………………。
…ピーンポーン!ガチャガチャ!
…ピーンポーン!ピーンポーン!ガチャガチャガチャ!
部屋のチャイムと同時にドアノブが何度も回される。しかし扉には鍵がかかっていた。
「……お母さん、そんな慌てないで下さい。今開けますから」
玄関の外で女性と男性らしき声が聞こえてくる。特に女性は興奮しているようで、何やら矢次早に男性を急かしていた。
……ッカチャ!
外側から鍵が開けられると、勢いよく扉が開き、一人が女性が飛び込んできた。
その女性は部屋に入るなり、修を見上げて甲高い悲鳴をあげていた。
後から入って来た男性も、すぐに電話をかけ始める。
「救急車…いや、警察ですかね」
男性は至って冷静だった。
数分もすると、辺りからはサイレンの音が鳴り響いていた。
部屋には警察官や鑑識官らしき人が何人も出入りしていた。
それを遠巻きに眺める二人の男性。
「今回も…一週間持ちませんでしたね」
そう話しかけたのは、このマンションを管理している不動産会社の橘たちばなだった。
「まぁ…そんなもんだろ。それにしても今回は発見が早くて助かったな。第一発見者は入居者の母親だって?良いお母さんじゃないか」
そう答えたのはこのマンションのオーナーの長谷川だった。
「また遺書に書いてあったそうですよ。死因はバラバラなのに、内容はいつも同じなんですから、不思議ですよね」
「最初はお互い求めあうだけで満足しても、いつかは全部欲しくなっちまう。それは男も女も…人も幽霊も一緒だって事だな。純愛ってやつだよ」
「純愛…ですか?」
「一緒になろうとしても死人が生き返れる訳でもないし、それなら逆に死ぬしかないだろ。そうまでして会いたいってんだから、それはもう純愛だろ?…まぁ自ら死を選んだのか、そうなるように誘導されたのかはわからないけどね」
「…そうですね」
柿ノ木修は連絡が取れなくなった二日後の午後、地元から駆けつけた母と、管理会社の橘によって室内で発見された。
死因は首吊りによる自殺。
床には様々な種類のハンドソープの機械が散乱しており、部屋のあらゆる所に人感センサー付きの機器が置かれいた。
テーブルの上には割れたハンドソープと一枚の紙切れが置いてあった。
鑑識官がテーブルの上にある紙を手に取る。
紙には殴り書きで「彼女に会いに行きます」と書いてあった。その下には小さく震えた字で「ごめんなさい」の文字が読み取れた。
ジー…ウユーユ!
紙と一緒に置いてあったハンドソープが、鑑識官の手を認識し作動してしまった。
酷く破損していたが、壊れてはいないようだった。
現場検証も終わり、二人は駐車場へと歩いていく。
「まぁ何でもいいさ、二人は晴れて一緒になれたし、俺はまた儲かる訳だし。ちゃんと死亡特約付きの火災保険に入れたんだろ?」
「はい、残置物の撤去や特殊清掃も長谷川さんの会社で行うよう契約書で指定済みです。」
「違約金に家賃保証も入るし、幽霊様様だな」
「ええ、それにしても皮肉なものですね、事故物件のあの部屋が一番利益率が良いんですから」
「そうだな。また誰かいたら頼むよ。特に身近に知り合いがいない田舎から出てきた奴でな。その分広告費は弾むからね、ハハハ!」
「こちらこそ、また宜しくお願い致します」
長谷川は車に乗り込みながら、ふと思いついたように橘に話しかける。
「それにしても、死んでまで会いたくなる女って、どれだけいい女なんだろうな?」
橘も少し考えてから返答する。
「絶世の美女…とかでしょうかね?」
「こればかりは死んだ奴らにしかわからないからなぁ…橘君も、もし死にたくなったらあのマンションに住んで良いからね?その時は死亡特約の保険はかけてもらうけどね、ハハハ!」
「ハハハ…またご冗談を」
「いやいや、本当だよ。俺も老い先短くなったら、あの部屋で死ぬ予定でね。現世で贅沢し尽くした後は、あの世で絶世の美女に尽くされて過ごす。最高じゃないか。ハハハ!それじゃ、橘君も気をつけて帰りなさい」
「ええ、お気をつけて」
橘は長谷川が乗った車が見えなくなるまで見送った後、自分の車に乗り込む。
エンジンを掛けながら、長谷川さんの言葉を思い出す。
(確かに…絶世の美女に尽くされるのなら、あの部屋で死ぬのも良いかもしれない。でも…)
「男を喰らい続ける化物じゃないという確証がない限り…私はご勘弁願いますけどね」
ー終ー