17.試験勉強
侯爵家の修練場に騎士が出入りするようになって一月が過ぎた。
私とレイニードは朝食を食べたらすぐに図書室にこもっている。
来月に学園の魔術師科の入学試験がおこなわれるので、
その試験勉強という名目もあった。
だけど、本当はレイニードと騎士たちを会わせたくなかった。
小さいころから可愛がってくれていた騎士たちがたくさんいると聞いて、
もしかしたらレイニードの心が揺れ動いてしまうんじゃないかって思ってしまった。
今からでも遅くないから騎士になれ、そんな風に言われたら、
騎士団に行ってしまうんじゃないかって。
そんな私の気持ちに気が付いているのかはわからないけれど、
レイニードは図書室にこもりきりの生活に文句も言わずにつきあってくれている。
中庭の向こうにある修練場から、こちら側に騎士が来ることなんて無いのに、
私の行動に何も言わないでいてくれる。
「上級の薬物鑑定まで読み終えたよ。」
試験勉強とは関係ないけれど、先に鑑定を身につけておきたかった。
ようやく薬物鑑定に関する魔術書を読み終え、本棚に戻しながら声をかけたけど、
レイニードから返事は無かった。
おかしいと思って見ると、ソファでうたた寝している。
「…めずらしい…。」
近付いてみても、そのまますやすやと眠っている。
目を閉じた顔を見るということ自体が初めてだった。
やっぱり綺麗な顔をしていると思う。銀色の髪と違って、まつ毛は少し黒っぽい。
これが17歳になれば顔立ちが男らしくなって、
綺麗というよりは色気のある美しさに変わるのだけど、今はまだ12歳。
中性的な感じがする顔は天使のようで、ただ見惚れてしまう。
じっと見つめていて、なんだか吸い込まれるように近づいて行って、
気が付いたら顔を近づけていた。
もうあと少し近づいたら鼻と鼻がふれてしまいそうなほど近づいたところで、
レイニードが目を開けた。
「わっ。」
驚いて後ろに下がろうと思ったら足が何かに引っかかって、
体勢が崩れて後ろ向きに倒れそうになる。
それをレイニードの手でぐっと引き寄せられて、そのまま抱きしめられた。
「…心臓に悪い…。」
あぁ、そうか。後ろ向きに私が倒れそうになったのがいけなかったのか。
また嫌なことをレイニードに思い出させてしまった。
「ご、ごめんなさい。」
「謝ってるってことは何か悪いことをしようとしてたの?」
「何もしてないけど、…謝らなきゃいけないような気がして…。」
「ふぅん。そうなんだ…。」
そう話している間もレイニードは私を抱きしめたまま離してくれなくて、
だんだん恥ずかしくなっていく。
すごく小さい時に抱きしめあって遊んでいたことがあった気はするけど、
大きくなってからはそんなことはしていない。
婚約してからだって、前回は話すのも難しかったほどだ。
今回は一緒にいるけれど、初日に抱きしめられた以外は手をつなぐくらいだった。
なのに、どうして今こんなことになっているの?
ぎゅっと強く両手で抱きしめられて、離してくれそうになかった。
「…レイニード、わたしどうして抱きしめられているの?」
「ちょっと居眠りして目が覚めたら、あんな近くにエミリアの顔があって。
キスされかけたのかと思ったのに、そんな感じじゃなかった。
俺をこんなにがっかりさせた分、
抱きしめるくらいは許してくれてもいいんじゃないかって思ったのと、
…図書室でなら、何しても他の人に見られないんだって気がついた。」
「え?…え?…ええ?」
どこから突っ込んで良いのかわからないレイニードの言葉にただただ驚く。
え?私がキスしようとしたと思ってたの?あぁでも、そのくらい近かった!
勘違いさせても仕方ない…けど、がっかりなの?
「抱きしめたら嫌?エミリアが嫌なら離すよ。」
「え?…嫌じゃないよ。こんなに近いの慣れなくて恥ずかしいだけ…。」
「そっか。じゃあ、慣れるほど抱きしめたらいいんだよね。」
「え?」「嫌?」
「…嫌じゃない。」
なんだか言い負かされた感はあるけど、レイニードの腕の中は暖かくて、
うれしくて、泣きそうになる。
そばにいてくれるって実感できて、離れたくない気持ちが勝ってしまう。
図書室なら他の人に見られない…ならいいか。
カミラに知られても怒られない気がするし。
「あぁ、でも、一度くっついちゃったら離せなくなった。
どうやって勉強しようか。
エミリアを抱きしめたまま本読めばいいかな…。」
「うーん。それは難しい気がするね…。」
そんなことをのんびりと話していたら、外がざわついているのが聞こえる。
「レイニード、ここにいるのか?」
誰かが呼んでいる声がして、レイニードの身体がこわばるのがわかった。