73.とどめを刺す
「誰が降参するか!」
すぐさま勢いよく切りつけるように、
左上からフレデリック様の剣がレイニードに振り下ろされる。
それをレイニードが軽く避けると、フレデリック様の剣は地面へと食い込んだ。
その間にレイニードはフレデリック様の後ろにまわりこみ、
フレデリック様の首筋に剣を突き付けてつぶやいた。
「これが真剣なら、あなたの首はもうありませんね。」
「…っ。」
フレデリック様が振り返ると、
またレイニードはフレデリック様の後ろにまわって剣を首に突き付ける。
「また死にましたね。何度やっても同じです。」
「なぜ、真面目に打ち合おうとしないんだ!」
「俺の力では木剣でも殺してしまいかねない。手加減が難しいのです。
…さすがにこれだけされれば、力の差はわかったでしょう。
何度やったとしても、あなたが勝つことは無い。」
「…。」
がっくりと膝をついて崩れ落ちたフレデリック様を見て、審判が試合の終了を告げる。
もちろん勝ったのはレイニードだ。
会場中の学生から大きな歓声が上がった。
それにこたえることなく、レイニードはこちらへと戻ってこようとしていた。
その時、フレデリック様がレイニードへと剣を投げつけた。
試合は終わっているのに何を考えているのか。会場にいた令嬢が悲鳴をあげる。
レイニードは完全に後ろを向いてしまっていて、剣が来る方向は見えていない。
いくら木剣でも、後ろから頭にあたればケガをする。
ぶつかる瞬間、誰もが目をつぶった。
ドスッ
木剣はレイニードの剣に弾かれて、
フレデリック様のすぐそばの地面に深く刺さっていた。
座り込んでいるフレデリック様の両足の真ん中、股の近くギリギリのところ。
それを見たフレデリック様は真っ青な顔で震えだした。
「…弱い上に卑怯だとは…本当に最低ですね。
勝敗が決まった後に後ろから剣を投げつけるだなんて。
こんな男がエミリアを自由に…冗談にもならない。」
「…お、俺はぁ、俺は…エミリアを思って…。」
それでもまだ言い訳を続けているフレデリック様に、もう限界だった。
頭を抱えてしまっているジョージア様に声をかける。
「ジョージア様…よろしいですか?」
「君が行くのか…?いや、好きにしていい。すまない。」
あきらかに真っ青な顔をしていたが、
それでも私へ許可を出してくれたのを確認して動く。
特別観覧室のガラス窓横の扉を開けて闘技場へと入る。
ローブ姿の私が闘技場に入ったのを見て、会場中の学生が息を呑んだ。
「…エミリア…俺は俺は君を自由にしようと…。
君を守りたくて…。」
私の姿を見たフレデリック様が私に訴えかけてくる。
だけど、何を言われたところで聞く気は無い。
すっと手を振り上げると、
フレデリック様の周りに氷でできた剣が無数に浮かび上がる。
その氷の剣先はすべてフレデリック様に向かっている。
それに気が付いたフレデリック様は目を見開いて動きを止めた。
「私は第二王子様に守ってもらうほど弱くありません。
普通の令嬢じゃありません、魔術師なんです。
こうして、いつでも戦うことができます。」
軽く手を振ると、一本の氷の剣がドスッと音をたてて闘技場の壁に刺さる。
これだけで氷の剣の威力がわかってもらえるだろう。
「私は私の意思でレイニードの隣にいます。
第二王子妃になる気などありません。
私よりも弱い人間に守ってもらう必要なんて、ないのですよ?
わかってもらえました?」
固まってしまっているフレデリック様ににっこり笑って言うと、
こくこくと首だけを動かしている。
もしかしたら驚き過ぎて声が出ないのだろうか。
でも、これだけの人が見ている前で頷いたのだから大丈夫だろう。
両手を交差するようにふわっと動かすと、すべての氷の剣が粉々に壊れて蒸発する。
それを見た学生たちが歓声を上げ、会場中から拍手が送られた。
「エミリア、無茶をするな…。」
「だって…もう我慢できなくて。
レイニードへ後ろから攻撃するなんて…許せなくて。」
レイニードに後ろから抱きしめられ、頭の上にあごを乗せられる。
そのままぐりぐりされて痛いわけじゃないけど、少し苦しい。
これは後で怒られるかもしれないと思ったけど、してしまったことは仕方ない。
一応はジョージア様に言ってあったから、お咎めは無いと思う…。
「さぁ、帰ろうか。」
「ええ。」
そのまま肩を抱かれて特別観覧室へと戻る。
フレデリック様は呆然としていて、もう動く気配はなかった。




