一 カレンダー
「明日、入学式なんだから早く寝なよ」
「わかったー」
「寝坊したら大変だからね」
「わかったー」
入学式前日の会話。
正直友達なんて出来るわけない、 できたとしても心を開くことなんてない、と思い込んでいた。
当時の私が想像していた中学校生活は、
部活、勉強に追い込まれて、
遊ぶ暇なんてないと勘違いをしていた。
間違いなく、 憂鬱な気持ちだった。
入学式当日。
「一年六組の方こちらへ来てください」
私は、一年六組らしい。
どうせなら七組が良かったな、とか思いながら教室へ入った。
驚く程に静かで、 クラスガチャ失敗と思った途端、
「え!一緒のクラス!やったね!」 と背後から声が聞こえた。
振り返ると、 仲の良い友達がそこにいた。
一緒にいる人がいるだけでいい、そう思った。
その後は、定番の自己紹介をして、下校した。
―――下校中
「大作戦、もっと仲良くなるために六組のグループ作らない?」
「お!その作戦乗った!」
作戦に乗ったはいいものの、
その先のことを全く考えていなかった…。
帰宅して、スマホを開く。
「どんな名前がいいんだ?」
「六組のグループ?」
「一年六組?」
「それとも、 六組のみんな!」
とか?
一人で迷いに迷っていた。
まあ、間違いない 「一年六組」 にした。
それと同時に、一年生全員のグループに招待された。
正直、入らない理由を探したが、思いつかなかったので
素直に、参加した。
想像していた何倍も明るくて、
「一年二組の田中です!」
とか。
「一年五組です! 誰でも追加してください!」
とか。
関わりやすいような、関わりにくいようなそんな感じだった。
中学校生活が始まって約二週間。
どう考えたらその考えに至るのか分からなかったが、
クラスラインで通話をすることになった。
「もしもし!」
「もしもーし」
「仲良くしよー!」
「いいよ〜」
「明日話しかけてもいい?」
「全然いいよ、こっちからも話しかけるね」
The・中学一年生の会話。
次の日、話しかけられる気配が全くしなかった私は、
もう自分から行ってやるよ。そう心に決めて
後ろのロッカーに居る昨日の子らしき人物に、
「おはよー!!!」
と話しかけたが、
「あ、おはようございます。」
と返された。
たったの2秒ほどの沈黙が、私には6分に感じた。
我に返り、今何が起こったのか確認して、状況を把握した私は
死ぬ程恥ずかしくて、勢い余って本人に
「ねえ、今さ、違う子におはよ!って言っちゃって、本当に恥ずかしかったです。 死ぬかと思いました。」
と言ってしまった。
「あ、そうなんだ。なんかごめんね。」
と言われたらどうしよう、と
不安を抱きながら返事を待っていたら、
「何してんの笑おもろすぎ笑」
二人でバカ笑いした。
このアホみたいに笑ってる時だけは、
嫌なことを全て忘れられた。
もしかすると、
この時から私達は、声に出さないだけで、
信友であり親友になっていた、のかもしれない。
今思えば、このハプニングが起こっていなかったら、
ただの友達止まりだったかもしれない。
勢い余って本人に伝えていなければ、
この子とは親友になれていなかったかもしれない。
けして忘れることなどのない二人だけの笑い話になった。
それからしばらくして、
中学校生活もだいぶ慣れてきた頃だろう。
私史上最高の告白を彼女にした。
「実はさ〜、好きな人いるんだよね(笑)」
「は!?!?なにそれ?誰?おい誰?おい」
そうそう、この反応の仕方が私は大好き。
私にこんなにも興味を持ってくれているのが
嬉しくて仕方がなかった。
「それがさ〜、小六の時からなんだよね(笑)しかも他校の小学校の男の子に一目惚れしちゃったんだよね。おかしいよね(笑)」
「おかしくねえだろ。名前は?」
「名前がわかんないの。横顔見てときめいたからガチでわからん(笑)」
「他校なら絶対この中学にいないじゃんーー。」
