23.王女様
「そんな顔して、何か情報が入ったのか?」
デレニオンが仕事帰りなのか、夜遅くに訪ねてきた。
まだ寝る時間でもないから問題はないが、こんな時間に来るのはめずらしかった。
デレニオンは何か怒っているのか眉間にしわがよっている。
とりあえず応接室に入るように言うと、謝りながら入ってきた。
「酒…は持ってくるの忘れた。
王宮からそのまま来ちまった。すまん。」
「ああ、いいよ。うちにあるのを出すよ。
ちょっと待ってろ。」
デレニオンを応接室に待たせて酒蔵からワインの樽を担いで持ってくると、
侍女がつまみとジョッキを運んできたところだった。
それを受け取って、もうみんな下がっていいと指示する。
おそらく人払いが必要な話なんだろう。
いつものようにワインを注いでデレニオンに渡すと、ぐいっと飲み干した。
よほど喉が渇いていたのか、しばらくは無言で飲み続けた。
自分のジョッキにも注いで飲んでいると、ようやくデレニオンが口を開いた。
「ひどいもんだった。」
「何が?」
「王女の…ビクトリア王女の評判だ。
その辺で流れている民を心配する優しい王女というのは全部作り話だ。
女官が王女の服を着て、ベールをつけて教会や孤児院を訪ねていたらしい。
護衛する俺たち騎士団にも、それを言わずに騙してな。」
「…騎士団にも言わずにできるものなのか?」
「ちょっと調べればわかるようになっていた。
俺が気が付いて陛下に話してもかまわないと思われていたようだ。
平民の前に出る時に偽装をするのは、
王女を危険にさらさないようにするためだって言われたら…
俺も納得するだろうって予測済みだったんだよ。」
「良い王女の偽装はバレてもかまわないってところか。
で、本当の王女の評判は?荒れてるのはそっちが原因か?」
「…ああ。わがままな王女というのはまぁ11歳だからな。
そんなもんだろうと思ったんだが…。
お茶をこぼした侍女を下着姿にして廊下に出したそうだ。」
「は?」
「…当然、その侍女はその日のうちに辞めた。
女官長がすぐに気が付いて保護し、噂を流さないように厳命したらしい。」
「…王女の部屋や廊下には騎士がいるよな?」
「いるな。そいつらの目の前でドレスを脱がされたそうだ。」
「はぁ!?なんで護衛騎士たちは止めないんだ!」
「止めたら、下着もすべて脱がせると言ったらしい。
護衛騎士たちは見ないようにするくらいしかできなかったそうだ。
無理やり脱がされた侍女が泣く声を聞いて女官長が飛んできたらしい。
他の侍女も助けたら今度は自分が同じ目にあうからと…。」
「はぁぁぁ。」
思った以上にため息は大きく聞こえた。
王女付きの侍女ともなれば貴族の娘か地方領主の娘だ。
まだ未婚の令嬢を人前で、しかも騎士がいる目の前で脱がせただと?
11歳の王女が…。怒りを通り越して、呆れるしかない。
「これだけじゃない。
物語で閨の場面があったそうなんだ。
だけど11歳の王女が読む物語だ。当然くわしくなんて書いていない。
…興味を持った王女は、
侍女と護衛騎士に…目の前でしてみせろと言ったそうだ。」
「はぁ!?」
「その侍女は別の護衛騎士の婚約者だった。
それで、その護衛騎士は辞めさせられるのを覚悟で断った。
その時も女官長が間に入って、王女を止めたそうだ。
…護衛騎士は王女付きを辞め、第一王子付きになった。
第一王子が事を聞いて配置換えを言ってくれたらしい。
侍女の方は婚約者が聞いて、すぐに辞めさせて結婚したそうだ。」
「未遂だったからといって、それで片付けていいものなのか?」
「良くないだろうな。
どうやら、こんなことが度々あったみたいなんだ。
今までは隠しきれていたのが、王女が成長するにつれてどんどん過激になるから、
最近は隠しきれなくなったってところだな。」
「15歳の夜会で令息たちを使って令嬢を襲わせたっていうのも、
そんな王女ならやりかねないな。
…さすがにエミリアもその令嬢が誰なのかまでは知らないようだし、
どうやったら未然に防げるか…。」
「事件が起きてしまったら、被害者の令嬢は口をつぐむだろうし、
噂だけで王女を処罰するのは難しいだろう…。
王女を崇拝する令嬢たちがその噂を否定していたそうだしな。
一度崇拝してしまったら、なかなか疑わないだろう…。」
最初にエミリアから聞いたとき、俺自身もまさかと思った。
エミリアを疑う気持ちは全くなかったが、王女にそういう印象がなかったからだ。
でも、もし、最初からそういう印象を持っていたとしたらどうだろう。
「なぁ、デレニオン。
今聞いた話、王都中に流せないか?
おそらく、被害者はもっといるだろう。
一度噂になってしまえば、
そういえば…なんて言い出す奴も出てくるんじゃないか?」
「王女がそういう性格だって広めることで動きにくくさせるってことか?」
「ああ。陛下だって、噂になってしまえば王女を何とかしようとするだろう。
問題は…俺たちが噂を流したってわからないようにしないと。」
「…その辺はできるかもしれない。
今、王都のいたる場所に噂聞きを名乗る者が、
噂話を書いた張り紙をしているのを知っているか?」
「噂聞き?」
「ああ。どこの領主が税を多くとってる、とか。
婿なのに妾の子を養子にして家を乗っ取る計画がある、とか。
主に貴族が悪いことをしているのを暴露する内容なんだ。」
「知り合いなのか?」
「直接ではないけれど、心当たりがあるんだ。
あれは…魔術師協会の魔術師だと思う。」
「魔術師協会か!なるほどな。それなら納得する。
…じゃあ、レイニードに話してみよう。
俺たちが直接連絡を取るよりも、
レイニードから聞いてもらった方が良さそうだ。」
「そうだな。謝礼金は出すが、交渉はレイニードに任せよう。
あいつもエミリアを守るためならなんだってするだろうし。
こんな話を聞いたら黙っていないだろう。」
「よし。じゃあ、明日にでもレイニードに話しておくよ。」
話し終えると、ちょうどワイン樽が空になるところだった。
このまま飲み続けてもいいのだが、
以前も公爵家で朝まで飲んでいてカリーナ夫人に怒られた。
さすがに明日も仕事なのに朝帰りは良くないだろうと、デレニオンは帰って行った。
この話し合いから2週間後。
噂聞きが王都中に張り紙をするのだが、その内容はひどかった。
デレニオンが聞いてきた以上に侍女たちにひどいことをしていたらしい。
噂聞きは張り紙をするために調査をした上で噂を流したようだが、
その威力はすさまじかった。
教会や孤児院への慰問も別人が代わりに行っていたこともバレて、
民に好意的に思われていたはずの王女が、誰からも嫌われる存在になっていった。
慌てた陛下と第一王子が噂を打ち消すように指示をしたが、もう遅かった。
ビクトリア王女は社交デビュー前に悪女として有名になってしまい、
令嬢たちをお茶会に呼ぶこともできずに孤立していくのであった。