56.過去の傷
「先日は申し訳ありませんでした…。」
先輩たちの前で私がおかしくなったのは先週のことだった。
次の日からまた学園に普通に通っていたのだが、
なかなか先輩たちに会う機会がなく、きちんと謝ることができなかった。
久しぶりに昼食時に先輩たちに会え、ようやく謝ることができた。
ルリナやファルカからも、先輩たちが心配していたことは聞いていた。
たまたま居合わせただけなのに気にしていたと聞いて、
とても申し訳ないと思う気持ちでいっぱいだった。
「気にしなくていい。誰だって体調が悪い時はある。」
きっと私がああなったのは体調のせいじゃないってわかっていて、
それでもジングラッド先輩はいつも通りの口調でそう言ってくれた。
あまり深く追求するつもりがないのだろう。
だけど、アヤヒメ先輩は違った。
笑顔はいつもと同じように見えるのに、思ってもいなかった誘いを受けた。
「ねぇ、レイニード。
昼食を食べたら、少しだけエミリアと話をさせてくれる?
場所はこのテーブルでいいわ。
ジンとレイニードは少し離れたテーブルで待っていてくれないかしら。
エミリアと二人きりで話がしたいのよ。」
「…俺はかまいませんが、エミリアは大丈夫か?」
「ええ。大丈夫よ。アヤヒメ先輩だもの。」
「そっか、わかった。
じゃあ、ジングラッド先輩と話しながら待っているよ。」
レイニードが立ちあがると同時に、
ジングラッド先輩も立って二人で離れたテーブルに移動していった。
アヤヒメ先輩の誘いに特に何も言わなかったところを見ると、
ジングラッド先輩はアヤヒメ先輩がそう言うのを知っていたのだろう。
二人が離れ、話し声が聞こえない状態になったのを確認してから、
アヤヒメ先輩は静かに話し始めた。
「この前のこと、自分では何があったか理解している?」
「…自分に何が起きたのかはわかっていませんが、
レイニードが誰か女性のそばにいるのを見るのが辛いんだと思います。」
「心を凍らせてしまうほどに?」
「…。」
「何か、過去にそういう傷つけられるようなことがあったと思っていい?
もちろん、何があったかまでは聞かないけど。」
「…はい。昔のことです。
レイニードは私を守るために自ら盾になってくれていました。
そのためにいろんな女性の隣にいなければいけなかった。
今ならそこに裏切り行為はなかったって、わかっているんです。
レイニードはその女性たちに笑顔を見せることすらなかったのですから。」
「そう。だけど、それが許せなかった?」
「当時は私のためだって知らなかったんです。
ただ、レイニードは私から離れて、そばにいてくれなくて。
いつも他の女性のそばにいました。
私はそれを見るだけで…どうして、という質問すらできませんでした。」
そこまで言うと、アヤヒメ様はうーんと考え込んでいるように額に手を当てて、
聞いたことも無い低い声でつぶやいた。
「そんなの、問答無用で殴っちゃえば良かったのよ。」
「え?」
「だって、エミリアは何も知らなかったのでしょう?
レイニードは何も言わず、エミリアのそばを離れて、
いつも違う女の隣にばかりいたと。」
「…はい。」
「じゃあ、殴って良し。」
「え?え?でも、私のためにしてたんですよ?」
「あのねぇ、いくらエミリアのためだからって、
何も話さないでそれしてたら、ただの裏切りじゃない。
あとから真実はこうだったっていわれても、納得するものですか。
逆に責めにくくて余計モヤモヤするわ。」
「…はい、そう、ですね…確かにモヤモヤしました。」
「でしょう?エミリアは、まず怒っていい。
レイニードに嫌だったって、泣きわめいて殴っていいの。
まず、それを理解した?」
「…はい。できるかどうかは置いておいて、
怒っていいんですね、私。」
「そうよ。そんな自分よがりの自己犠牲、勝手にされてもうれしくないわよ。
…でも、そうね。エミリアがなぜ攻撃魔術が使えないかわかったわ。」
「え?…関係あるんですか?」




