74.怖いもの
「まだ震えてる…もう無茶するから。」
「だって…。」
「仕方ないな…震えが止まるまで待つか…。」
あの手合わせの後、学生たちが大騒ぎしてなかなか観客席から退出しなかった。
闘技場の中央で呆然として動かなくなったフレデリック様は、
ジョージア様の指示で王宮へと運ばれて行った。
あれほどジョージア様の言うことを聞かなかったのだから、
何かしらの処分が下されるのだろう。
私たちは会場が落ち着くまでは外に出ない方が良いと言われ、
一階にある選手控室の一つを用意された。
控室でレイニードに後ろから抱きしめられたままソファに座る。
いつのまにか体格差が大きくなって、
私の身体はレイニードにすっぽりとおさまるようになっている。
家の図書室ではよくこの体勢になって休憩するが、
知らない場所でされるのは少し恥ずかしい。
それでも体の震えがおさまらない現状では何も言えなかった。
本当はまだ攻撃魔術を使うことができない。
それでも何かあった時に警告できるようにと、あの氷の剣を練習していた。
少しでも傷つけるものを生み出そうとすれば術が失敗してしまうため、
あの氷の剣は人がふれると即時に壊れて蒸発するようにできている。
絶対に人を傷つけないという安心で、ようやく発動することができた術だった。
こんなに早く人前で使うことになるとは思っていなかったし、
傷つけないとわかっていても、人に剣先を向けるのは恐ろしかった。
レイニードにたいして悪意を持って傷つけようとしたフレデリック様に、
あの場で私が警告したことは後悔していない。
なのに、やっぱり怖くて、震えが止まらなかった。
「エミリアが弱いとは思っていないよ。
戦うことはできなくても、ちゃんと身を守れるとは思ってる。
だけど、俺に守らせてほしいと思うのは仕方ないだろう?」
「…ごめんなさい。けど、どうしても許せなくて。」
「うん、俺もわかってる。怒ってくれてありがとう。
俺が傷つけられそうだったのが許せなかったんだろう。
心配させてしまってごめん。
でも、こんなに震えてる。
もう無茶はしないでくれ…これなら俺が傷ついた方がましだ。」
「それは嫌よ。
レイニードが傷つけられそうになったら、私も我慢できないわ。
だから、レイニードも傷つけられたりしないで。
…私が前に出るのがダメなら、もっとレイニードも自分を守って。ね?」
「…そっか。わかったよ。
ちゃんと俺自身も守る。
約束するから、エミリアも無茶しないって約束して?」
「はぁい…。」
レイニードに抱きしめられて、こめかみや頬にくちづけされて、
少しずつ気持ちが落ち着いていく。
ぬるま湯につかるような甘やかしに溶け切った頃になって、
ようやく自分が何をしたのかを理解した。
「…怒られるかしら。みんなに。」
「少なくとも、義父上と父上と義母上には怒られると思うよ。
多分、俺もだけど。」
「レイニードも?」
「うん、エミリアを止められなかったから。」
「…ごめんなさい。」
「もう、いいよ。」
帰ったら怒られる。それがわかってしまったら、身体の震えは止まった。
別の意味の怖さで帰りたくなくなって、思わず涙目になる。
その顔のままでレイニードを見上げたら、なぜか笑われてくちづけられる。
髪を乱されるような深いくちづけが続いて、
苦しくなってレイニードを押し返そうとしたけれど今日は止めてもらえず…。
ようやく闘技場から出ても大丈夫だと告げられたころには、
私はふにゃふにゃの状態でレイニードに抱きかかえられるように家へと帰った。




