147.これから
「以前、王弟殿下に協力を申し出たことがあった。
この国を救う手伝いをしてほしいと。」
今まで話を聞いているだけだったリグレッド魔術師長がつぶやくように言った。
「すぐさま断られたよ。
この国にも、王族にも、まったく興味はないと。
もう魔術以外のものに関わる気はないと言っていた。
会って話していても感情の見えない人だった。
あぁ、この人はもう死んでいるのだなと思ったよ。」
「…学園長はビクトリア様の名前を言う時だけ、
強い殺気のような魔力を出すんです。
普段は感情が全くないような学園長が、
その時だけ感情が見えて、どれだけ側妃への恨みが強いのかと思いました。」
「そうだな…俺はもうあの人は何があっても動かないと思っていた。
でも、側妃への恨みだけは忘れていなかった。
だからビクトリア王女も許せなかったんだろう。」
「…これで、すべてが終わったのでしょうか。」
リシャエルさんがやり直しのことを知っているかはわからない。
そのことを口に出していいのかわからず、あいまいな聞き方になってしまったが、
リグレッド魔術師長はわかってくれたようだ。
「終わったよ。
そして、君たちはここから始まるのだろう?」
「ここから?」
「あぁそうだ。これからは何にも縛られない。
魔術師として好きに生きればいい。
もう二人を邪魔するものはいないんだ。」
もう終わった。
もう邪魔するものはいない…
義母もエリザベスも男爵令嬢も、フレデリック様もビクトリア様も。
レイニードと好きに生きていける。
「卒業したらまずは結婚式か?
魔術師としての活動は、それからゆっくり考えるといい。
焦ることは何もない。好きにしていいんだよ。」
言い聞かせるようなリグレッド魔術師長の言葉は、
もしかしたら自分自身に言っているのかもしれないと思った。
もうずっと一人で戦っていたリグレッド魔術師長。
好きに生きたい、誰よりもそう思っているに違いなかった。
「…そろそろ魔術師長をやめてもいいと思うんだよね。
ねぇ、リシャエル。代わってくれない?」
「はぁ?リグレッド魔術師長、魔術師長になってからまだ数年でしょう?
後輩が育つまで、あと十年は頑張ってくださいよ。」
「え~。もうお爺ちゃんだから…疲れたよ。」
「だから、まだ二十代なのに、何言ってんの!?」
あ、リシャエルさんから敬語が消えた。
そうか、同じ一族の出身だから昔からの知り合いなんだろう。
たしかにリグレッド魔術師長、二度もやり直ししているから…。
中身の年齢はお爺ちゃんで間違ってないんだろうな。
見た目は二十代だけど、休みたいっていうのも気持ちはわかる。
「あ、そういえば、エリザベスの家に何かしているって聞いたのですが。」
「ん?それはもしかして王弟殿下から聞いたの?」
「はい。何かしているようだから魔術師協会に聞いてみるようにと。」
「…何もかもお見通しなんだな。
本当ならあの方が魔術師長になるべきだと思うんだが。
まぁ、学園長としても優秀であることには間違いないけれど。」
確かに学園長が魔術師長になったとしても、何も問題ないように思えた。
だけど…きっと学園長はこれからも学園から外に出ることは無いように思う。
次に出てくることがあるのなら、フレデリック様が何かしでかした時だろう。
さすがにそんなことは無いように祈りたい…。
まだ誰かに魔術師長を押し付けたいようなリグレッド魔術師長の話をさえぎって、
リシャエルさんが説明してくれた。
「魔術師長の話はもういいよ。
エリザベスが継ぐ予定だったろう?リンデ伯爵家。」
「あぁそういえば。現伯爵夫妻には子がいないのですよね。」
「うん、俺たちはエリザベスを止めなかっただろう。
あぁなるってわかっていて、魔術師協会はエリザベスを見捨てた。
助けることはいくらでもできたのにね。
だから、せめてもの罪滅ぼしに、レグラスを派遣したんだ。」
「レグラスさんを派遣ですか?」
リンデ家にレグラスさんを派遣??
ファルカの二番目の兄であるレグラスさんとは数回あったことがあるが、
リンデ家と何の関係があるんだろう。
「レグラスの得意魔術は治癒だ。
あの夫妻に子ができないのは、なんらかの原因があると思ってな。
子ができるまで定期的にリンデ家に行かせている。
夫妻には口外しないように誓約させている。
こんな治癒ができると知られたら、依頼が殺到するからな。」
「あぁ、なるほど。そういう派遣でしたか。
治癒は成功しそうですか?」
「おそらくな。原因は夫人ではなく伯爵のほうだったそうだ。
すぐにいい報告が聞けるだろう。」
「そうですか。」
リンデ伯爵夫妻も、いろんなことに巻き込まれた側だろう。
兄が殺され、姪を引き取ったらこんな問題を起こされ、
ずっと肩身の狭い思いをしているはずだ。
子に恵まれたあとは、心穏やかに暮らしてほしいと思う。




