92.和やかなお茶
先日の夜会の一件を報告しに来てくれたのはライニードだった。
ジョージア様の婚約者が決まり、夜会でのお披露目も済んだことで、
側近としての仕事も少し落ち着いたそうだ。
今後はその時間を使って王政を学んだり文官の仕事を実際に経験することで、
側近としてできることを増やしていくことになるらしい。
今日は多忙なジョージア様に代わって報告しに来てくれたとのこと。
さすがにもう一度謝罪のために王宮へ呼び出すのは無理だと判断したからだろう。
「エンドソン家に来るのは久しぶりだな。
小さいころは母上に連れられてよく来てたのに。
レイニードはここでの生活も慣れたみたいで良かったよ。
むしろ…うちにいた頃よりも楽しそうだな。」
「そうだな。
もうここに来て四年になるんだし、昔から来ていた家だからね。
慣れるのはすぐだったよ。」
「ふふ。お母様がライニードためにクルミのケーキを焼いてくれたの。
好きだったでしょう?」
「うん、うれしいよ。うちの母上はこういうのしないから。
小さい時はエンドソン家に生まれたかったって本気で思ってたな。
ほら、俺は文官になりたかったから。
エンドソン家に生まれてたら…悩まずに済んだのかなって。
あの時、俺が騎士団に入らずに済んだのはレイニード達のおかげなんだろう?
父上は何も言ってくれないけど、何となくそうかなって。
…本当にありがとう。」
「…いや、俺たちのおかげというよりは、
俺たちの事情に巻き込んでしまっただけなんだけどな。
まぁでも、それでライニードが良かったっていうならいいや。」
楽しそうなライニードと穏やかに笑うレイニードを見て、
この時間がずっと続けばいいのにと思う。
昔みたいな三人の優しいお茶の時間に、嫌なことを思い出したくはなかった。
だけど、ライニードは報告をするために来たのだからと話を聞くことにする。
「陛下とジョージア様は怒っていらしたよ。
二人に護衛騎士をつけはしたけれど、
遠くからの護衛で、何かあったら駆け付ける程度のものだったんだ。
ビクトリア王女には監視もつけていたそうだしね。
そこまで馬鹿じゃないだろうと思っていたみたいだけど、俺はそう思わなかった。
王宮内で聞こえてくる評判そのままの王女なのだとしたら、
夜会なんて絶好の機会だ。絶対に何かすると思っていたよ。」
「あの侍女は保護できたのか?」
「うん。話を聞いたら、侍女仲間からいじめを受けていたらしい。
それを王女が止めてくれたそうなんだけど、
言うことを聞かなかったらもっとひどいいじめが待ってるって脅されていた。
…それも、いじめている侍女たちは王女の指示でだ。
すぐにジョージア様付の侍女に変えてもらったよ。」
「そうだったの…侍女って、地方貴族や領主の娘たちよね。
結婚前の箔付けのための行儀見習いに来ていていじめだなんて…。
いじめたほうもいじめられたほうも…傷になってしまうものね。
隠しておこうと思った気持ちもわからないでもないわ。」
「そうなんだ。いじめられていたことが知られてしまえば、
その侍女にも悪いところがあったっていう者が必ず出てくる。
幸い、ジョージア様付の侍女や騎士たちは王妃様の指導が行き届いている。
これ以上騒ぎになることはないだろう。」
「そう…良かった。」
あの時の青ざめて震え続けている侍女の顔が忘れられない。
追い詰められて、どうしたらいいかわからなくて、
でも誰に助けを求めていいのかもわからない。
そんなギリギリの人間が見せる顔だった。
あともう少し追い詰められていたら、危なかったかもしれない。
「陛下は…ビクトリア王女の侍女をすべて取り上げた。
言いなりになっていた者は家に帰した。
脅されていた者は王妃付きになって指導の受け直しをしている。
つけこまれるような後ろ暗いところがあるものもいるからね。
王女の私物に勝手にふれたものとかもいるようだから。」
侍女たちも家に帰れば裕福な生活の者が多い。
それでも王女の私物となれば高級品なのはもちろん、
一点ものなど他で見ることができないものが多い。
思わず手に取って見ていたところを咎められたというのもありえる。
もちろん注意されるし、場合によっては配置換えも考えられる。
だからといって、脅されるほどのことかというとそうでもない…。
王女が脅すのがうまいから?
それはともかく。
今、すごいことを聞いた気がする。
全ての侍女を取り上げた??
「侍女をすべて取り上げ?それってできるの?
着替えや湯あみの手伝いは誰がするの?」
「女官が交代でしている。専属のお付きはつけないことにしたそうだ。
専属になると、付け込まれる機会も増えてしまうだろう?
女官たちは…侍女の仕事などしたことないだろうけどね…。
世話される方も大変かもしれないけど、まぁ、そこは王女の自業自得?」
「えええぇ。」
侍女と女官は同じ場で働くこともあるが、役割はかなり違う。
着替えや湯あみの手伝い、食事の準備など、
実際に動いて王女の身の回りの世話をするのは侍女の仕事。
王女の話し相手になるのも侍女としての仕事に含まれるため、
仲良くなることもあるし、それが原因でこうなっていることもある。
女官は王宮の職員として働いているため、
王女が慰問に行く際に付き添ったり予定の調整をしたり、
王女が仕事をするのを補佐するのが女官だ。
必要がなければ王女のそばにいることもないのが普通だろう。
文官に騎士の仕事を手伝わせるようなものだろうか。
…分野が違うことをさせているのだとしたら、
女官たちにとっても嫌だろうし、慣れないものにお世話される王女も大変になる。
それをわかっていて侍女を取り上げたのは、
やはり女官だと付け込まれる心配が無いということかもしれない。
「しかも、ほとんどが勤務20年以上の女官で、女官長が育てた女官たちらしい。
王族相手でも厳しくて有名らしいね…女官長。
ジョージア様の教育係でもあったそうだけど。」
「あぁ、わかったわ。
ジョージア様だけまともで優秀っていうのは女官長のおかげなのね。」
「うん。そうみたい。
だからこそ、ジョージア様の仕事の邪魔ばかりしている王女には、
いろいろと思うところがあるみたいでね。
今までは陛下の病気のこともあってそっちの補佐もしていたから、
女官長も余裕がなかったみたいだけど、陛下は回復されたしね。
今まで放っておくしかできなかった王女の教育に全力でいくつもりらしいよ。
…これで少しは王女もマシになると良いんだけど。
ほら、もう少ししたら王女も入学するからね。
学園内で関わることになると思うと…今から頭が痛いよ。」
来年度はビクトリア王女の他にエリザベスも入学してくる。
私とレイニードは貴族科の授業が無くなるので、魔術師科から出ることは無い。
だけど、同じ貴族科にいるライニードはそういうわけにもいかない。
ジョージア様の隣にいるのなら、なおのこと会う機会も多い。
ライニードもジョージア様も最終学年になるので、王女と重なるのは一年だけ。
ジョージア様の結婚はリリーナ様が卒業するのを待ってからと聞いているので、
あと三年は時間があることになる。
王女のことで悩むくらいの余裕はあるだろうけれど、出来ればしたくないだろう。
「…そういえば、ライニード。
ミリーナ嬢とはうまくいってると聞いたが、どうなんだ?」




