57.魔術師の心
「そうよ。そんな自分よがりの自己犠牲、勝手にされてもうれしくないわよ。
…でも、そうね。エミリアがなぜ攻撃魔術が使えないかわかったわ。」
「え?…関係あるんですか?」
以前、アヤヒメ先輩に攻撃魔術が苦手だと相談したことがあった。
練習場で何度か教えてもらったのだが、それでもまったく発動せずに終わった。
お祖母さまとの修行時に相談した時には、
それは個性だから仕方ないと言われたのだけど…違うのだろうか。
「魔術師は動が基本なの。心が動けば術も動く。
だからこそ、冷静さも求められるのだけど、律しすぎるのも良くないの。
エミリアは人を責められない。
我慢しようとして静の状態になるのに慣れ過ぎてしまっている。
それじゃ、攻撃魔術は発動しないわ。」
「お祖母さまには遺伝とか個性とかそんな風に説明されましたけど…。」
「それはそうよ。我慢強いとか、穏やか性格とか遺伝してもおかしくないし、
そのエミリアの性格は個性とも言えるでしょう。
でもね、そのことに気がついていれば少しずつ改善してくこともできるの。」
「そうなんですか?」
「強くなりたいって言ってたわよね。
そのためには何でも溜め込んで我慢する癖、何とかした方が良いわ。
それにエミリアの控えめな性格は好きだけど、来年は貴族科の授業もあるし、
15才になったら夜会デビューもあるのでしょう?
いくらレイニードに婚約者としてエスコートしてもらっていたとしても、
レイニードをねらう令嬢たちにつけこまれるわよ。」
「…。」
「その顔は…心当たりがあるって顔ね。
まぁ、お茶会などで他の令嬢と顔を合わせたこともあるでしょう。
公爵家から婿にもらうなんて、やっかまれるのは仕方ないわ。」
「はい…婚約前も仲が良かったので、それなりに言われていました。
婚約後は忙しかったこともあって、
あまり令嬢とのお茶会には出席していませんけど、
夜会に出席したらかなり言われることになると思います。」
それは前の時に経験済みだった。
自分に自信が無いからと言われても、そばにレイニードがいなかったあの場で、
一人ぼっちの私が何を言い返せただろうか。
何を言ってもただの強がりでしかなく、逆にみじめになってしまう。
だから言い返すことなく、我慢するしかなかった。
「エミリア、今はレイニードはあなたの隣にいる。
この前の事もあったから、
今は少しの時間だって離れること無くそばにいるんじゃないの?」
「…そうです。」
「じゃあ、胸張って、レイニードは私のものよって思っていなさい。
そう思って見せつけておけば、その辺の令嬢たちは何も言ってこないわ。」
「…はい。」
私にそれができるだろうか。
あの広い夜会の会場にいて、思い出すことなくいられるだろうか。
ビクトリア王女に、男爵令嬢に会って、怯まずにいられるだろうか。
エリザベスに今度こそ自分で言い返すことができるだろうか。
…想像してみたら、ため息しか出なかった。
それでも、こんな情けない状態の私を見かねたのか、
アヤヒメ先輩の白い手が私のひざの上の手に添えられた。
そっと。私を慰めようと励まそうとしてくれているのがわかる。
じんわりとアヤヒメ先輩の手のぬくもりが伝わってきた。
「ねぇ、エミリア。
私ね、幼いころは泣き虫で人前で話すことが難しい子だったの。」
「え?アヤヒメ先輩がですか?」




