89.王族
「アヤヒメ先輩、王女にはお会いしましたか?」
「いいえ。お断りしたわ。夜会デビューも前の王女でしょう?
わたくしが第一王子の婚約者ならともかく、無関係な留学生ですもの。
いくら王族だからとはいえ、会う理由がありません。」
「俺は別な意味で会うかって聞かれたんだけど、
もうアヤヒメと婚約するのが決まっている。
それなのに会う意味は無いだろう?
弟の代わりに会うのも…あまり意味がないしね。丁重にお断りしたよ。
ただねぇ、王女の王宮での横暴さは耳にするね。
ジョランド公爵家に近付こうとしているという話も。」
ジングラッド先輩はビクトリア王女の横暴さだけでなく、
ジョランド公爵家へ婚約を申込みしようとして断られたことまで知っているようだ。
他国の王宮内のことであるのに、情報をしっかりとつかんでいる。
それにしても…まだジングラッド先輩や、
その弟殿下との婚約を考えていたとは思わなかった。
どう考えても厳しいと言われている隣国に嫁げるような王女には見えないのに…。
陛下やジョージア様は真面目な方だと思うのだが、
ビクトリア王女に関してはどこかはっきりしないところが多い。
側妃様のことが原因かもしれないが、もう少し何とかならないのだろうか。
「俺たちもできるかぎり近づかないことにしているのですが、
王宮に来た際に王女に見られてしまったようで…。
陛下からは俺たち二人には今後王家から干渉しない、
と約束していただけたので大丈夫だとは思いますが…。」
「それならいいけど、油断はしないように。
何かあれば連絡して。困ったら先輩に頼ってくれよ。」
「ありがとうございます。」
「またそのうち昼食時にでも顔を出すわ。」
「はい。お待ちしてます。」
話し終えると二人は違う会場へと向かっていった。
王族として出席しているのなら、六か国の大使たちへの挨拶もあるのだろう。
わざわざこの会場まで来てくれたのは、先ほどの話をしたかったからかもしれない。
「あまり遅くなると馬車の渋滞に巻き込まれるし、
早めに帰った方が良いかもしれないな。」
「それもそうね…。
ねぇ、今日はフレデリック様は謹慎中だとしても、
その周りのご学友だった方たちも謹慎中?
男爵令嬢も…来てないんじゃないかしら。」
「ああ。フレデリック様が王子教育をやり直しているのと同じで、
学友たちも家で礼儀作法や法律を学び直させられているらしいよ。
あの剣術大会の時のは、学友や男爵令嬢が考えた案なんだと。
本来は王子が無茶しないように窘めなければならない立場の人間が、
逆にそそのかしたわけだからね。
留年してやり直すと聞いている。
男爵令嬢は男爵家に陛下が命じたようだよ。
礼儀作法を学び直してから学園に戻せと。
戻ってくるのは…いつになるだろうね。」
「…そうだったのね。それじゃあ夜会に出席できるはずないわ。
会うことがあったら、からまれるかもって思ってたから。」
「それは大丈夫。しばらく夜会で会うことも無いはずだよ。」
もっと早くに聞けばよかった。
そんな風に笑い合って広間から出て帰ろうとしたところで声をかけられた。
どこか切羽詰まっているような女性の声だった。
「あの!…レイニード・ジョランド様でしょうか!?」




