亡くなった恩人のお姉さんを今でも好きな彼...を好きな私の話。
少し分かりにくいなって思ったのでタイトル変えました。それに伴って言い回しが少しだけ変わっています。
「勇治、ずっと好きだった。私と付き合って」
口下手で、無愛想で、女の子らしくない私の可愛げのない告白。
…でも、精一杯の気持ちを込めた初めての告白。それを今日、彼に伝えた。
夕暮れの静寂が私の心臓の音をより一層目立たせる。
…どうか彼に聞こえていませんように。
*
私華川日菜と彼、赤城勇治との出会いは一般的に見て、よくありふれた普通のものだった。
ただ、席が隣で一言挨拶を交わしただけ。
記憶にも残らないような日常の一コマだけど、一人ぼっちだった私には、いつもと何かが違う、素敵な一コマだった。
それから彼は私とよく話してくれた。一緒に遊んでもくれた。私の知らないたくさんの事を彼は知っていた。
そんな出会いで私と彼は一緒に居ることが多くなっていった。
彼は私が良い淀む時にもゆっくりと待ってくれる。
言葉足らずの私の話もきちんと最後まで聞いて、わからない所は聞き返してくれる。
曖昧な返事で誤魔化したりしないし、他の人よりも話していて楽しかった。
…そして、気がついたら生まれて初めてのお友達が出来ていた。
いつも"何言ってんのかわからない"とか"根暗ボッチ"とか言われる私にとって、彼はたった一人の理解者だった。
…だから、私が恋心を抱くようになったのも、きっと必然だったのだと思う。
何も特別な事があった訳じゃないけど、私にとっては間違いなく特別だったんだ。
*
「ありがとう日菜、嬉しいよ。そんな風に想われていたなんて全く気付かなかった」
彼の優しい声が私の心を揺さぶる。
…あぁ、やっぱり私は、彼の事が大好きみたいだ。
「だけど、ごめん。付き合う事は出来ない」
……………だから…彼の言った事は…私には…理解出来なかった。いや…ただ…理解したくなかった…。
断られたら…潔く諦めようって思ってた。
それで…まだ友達としていられたら…嬉しいなって思ってた。
でも…そんな私の決意とは…裏腹に…頬に苦い水が伝ってきた…。
聞いても…辛くなるだけだって…分かってるのに…震える口が…勝手に…言葉を紡いでしまう…。
「…どう…し…て…?私の…事…嫌い?…」
「…いや、違う。むしろ日菜の事は好意的に見てるよ。だけど俺、好きな人がいるんだ」
…あぁ、私の初恋は既に終わっていたんだ…。
この時…私は初めて…その事に気がついた…。
「…だ…れ?」
だから…ここで終わりで良かったのに…こんな事を聞いてもどうにもならないのに…私の口は余計なことを声に出してしまった…。
「…昔、共働きだった両親に変わっていつも一緒に遊んでくれた、とても優しいお姉さんが居たんだ。いつも俺の事を"ユウ君"って言って世話を焼いてくれた大切な恩人。もうずいぶん前に亡くなってしまったけどね。だけど、俺は今でも彼女の事が好きなんだ。だから、ごめんね」
…そう言った彼は、どこか美しく、儚い空気を纏っていた。
*
その後どうやって帰ったかはよく覚えていない。
私はこの行き場のない気持ちをどうすれば良いのか分からなかった。やっぱり、あの時に彼の好きな相手の事なんて聞くんじゃなかった。
初恋は叶わないなんて言うけどこれはあんまりではないか。
彼には好きな人が居て、でもその人は既にこの世には居ない。もしかしたらその人は一生彼の記憶の中に思い出として残り続けるのかもしれない。
だけど、それでもっ!これでは諦めきれないではないか…。
彼がその人を本当に愛しているのだとしても、その人に会えることはもう二度とない。
"それなら私にもチャンスがあるのではないか"
"私にも振り向いてほしい"
そんなことを思ってしまう未練がましい自分が嫌で、気付いたら眠りに落ちていた。
*
次の日、一晩眠って少し気分の晴れた私は、平日の朝にも関わらず近くの高台に来ていた。
何で来たのかは自分でも分からない。
ただちょっと、彼に会うのにはまだ時間が欲しかった。
でも、こうして一人静かにコツコツと階段を登っていると、まるでどこまでも続いているようで、天国にいる彼の想い人に近付けるんじゃないかって、錯覚を覚えてしまう。
そして、長い階段を登った先には町を見下ろす一つの人影があった。
それは私が今一番会いたくない人で、一番会いたい人。
「…勇治?」
実は目の前の彼は、私の願望が勝手に作り出した都合の良い幻なんじゃないかって思った。
うまく説明できないけど、どこか現実染みてない雰囲気を纏っていた気がしたんだ。
だから、慎重に声をかけてみたら、彼はゆっくり振り返った。…頬に大粒の水を滴しながら…。
