55.心の傷
昼食を用意しようといつものテーブルに行くと、
去年一緒の教室にいたミーアに話しかけられた。
貴族相手に失礼なことをしたと、ずっと謝りたかったと言われた。
それでも自分の親に迷惑がかかるかもしれないと、
謝りに来ることすらできなかったらしい。
だけど久しぶりに俺のことを見かけ、思わず話しかけに来てしまったと言う。
エミリアは気にしていないし、
ミーアの親に何かすることも無いと告げるとほっとした顔になって、
笑顔で礼をすると去って行った。
その後はミーアを見送ることも無く昼食の準備に戻ったのだが、
ジングラッド先輩に名を呼ばれ、振り向いたら先輩二人とエミリアがそこにいた。
なぜかエミリアが何もない場所で立ち止まっていて、
先輩たちがエミリアに必死で呼びかけている。
「エミリア…!エミリア!?どうしたんだ!
おい!レイニード、エミリアの様子がおかしい!早く来い!」
あきらかにおかしいと思うような状況だった。
ジングラッド先輩とアヤヒメ先輩に呼びかけられているのに、
それでもエミリアは反応なく突っ立っている。
俺が急いでかけよって顔をのぞき込んだが、視線が合っていなかった。
「エミリア、どうしたんだ!
先輩、エミリアはどうしたんですか!?」
「わからない。
ここに来て、お前が他の女生徒と話しているのを見かけ、
急に足が止まったと思ったらこうなったんだ。
嫉妬…にしてもこれはおかしいだろう。」
「エミリアを呼んでも焦点があわないの。
とにかく…早くどこかで休ませた方が良いわ。」
「わかりました。とりあえず、家に連れて帰ります。
ファルカとルリナに会ったら、帰ったって伝えてもらっていいですか?」
「ああ、わかった。」
何が起きたのかはわからないが、このままにしているのは良くないと、
エミリアを横抱きにして連れて帰る。
馬車に乗せて移動している間もエミリアは反応せず、指先が冷たくなっていく。
すぐに屋敷に戻り、そのまま図書室へと連れて行った。
エミリアの私室に寝かせてしまったら、俺が付き添うことができない。
…なんとなく、俺のせいかもしれないと思い始めていた。
ユリミア様に忠告はされていた。
「あなたたちのことは全部聞いたわ。
…レイニードが離れていた間のエミリアの心の傷は、思った以上に深いと思う。
いつかそれが表面に出てくる日が来るかもしれない。
ゆっくり、ちゃんと向き合って解決していくしかないわ。
何度も何度も繰り返して安心して良いと伝えていくしかないの。」
きっと、これがそうだ。
エミリアの心の傷にふれたのだろう。
だとしたら、俺が向き合って、エミリアを安心させるしかない。
「エミリア…好きだよ。
俺にはエミリアしかいない。お願いだ。ここに戻って来て。」
抱きしめて、頬にくちづけて、頭や肩を撫でて、何度も何度も気持ちを伝える。
前の時、言えなかった気持ちも、全部伝えるつもりで。
「俺はずっとエミリアを見ていたい。
隣で、こうして抱きしめて、くちづけて。
俺をその目でうつしてくれないか…。
いつものように見つめてほしいんだ、エミリア。」
どのくらいたったのか、エミリアの目が揺れた気がした。
それを見逃さないで、深くくちづけた。
最初はされるがままになっていたエミリアだがさすがに苦しくなったのか、
舌を押し返される感じがした。
「んんっ。」
エミリアがようやく反応してくれたことにほっとしながらも、
舌をからめるようにくちづけ続ける。
エミリアの身体に熱が帯びていくのを確認しながら抱きしめると、
そっと抱きしめかえされるのがわかった。
「ようやく戻って来てくれた。」
「…レイニード?」
「俺はここにいるよ。ずっとエミリアの隣にいる。
俺が好きなのはエミリアだけだ…。」
「さっきの子は…」
「覚えている?一緒の教室だったミーアだよ。
エミリアに謝りたいって言ってた。
その伝言を聞いていただけだよ…大丈夫。」
「そっか…ごめんなさい。
ミーアさんとレイニードが一緒にいるだけなのに、
それを見たら苦しくなってしまって。」
「うん。わかってる。
前の事を思い出したんだろう?
俺がエミリアを一人きりにさせてしまってた時のことを。」
「うん…。」
「思い出させてしまってごめん。」
「レイニードのせいじゃないのに…。」
「もう思い出させないように頑張るけど、もし思い出したとしても、
こうして抱きしめて、俺はエミリアのものだって何度だって伝えるから。」
「うん。」
「好きだよ、エミリア。
ずっと離れないから…そばにいるから。」
「…うん。」
泣けるなら、泣けるだけ泣かした方がいいとユリミア様が言っていた。
エミリアが泣くのを見るのはとても胸が痛い。
だけど、それで癒えるのであれば…。
ぽろぽろと落ちてくる涙を唇でぬぐって、落ち着くまでずっと抱きしめていた。
簡単に人の気持ちは治せない。
それに、過去の自分の行動は無かったことにはできない。
そのことの重みを実感していた。




