114.エミリアの婚約
「どうして私が王太子の婚約者に?
公爵家の令嬢がいるのに私が選ばれた理由がわかりません。」
そう聞くとリグレット魔術師長は驚いた顔をする。
「そうか…君は魔術師の価値もエンドソン家の立場もわかっていないんだったね。
サウンザード国の王家は魔術師との間に生まれた子を、
血の一族として迫害し王族と認めなかったこともあって、
王家の血に魔術師の血が入っていない。
血の一族がそのまま王族になっていたら、
この国の王族は魔術師だらけになっていただろうね。
そのことに気が付いた王家は、数代前から王族の魔力を強化しようとしている。
ジンガ国のような強い大国になることを目指したのだろう。
今の王妃も亡くなった側妃も、先代の王妃も側妃も、すべて魔力持ちだ。
その結果、王弟殿下が魔術師になったが、その王弟殿下は子作りを拒否している。
本当なら王弟殿下の子を王家に嫁がせるつもりだったんだろうけどね。
エンドソン家は男児が生まれることが多い家系だ。
今の侯爵も前侯爵も一人息子だった。
王家に嫁がせたくても無理だったんだ。
そこに…一人娘ではあるがエミリアが生まれた。
魔術師になれるほどの魔力を持ったエミリアが。
身分としても申し分なく、王太子妃にするのに何も問題はない。」
歴代の妃が魔力持ちだったとは知らなかった。
魔力のあるなしは近い人間であれば知ることになるが、公表することでもない。
魔術師にならないかぎり人に知られることはない。
例外としてお父様はエンドソン家の出なのに魔術師ではないこともあり、
若いころに魔力なしだと公表している。
魔力なしだということを全く気にせず公表しているお義父様はもっと例外だ。
…私に魔力があったからジョージア様の婚約者に。
ジンガ国のように王族すべてを魔術師にするつもりなら、
魔力量の多い私が選ばれた理由もわかる。
だけど、それをどう受け止めて納得したのだろう。…レイニードも。
レイニードを見ると硬い表情をしている。
「エミリアが婚約者に選ばれたとき、
ジョランド公爵家は何も言わなかったのですか?
…王家の命令に従うしかなかったということでしょうか。
その時の俺が黙って認めたのか知っていますか?」
レイニードの質問に魔術師長はゆっくりと首を横に振った。
「揉めた、とは聞いている。
ジョランド公爵家との間に婚約する約束があったのだと。
それでも陛下の決めたことに逆らうことはできなかったのだろう。」
うなだれたレイニードに、魔術師長は「だがな…」と話を続けた。
「レイニードはそれでもエミリアのそばにいたかったんだろう。
第一王子の側近として、そうだな…今のライニードのような仕事をしていた。
学園では学年が一緒なこともあってエミリアの護衛もしていたが、
レイニードは騎士ではなかった。
ライニードは家を継ぐために騎士団に入っていたようだが、
レイニードは文官として側近になっていた。
最後は女王の命を受けた騎士団と戦って亡くなっている。
その時にはレイニードの父親の騎士団長はすでに亡くなり、
遠方に派遣されていたライニードには知らされていなかったようだ。」
あまりのことに私もレイニードも黙っていた。
お義父様が亡くなり、女王の言いなりに動くようになった騎士団…。
そのなかで私とレイニードに何ができただろう。
何もできずに殺されてしまったに違いない。
「俺はエミリアに期待した。エンドソン家の生まれで魔力も豊富だった。
第一王子の婚約者にならなければ、魔術師になる道もあるんじゃないかと。
それにエミリアを最後まで守ろうとしたレイニードにも。
レイニードが騎士団に所属すれば少しは抵抗できるんじゃないだろうかと。
公爵家の耳に入るように、エミリアが婚約者候補に狙われていることを流し、
第一王子の婚約者になる前に二人を婚約させることに成功した。
残念ながらエミリアは魔術師にはならなかったけれど。
レイニードが第一王女の護衛騎士になったのも予想外だったが、
もしかしたら王女をうまく抑えてくれるんじゃないかと期待したんだ。」
すべてが魔術師長の掌の上かと思いきや、そうではないらしい。
変えてしまったことでどこまで影響が及ぶかわからなかったのは魔術師長も同じようだ。