そこでやっと、私は彼が幻なんかじゃないって確信した。
「…あれ…?…日菜?どうしたの?今日、学校普通にあるよ?」
そう言った彼の言葉は、自分の事情は決して話さないと、そう言外に告げる強さがあった。
彼の背後には、どこか悲しそうな菊の花が添えられていた。
「さ、散歩でもしてただけ。何もないっ」
もちろん、私も彼に本当の事なんて言えるはずもない。…彼は鋭いから気付いているかもしれないけど。
「そっか、じゃあ俺は散歩の邪魔にならないように退散しようかな?」
そう言って、彼は私に気を遣ってだろうか?立ち去ろうとした。
…引き留めたいような、でも一人になりたいような、相反する感情が私の心を騒がせた。
…"待って"って言葉が喉から出かかって、結局出てこない自分にうんざりしてしまう。
そんな事を思っていたその時――突風が彼を吹き飛ばした。
「勇治!!!」
「ごめん…日菜。ほんとにごめん」
「へ…平気。これでも結構鍛えてる…から」
…嘘だ。正直、結構きつい。
あの時、落ちた彼に手が届いたところまでは良かったんだけど、彼が完全に宙吊りになって私がそれを上から引っ張りあげている状況。
好きな人の命が懸かってるって思うと、腕がずっしりとした重みを感じてしまう。
「勇治…取り敢えず…手…掴んで」
「うん、迷惑かけてほんと、ごめん…」
「ふぅ…ごめんより…ありがとうの方が…嬉しい」
「…ありがとう…」
「ん」
彼は私の負担になっている事を申し訳なく思っているのかあまり話さないし、もちろん私はこの状況で話題を振れるはずもなく、お互いに口数が減って行く。
まるで嘲笑っているかのような風の音だけが辺りを包み込み、時間だけが無情に過ぎて行った。
*
どのくらいたっただろうか?
腕の疲労はもう途方もない時間が過ぎたと訴えているけど、実際は10分も経っていない気がする。
いつまでこうしていれば良いんだろうか?
吹き荒れる強風は今にも落としてしまおうと、私達を煽ってくる。
地面では菊の花があちらへ誘っているかのように美しく散っていた。
まるで私達の未来がそうあるべきとでも言っているみたいだ。
っとダメダメ!思考が弱気になってきてる!
経験上、マイナスな思考はマイナスな結果しか生まない。
"大丈夫!まだいける!"
そうやって自分に言い聞かせてた時――そっと彼の手が開いた。
……?
「…勇治?…何して…るの?」
風にかき消されるような、私の震える声が周囲によく響く。
「日菜、もう限界なんでしょ?さっきからずっと手が震えてるよ?このままじゃ二人とも落ちちゃうかもしれない」
…彼の言っている事は確かに正論で、
「だからさ、俺の事は一旦忘れて、日菜はここから逃げてよ。大丈夫、大丈夫!案外人間は頑丈だから助かるかもしれない」
…この場で、どちらかが安全な唯一の解答で、
「もう、大切な人が亡くなるのは嫌なんだ」
…彼らしい、私を思っての提案。
「昨日の告白、本当に嬉しかったよ。彼女を失って、生きる意味も見失った俺でも、誰かに必要とされてるんだって思えた」
…そんな最期のお別れの言葉を、
「…でも、俺には日菜に愛される資格なんてないんだ。今だって、やっと彼女の元に行けるって思ってる自分が居る。俺はそんな、弱い男なんだ」
…私は、
「最期まで情けなくてごめんね。俺なんかより頼りがいのある、素敵な人が現れるように願ってるから…」
…
「だから、日菜だけでもここから逃げ…
「………ふざけないで」
…許せなかった。
「ふざけないで!!!私だけでも逃げて欲しい?そんな事出来るわけない!!大好きな人を見捨てて逃げるほど私の覚悟は軽くない!!馬鹿にするな!!自分よりも良い人が現れるように願ってる?そんな人いる訳ない!!私が好きな人はかっこよくて、いつも落ち着いていて、時々照れるのが可愛くて、話していて安心出来て、他にもいっぱい良いところがある最高な人!!!今後誰と会っても変わることなんてない!!例え本人でも、私の大好きな人を悪く言わないで!!!」
「…日菜…」
「それに私に愛される資格がない?そんなことない!!勇治はとっても素敵な人!だから私が好きになった!ただそれで良いじゃん!もし勇治の言う彼女が忘れられないなら、私がそれ以上の思い出を作る!!!!だから…私の手を掴んで!!!!」
「っ!…日菜…」
この時、彼の瞳が大きく揺れて、その中には彼女じゃなくて、私が映っていた。
…そして彼が手を伸ばしてくれたその時――どこまでも空気を読まない突風が私たちに襲いかかった。
「勇治!!」
「日菜!!」
「おーい!子どもが二人倒れてるー!救急車呼んでー!」
*
―赤城勇治視点―
「知らない天井だ…」
俺は気がついたらどこかのベットで寝ていた。おそらく病院だろうか?
