36.込められた願い
「あーあ。
もうしばらく魔術書は開かないよ。
これから三語を覚えたとしても開くかどうか…。
言ってはいけない言葉を言ってしまったからね。」
「…言ってはいけない言葉?」
「どうして魔術書が三語すべて覚えないと開かないと思う?
この130年の間に作られた魔術書はすべてそうなっている。
六か国法によって。
魔術師は一つの国に偏ってはならない。
全ての国を平等に愛し、平和を守らなければいけない。
そう決まっている。君の言葉はあまりにも危険だ。
一つの国に固執すれば、その力は他国を傷つける武器になりかねない。
だから三語を覚え、六か国を守る気持ちがない者には魔術書は開かない。
一度閉じてしまったら、魔術書が機嫌を直すまで…君は読むことができない。」
「…本当に?三語覚えないと読めないって、本当だったの?」
「知ってたんだ?じゃあ、なぜ覚えなかったんだ?」
心の底から疑問だとでも言いたげにファルカが聞いている。
それが聞こえていないのか、ミーアはまた私へと怒り出した。
「じゃあ、おかしいじゃない。
どうしてエミリアさんが読めているの!?」
「え?」
どうして私?にらみつけてくるミーアにどうしていいかわからない。
近付いて来ようとするミーアを止めようと、レイニードが前に出てくれる。
「どうしても何も、俺とエミリアは10歳になる前に三語すべて覚えたけど。」
「はぁ?10歳になる前?どうして魔力検査の前なの!?」
「貴族として当然のことだからだけど…?」
「は?」
「夜会やお茶会には他の五国の大使やその家族も出席する。
そのため、幼いころから三語はもちろん、
五国の地理歴史や文化も習って身につけておくんだ…。
だから俺もエミリアも幼いころから学んでいる。
魔術書を読むのに三語が必要だとは知らなかったけど…。」
「そりゃ…最初から魔術書を読めていれば気が付かないよな。
魔力検査の後で三語を覚える時間がいらないなら、
魔術書をあれだけ読んでいたのも納得だよ。」
「え?…え?貴族?」
「…家名は言わないけど、俺とエミリアは貴族だよ。」
まだ理解できないという顔のミーアに、レイニードが冷たく答える。
本当なら魔術師科で貴族だと言う必要はない。
だけど、ここまで話したのならきちんと言っておく必要があるだろう。
「だって…魔術師科には貴族はいないって…。」
「あぁ、それね。誰かにそう聞いたのか?
確かに魔術師科に貴族はいなかったよ。去年まで。
今年はレイニードとエミリアが入ってきた。ただそれだけのことだよ。」
「…そんな…。」
ぺたりと座り込んでしまったミーアに、どう声をかけていいのかわからない。
ルリナを見ると、そっとしておこうと小声で言われる。
私たちが貴族だということでショックを受けているのなら、
確かに声をかけない方がいいのかな。
おろおろしていると、プロイム先生が入ってきた。
「お?なんだ?…あぁ、魔術書が閉じたのか…。
こうなったらもうどうしようもないんだよなぁ…。
ミーア、一緒に来い。」
「…はい。」
真っ青な顔色のまま、ミーアはプロイム先生に手を引っ張られて連れて行かれる。
この後ミーアはどうなってしまうのだろう。
「ねぇ、ルリナ…。ミーアさん、どうなっちゃうの?」
「んー。多分、裏に連れて行かれてる。」
「裏?」
「うん。こっちは表側の校舎で、それとは別に裏側から入るところがあるの。
留年した人たちが学ぶ教室が。」
「留年した人?」
「そう。魔術師科は1年から上にあがるのが一番難しいの。
学年の半分も上がれないって話だよ。
それで、留年した人は別の教室に通うことになるって聞いた。
きっともうミーアさんはこの教室に戻ってこないだろうね。」
「そうなんだ…。」
結局仲良くなれなかったな…私の何がいけなかったのかもわからないまま。
「この学年は人が少なかったけど、毎年10名くらいが入学してきて、
半分以上が留年クラスにいくって聞いたわ。
この教室よりも人が多くて楽しいかもしれないわよ?
留年するのめずらしくないんだから、気にしても仕方ないよ。」
そんな風にルリナに言われて、とりあえずうなずく。
もしかしたら留年クラスの方が楽しいかもしれない。
本当にそうならいいと思うけれど…。