「イケメンいねえかなー!!!!(笑)」
「探すぞ」
名前を知らない一人の男の子に、私は恋をした。
いつもなら、すぐ忘れてるはずなのに…。
この男の子だけは、いつも私の頭の片隅にいた。
いつも通りの
「トイレ行こーーー」
「はいよー」
この会話をして廊下に出た。
廊下には、高身長男子二人。
きっと180cm近くはあるんじゃないか。
「三年生ってあんなにでかいんだね」
「何言ってるの?あれ一年だよ、でかいよね笑野球とサッカーしてるからか知らんけど。」
「ほー、運動神経良さそうな雰囲気だもんね〜」
この時私は、どこかで会ったことがあるような気がしていた。
思い出せなくて、モヤモヤしていたが、
日が経つにつれて、モヤモヤは消えていた。
「それより、鏡の前に女子いすぎ手洗えねえ(笑)」
「ほんとそれ、前髪変わってねーつーの!笑」
この日も私たちは、通常運転。
数日後
何やら廊下が騒がしい。
「なんか廊下うるさくない?」
「男子校並みにうるせえんだけど笑」
「ん?何やってるの?てか誰?(笑)」
「あー、四組の人だよ。てか何やってんだろ」
単純に何をやっているのか気になった私は無心で近づき、その場で座り込んで見てみると、
水筒を隙間から取り合っていただけだった。
騙された気分になり、立ち上がろうとした時…
私の目の前には、見覚えのある横顔がそこにあった。
思わず声を出してしまった。
「え?」と。
男の子は、お辞儀をして「さーせん」と何故か謝られた、
一瞬で記憶が蘇り、思い出した。
その場を飛び出し、突っ立っていた彼女に言った。
「あの人!あの人!私の好きな人!あの人!」
「どれどれどれどれどれ???」
「あの人!マッシュの!背高い!あの人!」
「え?あいつ?モテモテだよ笑」
「あいつ!!!だと思ってた」
同中だった喜びと、モテモテだと聞いた戸惑いが喧嘩していた。
再会できたし、やっと吹っ切れるラッキーと思っていた私だが、
そんな簡単に忘れられなかった。
暇さえあれば、男の子を見に行って、
暇さえあれば、男の子の話をしていた。
その日の夜
小学校が同じだった男子から、三通のライン。
「あいつがお前のこと可愛いって言ってたよ」
「よかったな」
「俺は、やめとけって言ったけど笑」
一瞬何が起きたのか分からなくって、
とりあえず、彼女にラインした。
「これどーゆーことだと思う?」
「来ました両思いーーーー。」
「普通にヤバくない?あんなイケメンが私の事を?」
「お前可愛いんだよ自信持て!!」
ドキドキしていた。とりあえず、ドキドキしていた。
運動会前日のようなこのドキドキ感。嫌いじゃない。
「てかこいつ今度誕生日だよ笑確か19日」
「え?そうなの?19日?どうすればいい?」
「ライン貰って祝え」
「わかった!!!」
すぐさま、ラインをゲットした。
「はじめまして六組の人です(笑)」
「あー!わかります!追加ありがとうございます!」
「わかるんですか?(笑)」
「わかりますよ!この間目合いましたよね?」
「はい!たしか!(笑)」
「ですよね!タメでいきません?」
「いいですよ!」
「それ敬語笑」
「あ!すみません!」
「あ!ごめん!!(笑)」
「間違えすぎ笑よろしくね〜」
「うん!よろしくね〜」
この会話から、1週間は毎日話していたと思う。
この恋叶うかも、と期待していた。
19日0:00ぴったりに
「誕生日おめでとう」
と送り返信を待った。
1分も経たずに返信が来た。
「ありがと〜!!!」
と。
「いい一年にしてね」
といい、静かにラインを閉じた。
朝、1件の通知と出ているを期待して…。
20日の放課後
ラインが来た。
「好きな人いるの?」
「いるよ〜(笑)」
「だれ?笑」
「え、言うの?(笑)」
「教えて!!笑」
「えー、はずい!!!」
「俺も言うから!」
「先言って!!!!」
「お前だよ、すきだから付き合って」
