12.棄てられ令嬢持ち掛ける。
申し訳ありません。投稿ミスがあったので、本話を10話→12話へ変更し、本来の10.11話を改めて投稿しました。(2023/11/02)
「……おはよう」
いつものようにリメリアさんの朝支度を始めた矢先、彼女の口から聞こえてきたのは、なんてことない朝の挨拶でした。
なんてことないけれど、今までの朝には無かったものです。
「――はい! おはようございます!」
あんまり嬉しくて、少し声を張りすぎてしまいました。
それが隣に居たエマを驚かせてしまったみたいで、まん丸に目を見開いています。
「ごめんなさい、急に大声を」
「そうじゃなくて……」
何か言いたげなエマでしたが、リメリアさんの方をチラリと見て、そのまま黙りこくってしまいました。
それ以上は何も言わなさそうでしたので、私は櫛を手に持つと、座って支度を待つリメリアさんの方に向き直ります。
「今日の髪型は如何しますか?」
「……任せるわ」
私が聞くと、リメリアさんは少し間を開けてですが応えてくれました。
呼吸の音すら聞こえたような今までと比べると、今日は随分賑やかな朝になりそうです。
「では、任せられました」
どんな髪型が一番似合うでしょうか。可愛い? 綺麗? どれも捨てがたいですね。
そんなことを考えながら梳かした髪が、するりと指の間を抜けて行きます。
「本日のご予定は?」
「執務よ」
「ずっとですか?」
「そうよ」
丸一日机に向かっているリメリアさんが、容易に想像できました。
やっぱり、根を詰めすぎなんですよね。
それが出来てしまう人なのは分かっているんですが、いつか身体を壊してしまいそうで冷や冷やします。
「途中でお散歩などされてはいかがですか。本日はお散歩日和ですから」
「そんな時間なんて」
「時には気分転換も大事です。あのお日様の下を歩くのは絶対、気持ち良いですよ」
「そう、ね。それも悪くないのかもしれない」
髪を結われながらのリメリアさんが、躊躇いがちに外に目を向けました。
少々歯切れ悪くはありましたが、彼女をお外に出せそうなので良しとします。
「では日傘をご用意しておきますね。他に何か必要なものはございますか」
「……解らないわ。そんなこと、久しくしていないから」
遊び道具を忘れてきてしまった子供みたいに、リメリアさんがしゅんと肩を落としました。
……確かにリメリアさんが優雅に散歩をしている印象はありませんが、そこまでとは。
そんな暇すらないほどに、今まで忙殺されていたのでしょう。
それなら今日からは散歩の暇くらい、いくらでも作り出してみせますとも。
幸い、何を持っていけばいいか、という問題の解決法も思いつきましたし。
「でしたらお邪魔でなければその間、お傍に控えていても良いですか」
私が着いて行ってその都度、必要な物があれば持ってくればいいのです。
我ながら冴えた名案に感心していると、リメリアさんは紅い瞳をぱちくりと瞬かせました。
「着いて来ても仕方ないわよ? 貴女だって、居辛いだけでしょうし」
「私がそうしたいのです。私が望んで、お傍に居たいのです。それとも、ダメでしょうか」
私の素直な気持ちをぶつけると、リメリアさんは声を出し損ねたのか、消え入りそうな声で、ダメじゃない、と言ってくれました。
リメリアさん相手には直截に言った方がいいと言うのは、いい加減学びましたからね。
普段から何かと疑うことの多い彼女に、迂遠に言ったのでは曲がって伝わってしまいかねません。
リメリアさんを信じると決めた以上、直進あるのみです。
「ということでエマ。申し訳ないんですが、私の休憩時間を何とかそこに合わせるよう調整出来ませんか。他のお仕事には支障の出ないようにするので」
「え、あっ、あー。それは別に良いんですけど、というか、わざわざ休憩時間じゃなくてお仕事として扱っても……」
それは流石に。そう言おうとしたところで、私より先にリメリアさんが口を開きます。
「フェイの休息を食いつぶしたいわけでは無かったから、良かったわ」
リメリアさんにほっとした顔でこう言われてしまっては、私も厚意を受け取らざるを得ません。
変に気負わせるのも本意じゃないですし。
「では、すみませんエマ。そうさせて頂きます」
「少しの間、フェイを借りるわね」
エマは表情の緩んだリメリアさんの方を見ながら、壊れた人形のようにぎこちなく、コクコクと頷きました。
……エマの動きがおかしいのは毎朝のことですが、今日は何時にも増してという感じがします。
「その、エマ、大丈夫ですか?」
「ダイジョウブデスヨ」
ダメみたいです。
「あの本当に」
心配でエマの顔を覗き込もうとすると、彼女は必死の形相で、私の身体をリメリアさんの方へ無理矢理向かせました。
そうでしたね、今は支度の最中で、優先すべきは主。流石、先輩使用人です。
「失礼しました。それでは、散歩のお時間は如何しましょう」
「いつ頃がいいのかしら」
「そうですね、お昼はまだ暑さがありますし、それよりも少し後くらいでしょうか」
「なら、それでいいわ。貴女が良いと思う時間に、執務室に来て」
「はい」
午後の楽しみが一つ、増えました。
そうと決まれば、髪を結う手にも一層気合が入ります。
「今日はどの辺りを歩きましょうか」
「そうね――」
それからも私とリメリアさんの会話は、お仕事の話から他愛のない雑談まで含め、朝の最中ずっと続きました。
心無しか、途中からリメリアさんの声も段々と明るくなっていた気がします。
実に和やかな、良い朝でした。




