86.夜会へ
「準備は出来たかい?」
「ええ。大丈夫よ。」
「私たちは後から行くが、夜会の最中は挨拶回りで忙しい。
レイニード、エミリアを頼んだよ。」
「はい。義父上。任せてください。」
同じ夜会に出席はするが、侯爵家の当主夫妻として出席する両親と、
夜会デビューする私たちとでは入場する時間が違う。
そのため別の馬車で出発することになっている。
会場でも当主たちが社交している場と令息令嬢たちが集う場は少し離れている。
帰り時間もおそらく合わないだろう。
それでも、しっかりとした黒の燕尾服姿のお父様に、
うれしそうに寄り添う藤紫色のドレスを着たお母様を目にして、
二人に笑顔で送り出されることに涙が出そうになる。
前の時はお母様が亡くなった後、お父様が夜会に出席することは無かった。
仕事が忙しいという理由だったが、
きっと再婚した義母をエスコートするのが嫌だったんだろう。
正式に夜会でお披露目することで貴族の結婚は成立する。
だが思い出してみたら、そのようなお披露目は無かった。
もしかしたら…正式には再婚していなかったのかもしれない。
あの時のお父様と話していたら、もう少し情報があったのかもしれないが、
今さら考えてもあまり意味は無かった。
今は両親が変わらずに仲良くいてくれることで良しとするべきなんだろう。
馬車に乗り込むとレイニードと二人きりになる。
普通ならありえない状況ではあるが、もうすでに一緒に住み婿届も出している。
今日の夜会でお披露目をしたら、事実上の婚姻関係となる。
18歳までは婚姻届けを提出することは出来ないが、
この国の貴族の常識で言えば婚姻関係とみなされる。
そういう意味でも今日の夜会デビューは大事なものだ。
「今日のドレス、義母上が楽しみにしていてって言ってたけれど、本当だね。
とてもよく似合っているよ。」
「ふふっ。ありがとう。
夜会デビューのドレスは母と一緒に選ぶものなんですって。
このドレスに決めるまで二か月もかかったのよ。
でも選ぶの…すごく楽しかったわ。
ほら、前の時は古びたドレスで、
お義母様がどこからか持ってきて渡されただけだったから。
ゆっくりお母様と準備して、
今日のためにドレスを作るの、とてもうれしかったわ。」
今日のドレスは薄黄色のふんわりとしたドレスだった。
薄黄色はこの国の王族の色に近いものとして縁起が良いとされている。
そのため、夜会デビューの時にはこの色のドレスを選ぶ令嬢がほとんどだった。
胸の下あたりでくびれているドレスは、コルセットを使用しなくて済むもので、
十数年前から流行している。
身体を締め付けないことだけでなく、
夫人たちにとっては身ごもっている時でも着られると、
王妃様が妊娠中に流行させたものらしい。
着心地も良く、裾が広がりすぎないことで歩きやすい。
…あの時の重くて足元が見えないほど裾が広がったドレスは、
思い出すのが怖くて身に着ける気にはならなかった。
「あの時のドレスもつつましい感じがして、似合わなかったわけじゃないけど、
今日のドレスを着ているエミリアを見て反省したよ。
やっぱり俺はわかっていなかったんだなって。
こんなに嬉しそうに笑うエミリアを夜会で見たことが無かった。
好きなドレスを着て、この日のために準備して、
そういうことも大事だったんだな。」
「ドレスのこともあるけど、
一番はやっぱりレイニードとずっと一緒にいられるってことよ?
覚えてる?前の時は第二王子に邪魔されて…
一緒にいられたのは馬車の中だけだったわ。
それもエリザベスに命じられた侍女に監視された状態でね。
あれじゃ楽しめるわけ無いもの。」
「…もう謝られるのも疲れただろうけど、ごめん。
今日はずっと一緒にいるし、これからもずっと一緒にいるよ。」
「ええ。今日はずっと一緒にいてね。楽しみだわ。」




