135.さようなら
夜会が終わり、私室で休もうとしていたら、父上から呼び出された。
こんな時間に何があったのかと思いながらすぐさま執務室へと向かう。
何か夜会で問題が起きたのだろうと予想はしていたが、
問題は予想をはるかに超えていた。
「…どういうことですか?」
「今言ったとおりだ。ビクトリアが全身にひどいやけどを負って倒れていた。
奥庭の庭師が使っている道具小屋の中で倒れていた。
鍵は外からかかっていたが、中にはビクトリア一人だけだった。
小屋の中の状態から…ビクトリアが自分で火をつけたとみられる。」
「ビクトリアが自分で火を??」
それじゃあ、まるでビクトリアが死のうとしたみたいじゃないか…。
まさかあのビクトリアが?ありえないだろう。
そう思ったのが顔に出ていたようで、聞く前に父上から答えられる。
「死のうとしたのではないと思うがな…。
何か逃げるかごまかそうとして失敗したのではないかと考えている。」
「なぜそんなことを?」
「ビクトリアが同学年の令嬢二人を襲うように令息たちに指示していた。
一人は男爵令嬢で、休憩室に連れ込まれて襲われていた。
もう一人は伯爵令嬢で、中庭の暗闇の中で襲われていた。
どちらも未遂ではあるが、令嬢としてはもう傷物になってしまうだろう。」
「ビクトリアがそんなことを!?」
「令息たちはそう言っている。
どちらがよりひどい目に遭わせることができるか、競争させられていたそうだ。
勝ったほうは長期休暇中、離宮に連れて行ってもらえると。」
令嬢を襲わせる?令息たちに指示を出した?
しかもひどい目に遭わせるのを競争させただと!?
そんなことが公になってしまえばビクトリアは王族から除籍されてしまうだろう。
だからどうにかして逃げようとした?
「…ビクトリアは治療しない。」
「は?」
「このまま放置すれば、一日持たないで死ぬだろう。」
「父上!どうしてそんなことを!」
いくらなんでも治療もせずに死なせるだなんて。
そう思って抗議したら、俺の目をじっと見てため息をついた。
「…もし、令息たちに襲われたのがリリーナ嬢だったとしても、
お前はビクトリアを助けろと言うのか?」
「…え?」
「数人の令息に力づくで押さえつけられ、
ドレスをボロボロに破かれて辱めを受ける。
身体の傷もついただろうが、心の傷のほうが深くついたことだろう。
それが、リリーナ嬢だったら?お前はビクトリアを許せるのか?」
リリーナが数人の令息に汚される…そんなことは考えただけで許せない。
…ハッとする。二人の令嬢がそんな目に遭ったのだと。
同じ令嬢として、それがどれほどつらいことなのか、
ビクトリアは考えなかったのだろうか。
「ビクトリアを助けたら、きっと同じことを繰り返すだろう。
気に入らないことがあれば相手を陥れようとする。
その場合、リリーナ嬢が標的になる可能性は高い。
…ビクトリアを助けるということは、リリーナ嬢を危険にさらすということだ。」
「…はい。確かに、ビクトリアはリリーナのことをうっとおしいと言っていました。
お茶会の時の注意されたことがきっかけのようです。
…そうですね、ビクトリアがそういうことを平気でするようなら、
次の標的はリリーナとミリーナだったでしょう。」
俺の婚約者としての立場からリリーナはビクトリアに注意しなければいけない。
それに、ミリーナとはライニードをめぐって争いが起こる可能性が高い。
…ビクトリアを助けたら、また同じようなことを企むのかもしれない。
「ビクトリアを助けることの危険性がわかったか?
お前には国王としての考えを持つようにと言ったな?
こんなことをしでかしたものを助ける必要はない。
今回は俺が判断する。だからお前には何も責任はない。
それでも、今後のためにもよく考えるように。
安易に目の前の人間を助けることが良いことだとは限らない。」
「…はい。」
「王太子として、お前に知らせないで処理するわけにはいかなかった。
ビクトリアは病死として発表する。
発表は一週間後。
高熱が続いてそのまま亡くなったことにする。いいな?」
「わかりました。」
治療しなければ明日には亡くなる…それでも。
次期国王として、優先順位を間違えてはいけない。
一瞬だけ幼いころのビクトリアの声が聞こえた気がしたが、
頭を振ってその声を消した。
さようなら…ビクトリア。
もう二度と会えないなんて嘘みたいだ。
だけど…お前を助けようとはもう思わない。