「え?嘘でしょ?」
「本当だよ信じて」
「友達いるんじゃないの?」
「居るけど本当だよ、俺が告白することも知ってる。今日告白するって決めてたから。」
恋が突然、始まるものなのだとしたら、まさしくこの瞬間だったと言うことができる。
正直、もう少し知りたい気持ちもあったけど、負けた。押しに負けた。悔しいけど、これ程幸せな気持ちで悔しく思うことは無い。
「私で良かったらよろしくお願いします」
「まじ!?やった!お願いします!」
私の目に映っていた彼は、クールで無愛想だと思っていたから、
こんな一面を見れたことが心嬉しかった。
彼は、カッコイイだけじゃなくて、ものすごい優しかった。
私が、友達と遊びへ行くのに傘を忘れたと言ったら、
わざわざ持ってきてくれるような人。
自分も濡れたくないだろうに、私を優先して入れてくれるような人。
「濡れてるでしょ〜ごめんね」
「濡れてない!俺男だよ?余裕!傘使って!」
と、優しさが溢れすぎてる人。
結局、合流場所まで、送って貰って、
「傘ごめんねありがとう、風邪ひかないようにね」
「傘いらないよ、走って帰る!帰りも雨かもしれないから、もし良かったら使ってね!気をつけて帰るんだよ〜」
雨のはずなのに、お日さまに照らされたみたいに気持ちがあったかくなった。
私の部活が終わってから、彼と会うことになって…
「お疲れ様〜、疲れた?」
「うん、沢山走って疲れた〜」
「偉いね、よく頑張った!」
お姫様のようにチヤホヤされて、それが私の生き甲斐になっていた。
「ここでいいよ送ってくれてありがとうね」
「え〜、あそこまで!お願い!」
そっちからの道だと遠回りだったけど、そんな事考えもしなかった。ただ、彼に夢中になっていた。
最後に、ハイタッチをして、帰った。しばらく余韻に浸った。
手のひらを見てると、その時の記憶が蘇る。
夏だったからか、火傷するほどの恋をしていた。
季節はダラダラとスローモーションで過ぎていくのに、
気が付いたら七月のカレンダーを八月に変えていた。
八月になってからすぐ、彼と上手くいかなくなった。
一方的に別れを告げられ、負けた。押しに負けて別れた。
昨日まで上手くいっていた二人の関係が呆気なく終わる。
別れてから約一ヶ月…
元彼に可愛い彼女が出来た。
私よりも何倍もお似合いだ。
誰に何を聞かれても、
「もう好きじゃないよ〜」
「お似合いだよね〜お幸せに」
と息を吐くように嘘をついていた。
だが、一人だけ本音を打ち明けられる人がいた。
それが、親友の彼女だ。
しつこいほどに
「うちは、今の彼女よりお前の方がお似合いだと思うよ」
「大丈夫だって、戻ってくるよ」
「うちはずっと応援してるから」
と私の身になって、声をかけてくれる。
真っ黒で窓も希望も何もかも無くなっていた私の心に、彼女が光を差し込んでくれた。安心して身体中がほぐれた。
私は、好きな人が幸せならそれでいい、私よりもいい人いっぱいいるもんね、という綺麗事が嫌い。大嫌い。
出会わなければよかったと思ったり、時間の無駄だったと思ってしまったけど、私には、彼がいなくても私を必要としてくれる人がいる。初めて親友の偉大さに気がついた。
いざという時に救ってくれたのは、親友だった。
まだ懐かしいと感じるほど、彼の存在が薄れてはいない。
出会わなければ良かったなんて二度と思わない。
この恋は間違いなく、私史上最高の恋だった…。
私の環境が変わっても、周りは変わらない。
朝学校へ行き、 教室へ入ると、 当たり前のように
「おはよー!」
と言われ、当たり前のように私も、
「おはよう」
と返す、
このなんでもない会話が単純に嬉しかった。
友達なんて出来るわけないと思っていた自分を
彼を失って生きていけないと思っていた自分を
バカバカしく思う程に充実していた。
私にとって、勿体無いくらいのこの幸せな日々がずっと続きますように…。