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すれ違い


 今まで誰にも弱音を吐けず、常に不安を感じていた悩みをルカに打ち明ける事が出来たメリッサ。


 仲良く並んで戻ってきた二人は、特に何をしていたのかと突っ込まれる事もなく、お茶会の席へつき、ルチアとエトーレの会話に加わった。


 四人の会話になっても、ルチアとエトーレが視線を交わす頻度は少なくはならず、ルカはそんな光景を目の当たりにしているメリッサが心配になった。


 さっきまで彼女の話を聞いていたから余計に二人の関係が気になってしまうのかもしれない。

 けれど、メリッサはそんなルカの想いをよそに、平然と出されたお茶菓子に手を伸ばしている。

「メリッサは、そんなにそのお菓子が気に入ったの?」

 と、ルチアに話を振られるくらい。

 普段であれば、お茶に口をつけるくらいで、後は話に耳を傾けたり会話に加わるメリッサなので、この光景は珍しい。

 まるで何か吹っ切れたかのように、表情がどこか軽く見えてしまうのは、本当にそうだからなのかもしれないし、むしろその逆で、胸のモヤモヤを食べて晴らそうとしているのかもしれない。

 彼女の胸の内は彼女にしか分からない。


 本当は甘い物が誰よりも好きなメリッサ。

 今まではそれをルチアの前では出さないようにしていたのかもしれない。婚約者が驚きの表情を見せてしまう程に、メリッサは目の前のお皿に手を伸ばしている。


 甘くコンポートしたリンゴを包んだパイ。

 アーモンドかおるブランマンジェ。

 ガレットには、苺やレモン、薔薇のジャムをつけて、それぞれの味を楽しんだ。


 学園で二人きりで過ごすお昼休憩では、メリッサが喜んでくれそうなデザートをルカが手作りして彼女に食べてもらっていた。

 常に気を張っている彼女が少しの時間でも気を緩めてもらえるように、と考えての事だ。


 一口食べる度に口元を綻ばせて食べる幸せそうな顔は、自分だけが知っている筈だったのに。

 と、ルカは少し表情をおとす。


「……ルカ?」


 隣の友人の寂しげな表情。

 席に着いて淹れてもらった紅茶の湯気は口を付けられる前に熱を失い、ルカの前に置かれている。

 チラチラと視線をやっても、彼女が何を考えているのか分からない。

 勝手に懺悔をルカに聞かせてしまったのが良くなかったのかもしれない。

 そう思うと、お菓子に伸びていた手も止まってしまう。


 互いが互いの事を考え過ぎて押し黙る。

 

