134.許さないもの
木小屋から少し丘を上がったところ、東屋に着くともう先に待っていたようだ。
魔術師のローブで姿を隠していた王弟殿下が、そのフードから顔を出した。
金色の髪を雑に結ぶ殿下はご自分の容姿には一切興味がない。
それなのに、その美しさは損なわれず、年を取ることを忘れているようだった。
「…来たか。」
「お待たせしました。
準備は終わりましたわ。」
「ご苦労だった。
…ここからならよく見えるだろう。」
いつもと同じように冷たい表情なのに、口元が少しだけゆがむ。
その視線の先にある木小屋から煙が見え始めると、
その表情はわかりやすく笑顔に変わった。
長年そばで働いているが、初めて見る笑顔だった。
「始まったな…。
直接見れないのが残念だが、魔力の動きがよくわかる。
苦しいというよりも、なぜって感じだな。
自分に何が起きているのかわからずに混乱している。
陥れられたことに気が付いてもいないとは…。
ずいぶんと王女を懐かせたな。」
「懐かれてはいないと思います。
名前すら聞かれていませんでしたし。」
「ふうん。名前も知らない女官に命を預けるとは…。
本当にあの女の娘だな。愚かだ。」
側妃のことを思い出したのか、にじみ出るような殺気に身構えてしまう。
私に向けられたものではないとわかっていても、
魔力を帯びた殺気を感じ本能的におびえるのは止められない。
ビクトリア王女が側妃の娘だと知った時の怒り様はすさまじかった。
今まで騙されていた分もあったのだろうと思うが、よく一年も耐えていたと思う。
すぐさま殺しに行くのではないかと思っていたのに、
殿下が選んだのはビクトリア王女の監視だった。
私を女官として派遣し、悪行をするかどうか調べてこいと。
悪評を聞いてはいたが、噂以上の悪女に報告するほうが冷や冷やした。
少し近づいて言うことを聞くようになったら、
すぐさま陛下と第一王子は消えて欲しいなどと言い始めた。
殿下へそのことを報告をすると、
陛下と第一王子への毒殺は効かないだろうから、
わかる程度に数回実行するようにと指示された。
あれはおそらくビクトリア王女の出自を隠していたことへの仕返しだろう。
今まで何の手も打たなかった陛下に、
実の娘に毒を盛られたことを思い知れとでも言いたかったのかもしれない。
そしてこの夜会、令嬢二人を令息たちに襲わせるつもりだとわかった時、
王弟殿下はビクトリア王女を始末することを決めた。
「本当に腐ってるな。
これ以上、あの女の娘が存在するのは許せない。
夜会で実行するようなら、こちら側の計画も実行しろ。」
考え直すことなく令嬢たちを襲うようならば、もう手加減することは無いと。
それでも令嬢たちに救いの手があるようにと、
魔術師協会へ警告することも忘れていなかった。
もとは誰よりも優しい王子だった。
あんなことがあって王家との縁を切るように学園長の仕事をしているが、
令嬢たちがあのかたと同じ目に遭うのを黙っているような殿下ではない。
…きっと、魔術師協会が令嬢たちのことは助けだしてくれるだろう。
問題はビクトリア王女が私の計画に乗るかどうかだった。
少しでも疑われたり、危険だからやらないと言われれば、あきらめるはずだった。
また次の機会を狙うことになっていた。
木小屋からか細い悲鳴が聞こえた。
それもすぐに聞こえなくなる。
小屋の中に火が広がっていれば、意識を保つのは無理だろう。
暗闇の中、木小屋の中の火が明るく見え、煙が空へと立ち上っていく。
王宮のほうがざわめいている。誰か煙に気が付いたのか。
数名の騎士がこちらに向かってくる気配がした。
「殿下、そろそろかと。」
「そうだね。俺は先に帰るよ。
あぁ、王宮での仕事はこれで終わりでいいよ。
明日からはこっちに戻ってくれる?
レミー先生がうるさいんだよ。書類がたまってるって。」
「かしこまりました。」
「うん、よろしく。」
満足そうな笑みを残して王弟殿下は消え、
一瞬で転移して学園へと戻っていった。
これ以上人が集まってきて、この東屋に目を向けられる前にと、
私も暗闇の中にそっと身を隠して去った。




