133.火事
着いたのは小さな木小屋だった。
奥庭から少し外れた場所にあり、初めて木小屋の存在を知った。
「ここは何?」
「庭師の道具置き場です。
ビクトリア様はここに閉じ込められていたことにしましょう。
だから、あの二人の騒ぎのことも知らなかった、いいですね?」
「わかったわ。
でも、ここにずっと一人でいるの…?」
奥庭は誰一人いない。
こんな暗い場所の木小屋に一人で置いて行かれるのは嫌だった。
「いいえ。ここにいる時間は短いですわ。
ここにいたことを夜会中に知られなければいけません。
でなければ、騒ぎに巻き込まれていた証拠にはなりませんから。
ビクトリア様がこの中に入って、すぐに火をつけます。
その煙を見て、私は騎士たちと救出に駆け付けます。」
「え?火をつけるの?危ないじゃない!」
さすがに火のついた小屋の中にいるのは嫌だというと、
女官は小屋の棚に置いてあった小瓶を取り出してにっこりと笑った。
「火は出ずに煙だけを出す油をまいて火をつけます。
安心してください。危なくはないです。
この油は魔術師協会へ緊急の知らせをする時に使う狼煙用の油です。
ですから、火をつけても危険性はありません。」
「そうなの?」
「ええ、大丈夫です。
ビクトリア様はこの木小屋の中に閉じ込められてしまいましたが、
この緊急の狼煙用の油の存在を思い出して、
外に知らせるために火をつけたことにするのです。
木小屋の煙は王宮からも良く見えるようになっています。
だから短時間で騎士を連れて助けに来ることができますから。」
緊急の狼煙?それに使う油…。
そんなものがあるのは知らなかったけれど、煙しか出ないのなら大丈夫なのかしら。
女官の堂々とした説明を聞くと、大丈夫な気がしてくる。
「大丈夫です、これは安全なものです。
まず、ビクトリア様が小屋に入ったら私が外から扉を閉めます。
ビクトリア様はこの油をランプの上からかけてください。
小屋の上部は穴が開いていて、そこから煙が出るようになっています。
その煙に気が付いた私が護衛騎士を連れて確認に来る、という作戦です。」
「…わかったわ。」
小屋の中は意外と片付けられていて、物が少なかった。
小さなテーブルが真ん中に置いてあり、
女官はそこに持ってきていたランプを置いた。
その横に小瓶を置くと、もう一度女官は説明する。
「いいですか?
私が鍵をかけたら早めにランプに油をかけてください。
あとはランプから離れて、助けが来るのを待っていてください。
あぁ、護衛騎士が来たら、
知らない令息たちに無理やり連れてこられたって訴えてくださいね。」
「わかったわ。」
「では、外から鍵をかけますよ。」
そう言うと女官は小屋から出て行った。
扉を閉められても小屋の中にランプが置いてあるので、暗くはならない。
あの女官はランプ無しで戻れるのかと思ったが、何とかするのだろう。
ガチャリと大きな音がして、
「もう実行しても大丈夫です。では、騎士を呼んできますね。」と声がした。
トトトトと走り去るような音が聞こえたので、急いで実行しようとする。
ランプの近くに寄り、小瓶のふたを開けた。特に匂いは無かった。
ランプの傘を外して、上から小瓶の中身をかけた。
その瞬間、辺りは火に包まれ、私のドレスのあちこちに火が移った。
「きゃあぁぁぁぁ!!」
どうして?
ドレスについた火を消そうと手で叩いても、あちこちに火がついている。
見渡すと小屋中が火だらけになっている。どういうことなの!?
女官を呼ぼうとして、名前を知らないことに気が付く。
「…っ!!」
小屋から出ようとしても、扉は開かない。
「出して!ここからっ!出して!」
ドレスの火はあっという間に広がり、髪も一瞬で燃え広がる。
「…ぃいやぁあああああああああああああああ!!!!」
あついあついあつい!
体中を火が包んだと思ったが、すぐに意識が遠のいて何も見えなくなった。




