90.懲りない人
「あの!…レイニード・ジョランド様でしょうか!?」
振り向いたら若い侍女が立っていた。
両手を胸の前で組んで、少し震えている。顔色が悪いのはなぜだろう。
「…何か?」
声をかけられたことが意外だったのか、レイニードの反応は薄かった。
なぜ侍女にこんな場所で声をかけられたのか、心当たりがないのだろう。
「あの…ビクトリア様がお呼びになっています。こちらへおいでください。」
あぁ、この侍女はビクトリア王女付きの侍女なのか。
夜会に出席することができない王女の代わりに呼びに来たんだ。
おもわずレイニードを見ると、大丈夫と小さく私に答えて侍女へ冷たい目を向けた。
「呼ばれる理由がない。
王女には断ると伝えてくれ。」
「え?…ですが、王女様がお呼びですよ?」
「じゃあ呼ばれる理由はなんだ?
俺たちは陛下から王族に関わらなくて良いと許可をいただいている。
それなのに呼びつける理由があるのか?」
「え…あのっ…でもっ…。」
容赦ないレイニードの断り方に、侍女は涙を浮かべて震えはじめた。
あまりの不審な行動に近くにいた騎士がこちらに向かって来るのが見える。
ビクトリア王女付きの侍女の制服でこの夜会の会場にいるのは、
本来許されることではないだろう。
なぜここにいるのか、咎められるに違いない。
「レイニード、ちょっと待って。
ねぇ、あなたはビクトリア王女様付きの侍女なの?」
「は、はい!」
「もしかして、レイニードを連れて行かないと、何かひどい事されるの?」
「…ひぃ!」
聞いた瞬間、恐怖だろうか。
侍女が引きつったような小さな悲鳴をあげた。
ガタガタと震えだし、立っているのもやっとの状態に見える。
「脅されているのね…どうしたらいいのかしら。」
「あぁ、彼に任せよう。」
レイニードも侍女がどういう状況なのか理解したようで、
こちらに向かってきていた騎士に声をかけた。
「彼女を保護してほしい。
ジョージア様かライニードに引き渡して、彼女から事情を説明させてくれ。
絶対に、他の者には引き渡さないでほしい。
私はレイニード・ジョランドだ。」
「存じております。
陛下からジョランド家に何かあったら対応するように言われております。
彼女を保護すればよいのですね?かしこまりました。」
どうやらこうなることも予想して私たちに護衛騎士をつけてくれたようだ。
まだ震えている侍女に大丈夫だと安心させて連れて行こうとしている。
「今、レイニードを連れて行ったとしても、あなたはまた違うことで脅されるわ。
きっとどこまでも脅され続ける…。
だから、今のうちに全部話して保護してもらった方が良いわ。
わかった?」
もう泣き始めてしまっていた侍女だったが、
優しく言い聞かせるように言うと何度も頷いて護衛騎士に連れて行かれる。
ビクトリア王女への処罰は難しいかもしれないが、侍女の保護はしてくれるだろう。
「それにしても…わざわざ侍女に呼びに来させるとは…。
絶対にねらいはライニードじゃなくレイニードよね…?」
「そうみたいだな…。
とりあえず結果は後からライニードに聞くとして…帰ろうか。
これ以上何かに巻き込まれる前に。」
「ええ。」