 時折ルチアに話を振られ言葉を発する以外、ルカとメリッサは二人で会話する事なく、ただ時間だけが過ぎていった。




「ルチア様。本日はお招き下さりありがとうございます」


 適度な時間にお茶会はお開きとなり、各々が主催者に挨拶をし、その場を後にしていく。

 彼の婚約者であるメリッサが最後、彼に頭を下げ、そのまま踵を返そうと身体を動かそうとした時。


「メリッサ。今日は帰ってしまうの?」


 ルチアが少し驚いた様子で彼女を呼び止めた。


 それは今までであればお茶会後、メリッサはルチアと二人きりの時間を過ごしたいと、一人城に残っていたからである。

 互いに婚約者同士なのだから、そうしたいと願うのは当然の事であり、ルチアも彼女が望むなら、と、二人きりで過ごす時間をもうけてきた。


 そんな彼女がいつもと違う行動をとる。

 婚約者として長年接してきて恐らく初めての事に、王太子が驚いて自分から声を掛けてしまっても不思議ではない。


「ええ。とても有意義な時間を共有できて楽しかったですわ」

「そうか」

 笑顔でそう返されてしまっては、彼に引き止める術はない。

 ルチアは気持ち足早に自分の元から去っていく彼女の背中を静かに見送った。




「ルカ」


 メリッサが呼び止める為に発したその名の持ち主は、既に馬車に乗り込んでしまった後だった。


 スカートの裾を持ち上げていた両手は力を無くし、メリッサはそこに立ち尽くす。

 御者は自分の主人を呼び止める声に気づかなかったのか、目の前で馬車の車輪が一周回るのを確認すると、友人を呼び止めるのを諦めた。


 話を聞いてくれたお礼はまた学園に戻った時にすればいい。


 綺麗に整えられた道を振動少なく遠ざかっていく馬車の後ろ姿をそう思い見送っていると、突然、動きが止まった。

 しばらく様子を見守っていると、外から従者が開ける前に、内側から扉が開きルカが姿を現した。

 そして、今度は友人の方が自分に向かって駆けてくる。

 それに気付いたメリッサも彼女の方へ駆け寄る。


「メリッサ?どうしたの?」


 走って来てくれた友人はとても心配そうにメリッサを見下ろす。


「今日はごめんなさいね。ルカ」

「え?」

 突然謝罪されたルカは、思い当たる節がなく、聞き返すが、メリッサは理由など分からなくていい、という様子で言葉を続ける。

「それと、いつもありがとう」

 その表情は、先程のお茶会で二人きりになった時に見せた、見ている方が心が痛む微笑みとは真逆の、晴れ晴れとした笑顔。

 

「あと。私もルカのこと、大好きよ」


 メリッサに真っ直ぐ見つめられ、ルカの顔は一瞬にして赤く染まる。


 友人として。

 親友として。


 ルカは舞い上がる自分の心にそう何度も言い聞かせる。

 メリッサは親友面していつも隣にいる友人が、実は自分とは性別が違うなどと夢にも思っていないだろうし、加えて、ずっと幼い頃から想いを寄せられている事など気付いていないだろう。


 だから、メリッサの言う「好き」は甘いお菓子が「好き」と同義語。

 ルチアを想う「好き」とは意味が違う。


 勝手に結論付けて勝手に落ち込む。

 面倒くさい自分の心。


「……」


 二人は向き合ったまま。

 メリッサからそれ以上の言葉もつがれず、「それだけ言う為に追い掛けて来たのか」と、口には決して出さないが、上手く自分を表現する事を知らないメリッサを、余計に可愛く思ってしまうのだから、恋とは厄介なものだ、と、ルカは思う。


「用件はそれだけかしら?」


 彼女への想いをひたすらに隠し続けるルカ。

 いつまでたっても去ろうとしないメリッサを不思議に思い、彼女からの言葉を促す。

 殊更、ルチアへの気持ちは秘める事が多い彼女ではあるが、その他の事に関しては、凛とした姿勢で対応する友人が、中々次のアクションを起こさないのも珍しい。

 メリッサはルカから視線を外し、少し俯いたかと思ったが、そのまま踵を上げ背伸びをすると、彼女の唇は友人の耳元に近付け、小声で囁いた。



「私、自分の気持ちに決着をつけるわ」



「え?」

 それはどういういう意味?

 小さいながら真っ直ぐ揺るぎない声と、自分を見上げるメリッサの意志を固めた瞳に、ルカは言葉を飲み込んだ。


 ルチアの気持ちが自分に向かなくても、彼を想い続けるという堅い決意か。

 それともその逆か。そうなると、王太子との婚約はそう簡単に破棄など出来るものでもないので、メリッサはどう動くのか。

 もしくは、彼が想いを寄せるというエトーレ嬢に対して何か行動を起こしでもするのだろうか。


 ルカの頭は、メリッサが自分の名を呼ぶ空耳で馬車を停めてしまう程まで、彼女に支配されてしまっている。結果的に勘違いではなかったので、それは良かったのだが。


 だが、たった数時間のこのお茶会の間に、わざわざ友人に宣言する程までの何かがあったのだろうか。



 ルカはメリッサと別れ、馬車に乗り込んでからも、彼女の言葉の真意を知ろうと考えを巡らせる。


「フッ」


 だが幾ら思案したとて、彼女が友人と思っている自分にメリッサの気持ちが向くわけではないのに。

 考えていて虚しくなり、ルカは思考を停止させた。



 本来の姿で近付いていたのなら、その気持ちを少しでも僕に向けてくれたのかな。


 叶いもしない希望にルカは首を振る。

 勇気のない僕は、友人としてしか君に近付けなかった。



 だから、僕が君の気持ちが欲しいと願ってしまうのは、おこがましい。


 僕は昔からずっと、君の恋が叶う事を願っているよ。




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