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10.棄てられ令嬢狼狽する。

10.11話に先の話が誤って投稿されていたので、挿し込みを行いました。(2023/11/02)

本来の10話はこちらです。

 




 朝から続く私の悩ましい気持ちとは裏腹に、本日は日光の燦々と降り注ぐお洗濯日和。


 今日はエマがどうしても別でやることがあるというので、初めての一人仕事となりました。

 庭から香る緑の匂いに包まれながら、水を吸って重くなった服をばさりと翻します。


「この間からエマには迷惑をかけっぱなしですし、頑張らないとですねー」

「そっかそっか。それは精が出るっすね」

「はい、それはもう。ん?」


 突然聞こえた聞き覚えの無い声。その声の先を視線で追うと、そこには、生垣からひょっこりと生えた生首が居ました。


「わあああっ!?」

「ナイス反応っす」


 それはケラケラと笑うと、にゅっと首を伸ばし……では無く、普通に立ち上がって全身を露わにします。

 生首の正体は茶色の作業着を着た、私よりも頭一つ小さい見たことのない女性でした。


「ど、どなたでしょうか?」

「ありゃ、これは失礼。そっか、エマっちから話は聞いてないんだ。自分はここで庭師やってるルチアっす。一応同僚なんで、気軽にルチアって呼び捨ててください」


 ルチアは短く整えた樺色の髪に引っかかった落ち葉をとって、人懐っこく笑いました。

 そういえば、エマから庭師が一人いる、と言う話は聞いていたような気がします。


「ルチア、ですね。この間雇われました使用人のフェイです。これからよろしくおねがいします」

「っと、こりゃまた丁寧にどうもっす」


 私がお辞儀をすると、ルチアも同じように浅く上体を落としました。


 見た感じ、ルチアの年の頃は二十代前半くらいでしょうか。

 庭師と言うと壮年の男性を想像していたので、この人がそうだというのには意表を突かれた感が否めません。


「エマからも庭師さんが一人いるとは聞いていましたが、こんなに若い女性の方だとは思っていませんでした」

「まー、その辺色々あったんすよ。人に歴史ありってやつっすね。こんなとこに流れ着くくらいだから、フェイもそうじゃないんすか?」

「……そうですね。私も、色々とありました」


 猫になったりお腹を空かせたり死に掛けたり。

 結果的にはここで人生? 猫生? を謳歌しているので、今なら悪くなかったと言えますが。

 問題があるとすれば、おいそれと他人に話せないことくらいでしょうか。


「それよりも、ルチアはここで何を?」

「庭を手入れしてたら見慣れない人が居たんで、挨拶も兼ねてお話しに来たんっすよ。あれがエマっちの言ってた新しい人かーって」

「すみません。でしたら、私から挨拶に伺うべきでしたね」

「そんなお堅い感じゃないんでいっすよ。丁度こっち側の手入れもまだだったし、ついでって感じで」


 ルチアは剪定用のハサミを取り出すと、高さの合わなくなっていた生垣をちょいちょいと切って見せました。

 よく磨かれたハサミに太陽が反射し、そこに洗濯物を持ったまま立ち尽くしている私が映ります。


「私も口ばかりではなく手を動かさないとですね」


 お話はあくまで仕事のついで、です。

 せっかく洗った衣服が生乾きになってしまわないよう、せっせと干していきます。


「なんでフェイはここに勤めることになったんすか。あ、言いたくなかったら別にいいっすよ。それこそ色々あると思うんで」

「言いたくない、と言うほどのことでもないんですが、そうですね。強いていうなら前の居場所を追い出されたから、でしょうか」


 ルチアから関心を向けるような、おー、と言う間延びした声が返ってきました。


「なら自分と同じっすね」

「同じ? ルチアもどこかから追い出されたんですか」


 ルチアはそーっすよ、と明るく冗談めかして言うと、ハサミを動かす手を止めました。


「そこそこ大きな貴族んとこだったんすけど、親父がヘマしたんす。そんで、こっちもついでにでてけーって感じで。もうたまったもんじゃないっすよ」


 両腕を大きく広げて、「こんな感じに怒ってたっす」とおどけてみせるルチア。

 暗い話なのに、言い方にこれっぽちも昏さや自棄を感じさせないのは、この人のお人柄なのでしょう。


「その後は大変だったんじゃないですか?」

「大変も大変。新顔の、それも女の庭師なんてどこも雇っちゃくれないし。挙句に流れ流れてこんなとこっすよ」


 ルチアが明るく肩を竦めます。

 むぅ。境遇には同情しますが、こんなとこ呼ばわりは頂けませんよ。


「ここだって悪くないと思いますけど」

「いやいや、確かに待遇は悪くないけど、雇い主が怖いのなんのって」

「やっぱり、リメリア様に対しては、皆そういう認識なんですね……」


 噂が先行している以上これも仕方ないのですが、リメリアさんの悪評を聞くたびに胸に小さな棘が刺さったような気分になります。

 これだけ雰囲気の砕けたような方でもそう思うのなら、猶更。


「関わってみれば意外と良い人なんですけどね。皆、もうちょっとあの人を知るべきです」

「あの血濡れのっすよ。そんなわけが」

「本当ですって。主人にこう言うのもなんですけど、結構、可愛いところとかあるんですよ」

「それは流石に冗談が……んー?」


 何かを言いかけたルチアは途中で言葉を切ると、マジマジと私の顔を見つめました。


「はぁ~、そういうことっすか。物好きっすねえ」


 ルチアがしたり顔で頷きます。

 何が「そういうこと」なのかはイマイチピンと来ませんが、この人の中では何かを納得したみたいです。


「趣味趣向は人それぞれっすけど、絶対辞めた方がいいっすよ」

「辞める、とは?」

「あの公爵サマに手え出すのは流石に辞めた方が良いって話っすよ」


 手を、出す? はて。

 話の文脈的に攻撃のことではないでしょう。私がリメリアさんに好意的なのは流石に察してるでしょうし。

 だから、ルチアの言う手を出すとは攻撃ではなく、恐らくつまりそういうことで……


「――っルチアは絶っっ対勘違いしてます! そういうのではないですから!」


 私がリメリアさんを気にするのは恩返しのためですし、そりゃあ寂しそうなあの人を独りにしたくないとか大変そうだから放っておけないとか仲良くなりたいとか色々想いはありますよ。

 可愛いし、器量も良いし、優しい素敵な人ですしね!


 けれど、仮にも国の重鎮たる公爵相手に、私なんかがルチアが言うような大それた感情を抱いて良いわけがありません。

 公爵ともなれば国家の中枢に縁づくのが常識ですし、大体、私とリメリアさんじゃ女同士じゃないですか。

 だからそんな気持ちはあり得ないはず、です。


「とにかく違いますからね!」

「はいはい、そういうことにしておくんで。ところで、それもう空っすよ」


 ルチアが指差したのは、空っぽになった洗濯物入れ用の籠でした。

 話ながら一心不乱に手を動かしている内に、終わっていたみたいです。


「そんじゃ、こっちもここらの調整が終わったんで。また」


 ルチアは軽く手をあげると、こちらの返事も聞かずそのまま緑の生垣の向こうへと消えていきます。


 本当に、嵐のような人でした。



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