隣では日菜がすやすやと気持ち良さそうな寝息をたてて寝ている。………良かった無事で…。
「おやー?起きたのかなー?」
そう言って話しかけて来たのは人当たりの良さそうな、まさしく好青年と言った容貌の男性?女性?だった。
「…あなたは?」
「偶然、君達が倒れてる所を見つけて救急車を呼んだんだよー。短い付き合いになるだろうから自己紹介は要らないかなー。いやー、驚いたよー。怒鳴り声が聞こえたと思ったら人が二人、倒れてるんだからー」
そうだったのか…もしかしてあの会話聞かれてた?…恥ずかしい…
「そうでしたか、俺達を助けて頂いてありがとうございます」
「どういたしましてー!いやー、仲良く抱き合いながら血を流してるし、心中かとも思ったよー!もしかして彼女ー?」
……彼女…か…。
結局、俺は日菜の事をどう思ってるんだろうか?
日菜はこっちが照れるくらい真っ直ぐに想いを伝えてくれている。
でも、俺はまだ……
「"愛しい愛しい、彼女の事が忘れられないんだ!"っとでも言いたいのかなー?」
…え?何で…
「"何で分かったんだ"って思ったでしょー?君、結構顔に出やすいよねー!」
…そんなはず…
「あるんだよねー!……まぁ、そんなことよりもさ…君、いい加減自分に正直になりなよ?もうとっくに答えは出てるんでしょ?」
…そう言ったこの人の顔は、今までの人懐っこそうな態度から一変して、凄く真剣そうだった。
「ノーとは言わせないよ?そして、君は答えを出した上でそこで寝ている女の子の好意を無下にしてるんだ。その事を理解した方が良い。君の大好きな彼女だって、君を縛り付けるのは嫌なんじゃないかな?」
…………
「おっと、もうすぐそこの子が起きそうだ。それじゃっ、邪魔者は退散するねー」
…そう言い残してこの人は直ぐに去ってしまった…。
…俺は……日菜の事を………
*
―華川日菜視点―
「知らない天井…」
「っ日菜、起きた?」
どうやら私が目を覚ました時には彼は既に起きていたみたいだった。
まだ意識がぼんやりとしているけど、彼の落ち着く声が二人とも無事だったんだって実感させてくれた。
「日菜、本当にごめんなさい…」
きっと彼は私を危険な目に合わせた事を悔やんでいるんだろう。…そんな優しい所が大好き。
「ん、さっきのは仕方ない。二人とも無事だったんだからそれで終わり」
そう、むしろあの場に偶然居合わせて良かったと思ってる。彼が私の知らないところで危険な目にあっているなんて嫌だ。
「それも、本当にごめん」
…ん?それも?
「"それも"って?」
「…俺、自分の事しか見えていなかった。日菜が気持ちを伝えてくれてるのに、自分の葛藤だけしか見えていなくて、日菜の気持ちを蔑ろにしてた。だから、ごめん」
…?
「でも、もう間違えない!今さら虫の良い話だってわかってるけど、どうか日菜の隣に立つチャンスが欲しい!日菜の事が好きだ!!付き合って下さい!!!」
…
……
………!?
「勇治が私、好き!?!?えっえっえっ!?!?夢!?」
私は自分の頬をひっぱたいた。…程よい痛みが全身を駆け巡った、気がする。
「夢…じゃない。夢じゃない!勇治、私も好き!!大好き!!!こちらこそ!付き合って下さいっ!!!」
これは亡くなった恩人のお姉さんを好きだった彼…と結婚した私の話。
*
―???視点―
「いやー、めでたし、めでたしー!彼女の想いも実ったみたいだし、まさしく青春って感じがするねー!彼に発破をかけた甲斐があったなー!」
…
「二人とも、仲良くするんだぞー!いつ誰が居なくなるかなんて、神様しか知らないんだからさー!」
…
「…」
…
「ふぅ…これで彼の未練も完全に断ち切れたみたいだし…本当にお別れか…。…バイバイ、ユウ君…。 」