの語る話の中に、更に私の興味を惹く単語が紛れ込んでいました。
「呪いとは? 死んだら祟ります、みたいなあれですか」
「いやいや。語源はそこらしいっすけど、今言った呪いはただの魔法の亜種っすね。まあこっちはマイナーすぎてほとんど知られてないんで、そう思うのも仕方ないんですけど」
心臓が早鐘を打ちました。リメリアさんの言う呪い、それは超常的な現象を言っていたのではなく、
この呪いのことを言っていたのではないでしょうか。
ジリジリと燻る焦燥感に、思わずルチアの話を急かしたくなります。
「魔法との違いは、一番は持続性っすかね。例えば魔法で出した物や、やったことって長くは保たなくて、精々一日持てば良い方なんすよ。だけど、呪いは一年以上、物によっては死ぬまで効果が続く、なんて言われてるくらいっす」
死ぬまで。そう言われて、無意識に喉がゴクリと鳴りました。
「なぜ知られてないのです? 聞いた感じ、呪いの方が便利そうに聞こえますが」
「魔法は術者が唱えるだけなんすけど、呪いは準備や儀式が必要なんすよ。長い時間と膨大な準備。儀式の準備をするだけで屋敷が一つ建つなんて話もあります。
あとまあ他にもこまごまとしたとこがあるんすけど、大きな違いはそんなとこっすかね」
何気なく話してくれた、ルチアにとってはただの休憩中の雑談。
そのおかげで、私たちを掴んで離さなかった物の輪郭が初めて掴めた気がしました。
「例えば、呪う条件を食べ物とかに出来たりすると思います? それを口にしたら呪われる、みたいな」
「触媒化かあ。実例は知らないっすけど、不可能じゃないかもしれないっすね」
ほとんど決まりです。追放直前に飲まされた薬、あれが呪いの鍵だったのでしょう。
となれば、解呪の補法だけです。
「なら、もしもそういう方法で呪いをかけられた場合はどうするんですか?」
出来るだけなんてことない風を装って聞きましたが、もしかしたら、口元が引きつっていたかもしれないし、声が上ずっていたかもしれません。
それほどまでに、私にとってこれは欲しい答えだったのです。
だって、私とリメリアさん、二人の望みのはずですから。
考えこむ素振りを見せたルチアを固唾を呑んで見守っていると、しばらくして返ってきたのはあまりに無慈悲な答えでした。
「んー、ちょっと思いつかないっす。呪われた時の一番の対処法は、その呪いとの付き合い方を考えることなんで。普通に解呪するのは無理っす」
「そう、ですか」
希望の糸は、そう簡単には繋がってくれないようです。
落胆する私の顔を、ルチアが不思議そうに見つめました。
「こんなマイナーな話に興味深々だなんて、誰か身内に呪われた人でもいるんすか?」
「あ、いえ、そういうわけでは無くてですね! ただ、ほら、恨まれてそういうことがあるかもしれないじゃないですか」
慌てて私が否定すると、ルチアは納得したように頷きます。
不自然でしたが、なんとか誤魔化せたようです。
「フェイはそんなに怨みを買うタイプには見えないっすけどね。呪いって、大貴族でも躊躇するくらいのお金を使う行為っすよ。
心配しなくても、そんなに深く怨まれることはそうないっす」
ルチアの出した助け船が、逆に私の胸をチクリと刺しました。
……買って、しまったんですよね。
私は義妹から、それほどまでに恨まれていたのでしょうか。
常に仲良くとまでは言わなくても、時には笑って話すこともあったのに。
今となっては、真実を知る方法はありませんが。
「さっ、そろそろ休憩は終わりっす。二人も、こんなとこでゆっくりしてていいんすか?」
私とエマ、俯いていた二人が、同時にハッと顔を見合わせました。
もっと聞きたいことはありましたが、仕方ありません。
「そうですね。そろそろ行かないと」
「ううっ、これから公爵様の部屋のお掃除ですよぉ……」
まだ諦めるつもりもありませんし、ルチアにはまた、折を見て話を聞きにいくとしましょう。
「またお話を聞かせてください」
「こんなで良ければ、喜んでっす」
ちょっと長めの休憩を終えた私たちは、各々自分の担当へと散って行きます。
休憩の最中もパウロだけはずっと、真面目に食器を洗っていました。




