156.魔術師協会の馬車
まだ少しだけ空気が冷たく感じられる朝、
エンドソン家の屋敷ではあわただしく使用人たちが動き回っていた。
「レイニード様、エミリア様、本当に荷物はこれだけでいいのですか?
足りないものは無いか…もう一度確認しましょうか?」
心配そうに何度も聞いてくるカミラに、もう一度大丈夫だと説明を繰り返す。
今日ジンガ国に向けて出発してしまえば、
この侯爵家に帰ってくるのは早くても二年後だ。
幼いころから見守ってくれているカミラが心配するのも無理はなかった。
「大丈夫よ、カミラ。私もレイニードもちゃんと荷物を持ったわ。
収納に入ってるから、荷物が少ないように見えるけど…。
仕舞うのは一緒にしたのだし、カミラも見ていたでしょう?」
「ええ、ええ。それはわかっているのですけど…。
どうしても心配で。
私もお二人についていければいいのですけれど…。」
「ジンガ国は遠いのよ?
自分で身を守れるものでなければ、国を越えるのは難しいわ。
…カミラ、お留守番お願いね。
私の代わりにお父様とお母様の近くにいてくれる?」
「…はい、エミリア様。お帰りをお待ちしていますね。」
魔術師協会から馬車と御者を手配すると言われているため、
今はその馬車が来るのを待っているところだった。
私とレイニードはもうすでに準備を終え、お茶を飲んで待っているのだが…。
屋敷の者たち、とくにカミラが落ち着かずにうろうろとしている。
お父様とお母様とは昨日の夜にゆっくり話をしたので、
この場で特に話さなければいけないことはなかった。
二人とも今はテーブルの向かい側に座り、
私とカミラのやり取りを楽しそうに見ている。
「馬車が着きました。」
どうやら魔術師協会の馬車が着いたようだ。
私とレイニード、お父様とお母様、そしてカミラの順で玄関から出ると、
屋敷の前には馬車が二台着いていた。
その一台から降りてきたのはリシャエルさんだった。
「おはようございます、リシャエルさん。
見送りに来てくれたんですか?」
「うん、見送りと…紹介?
こいつが魔術師協会が用意した御者。」
リシャエルさんの後ろから降りてきたのは、白い髪と赤い目の少年だった。
髪は目にかかる程度に短く切られていて、少し野性味あるたくましさを感じる。
白い髪赤い目ということは…
血の一族なのかと思って見ると、その顔には見覚えがあるように思う。
「…ランドルです。よろしくお願いします。」
「…よろしく。レイニードだ。」
「エミリアです。よろしくお願いします…。
ねぇ、リシャエルさん、もしかして?」
「あ、やっぱり二人ともすぐに気が付いた?
うちの四番目だよ。一番下の弟。」
やっぱり…顔をみたらファルカにそっくりだった。
少し弟さんのほうが背が小さいし、にこにこしていないという違いはあるけれど。
でも、どうして弟さんが御者に??
首をかしげていたらリシャエルさんがそれも説明してくれる。
「魔術師科にいたんだけど、ジンガ国の魔術師学校に編入することになったんだ。
だから向こうに行かせるついでに仕事をさせようと思って。
馬の扱いも上手だし、御者としてちゃんと使えるから心配はいらないよ。
ある程度の魔術もできるし、自分の身も守れる。」
「そういうことなら…ランドル、ジンガ国までよろしく頼む。」
「ええ、任せてください。」
レイニードにそう言われ、ランドルくんは初めてにっこり笑って握手する。
今まで無表情だったのは緊張していたのだろうか。
紹介された時は驚いたけど、悪い子ではなさそうで安心する。
「ランドル、じゃあ馬車の用意してきて。」
「わかった。」
ランドルくんが馬車の用意に向かうと、リシャエルさんが小声で事情を教えてくれた。
「ランドルがルリナを好きだったことは知っているだろう?
でも、ルリナはファルカを選んだ。
さすがに二人が近くで新婚生活をしているのに耐えられなかったらしい。
…ジンガ国に行って、ファルカよりも強い魔術師になって、
ルリナよりもいい嫁をつかまえてくるってさ。
一応は吹っ切れているようなんだが…
向こうで何かあったら相談に乗ってやってもらえないか?」
「そういうことでしたか…。
わかりました。向こうで何かあれば話を聞くことにします。」
そういえばファルカが弟と一騎打ちになってたって言っていた。
ランドルくんがそうか…何かあれば力になってあげたいな。




