16.鑑定
「鑑定で何も出なかったのですか?」
「ああ。できるかぎり調べた結果だ。
人に害があるような物は出なかった。」
先日ヘルメス夫人が土産として持ち込んだ茶葉と菓子に、
何か仕込まれていると予想していたのに、鑑定では何も出なかったという。
今回はお母様に手紙を書かせるのが目的だったから、まだ毒はいれていない?
「それにしても…どうして義母上とお茶を?
ヘルメス夫人とは会わせないようにしていたのではないのですか?」
そうだった。
お母様が殺されることがないように、
ヘルメス夫人とは会わせないようにしていたのでは?
なのにどうしてヘルメス夫人とエリザベスが来ていたのだろう。
「…他の夫人とのお茶の約束だったそうだ。子爵家のミラー夫人と。
夫人が都合が悪くなったからと、代わりに来たと言ったらしい。」
「え?代わりに、ですか?
その子爵家の夫人とは仲がいいのですか?」
「何度かお茶をするくらいには仲が良かったそうだが…。
今回のことでもうお茶に呼ぶことは無いだろうね。
格上のわが家に呼んでもいない客を送り付けたのだから。」
無理に叔母様が代わって来たのだということは予想できる。
妹だから大丈夫とでも言ったのだろう。
ミラー夫人には少し同情もするが、こんな無礼を許しては後々なめられかねない。
あの家は子爵家に見下されるような家だと噂されることになる。
「叔母様はまた来ると言ってました…。
大丈夫でしょうか。あきらめなさそうな気がします。」
帰っていく時に言った言葉、にらみつけるような目、どことなくすさんだ雰囲気。
義母だった人ではあるが、あんな顔は見たことが無かった。
きっと再婚後はそれなりに余裕があって、侯爵夫人としての顔をしていたのだろう。
今のヘルメス夫人は元伯爵夫人。貴族としての身分は無い。
血筋が侯爵家の出なので、さすがに平民扱いされることはないが、
貴族としての収入があるわけではない。
生家の侯爵家に居候しているのはそれなりに辛いことなのだろう。
だからこそ、お母様に代わって侯爵夫人になることをあきらめていない。
またきっと何か手を考えて訪ねてくるはずだ。
あまり侯爵家に入り込む機会がないことを考えると、
次こそはお母様の命を狙って来るかもしれなかった。
「ユリアナの護衛を増やしておく。それと屋敷内に騎士も。
デレニオンから、騎士の練習場所が足りないと聞いていた。
うちの修練場を貸し出すことにする。
何かあればこちらに手を貸してもらうことを条件にしてな。」
「騎士たちですか…。」
「ああ。修練場は中庭の向こうで、出入り口も別だ。
本宅には入ってこないとは思うが…
もし会えばレイニードは何か言われるかもしれん。
無理ならやめておくが、どうする?」
騎士になると言ってたレイニードが騎士団に入らなかったことを、
騎士たちは残念がっていたと聞いた。
公爵家にはたくさんの騎士が出入りしている。
だからレイニードは小さいころから騎士たちに可愛がられ、
小さな木剣を使って教えてもらっていたそうだ。
剣の才能も期待され、騎士団に来るのを心待ちにしていたという。
そんな騎士たちがうちに来てレイニードに会ったら…何を言われるだろう。
「いいえ。大丈夫です。
ここで会わなくても、いずれどこかで言われるでしょう。
俺はもう侯爵家の婿です。
勝手に騎士団に連れて行かれるようなことも無いでしょう。
俺のことよりも義母上が心配です。そうしてください。」
「よし、わかった。
何かあればすぐに言うんだぞ。
レイニードはもううちの子だ。騎士団になんて連れて行かせないから。」
少しだけ目を細めて笑うお父様にレイニードはぐりぐり頭をなでられている。
レイニードも困った顔しながらも嫌そうじゃないところをみると、
本当はうれしいのかもしれない。
ずっと見てたらお父様に気が付かれて、私も一緒にぐりぐりなでられた。
…うらやましくて見てたんじゃないんだけどな~と思ったけど、
こんな風に子ども扱いされるのがなんだかうれしくて。
レイニードを見ると同じ顔していて、目があったら二人で笑った。