130.自業自得
一人の令息に球が当たると、その小さな球は形を変え、
水色に変わると同時に大きく広がり令息の身体全体を包み込んだ。
まるで分厚い樹脂の風船に入れられたように飲み込まれる。
「うわっ?なんだこれ!!」
膜のような球体に閉じ込められた令息は何が起きたのか理解できない。
向こう側が透き通って見える膜なのに、樹脂のように伸びて破れない。
暗闇でよく見えていないこともあり、閉じ込められた感覚だけがわかり、
令息は取り乱して暴れ始める。
「「「!?」」」
他の者たちには令息が突然暴れ出したようにしか見えない。
それに驚いて動きが止まった令息にまた球がぶつかる。
今度はぐわんっと紫色に変化して身体を包み込む。
その球体はどんどん濃い紫に変化し、外が見えないようになっていく。
完全に闇の中に閉じ込められた令息は恐怖で震えあがり、
身動きが取れなくなっていく。
そしてもう一人、球がぶつかり、同じように紫へと染まっていく。
人の身体すべてを包み込むような大きな球体が急に三つもあらわれ、
令息たちが囚われていくのを、残りの一人はただ見ていただけだった。
「え!何が起きてるんだ?
これは…どういうことだ!?」
その異様さにエリザベスの手を離し、じりじりと後ずさる。
エリザベスは驚きと恐怖でその場へと座り込んでしまっていた。
「…っ!!」
そのすきを狙い、残りの令息の後ろへとレイニードが転移し、取り押さえる。
暴れないうちに後ろ手で縛ると、口にも布を巻いて転がしておく。
その間にも球体は形を変え続けていた。
水色の球体は比較的すぐに割れ、球体になっていた膜は細い帯のようになり、
令息の両手両足に絡みついた。
紫色の球体は膜が厚くなり続け、
動きが止まったと同時にふわっと消えるように割れて、
中から意識のない状態の令息が倒れるように出てくる。
これがエミリアが新しく作り出した魔術だった。
魔力がない者へは水色に変化し、体力を吸い取った後、
その力を利用して膜を手足へと絡まらせて拘束する。
魔力がある者には紫色に変化し、魔力を枯渇するまで吸い取り、
意識が無くなった時に割れるようになっている。
"見えない牢球"と名付けたこの魔術は、
エミリアの錬金術と空間術を利用したものだった。
ただ、練習でも三人同時にしか発動したことがないため、
一人の令息を取り逃がすことになってしまった。
レイニードが転移を覚えていなかったら、
エリザベスを人質に取られていたかもしれない。
取り逃がしたとしてもレイニードが補佐してくれるからこそ使えた術だった。
「…やっぱり三人までが限界だわ。」
「それでいいよ。それ以上同時にやっても操作が難しくなるだろう。
魔力も多く使うようだし、ここぞというときに取っておくべきだな。」
「そうね…。」
確かに練習とは違い、魔力の消耗が激しい。
さすがにレイニードたちの魔力を枯渇させるわけにはいかないので、
練習の時は途中で止めていたからわからなかった。
レイニードが魔力を枯渇して転がっている令息二人も後ろ手で縛り上げていく。
その間に座り込んでいるエリザベスに近寄る。
暗かったからよく見えなかったが、
近寄るとドレスがあちこち切られているのが見えた。
誰か令息が持っていたナイフで切られたのかもしれない。
ジュリアのドレスとは違い、すっぱりと切られているのがわかった。
もとから胸元が開いているドレスではあったが、
両腕で押さえなければ半分以上が見えてしまうほどになっていた。
「…エリザベス、すぐに女官が来るわ。
そうしたらドレスを借りれると思う…。
少しだけ我慢していて。」
「…何しに来たのよ。
あんたに助けられてもお礼なんか言わないわよ。」
「え?」
ジュリアのように傷ついていると思って声をかけたのに、
振り向いたエリザベスは私を睨みつけていた。
まるでこんな目に遭ったのは私のせいだというかのように。
「どうせ自業自得だとでも思ってるんでしょう!
あんたに助けられるくらいなら、ほっといてくれたほうが良かったわよ!」
「…そんなこと言われても。」
「うるさい!うるさい!うるさい!
あんたの手なんか借りないわよ!どっか行きなさいよ!!」




