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告白



「ルチア様は、私に好意を寄せてくれたから婚約してくれたわけじゃない」


 言葉を失ったままのルカを横目に、メリッサはそう続けた。

 

「婚約者候補として選ばれたのは勿論私だけじゃなかったわ。ラフトゥール侯爵家のサリ様、カリム侯爵家のアリア様、ハシード侯爵家のリリム様。そして、テスタ公爵家のエトーレ様とアルム公爵家の私」

 挙げられたのは、誰もが知る名家であり、王太子の婚約者候補として最終的に残ったのが、その五人である。中でもテスタ家は優秀な文官を輩出する家系であり、アルム家は国を守る武官を多く育てる家系であった。双方共に、国としては手を組んでおいて損のない家柄故に、後は婚姻を結ぶ当人同士の相性に任せよう、という判断の下、彼女たちはそれぞれに交流を重ね、親交を深めていった。

「ルチア様の視線は常にエトーレ様の姿を追っていたわ」

「そんなこと」

 ルカが否定しようと言葉を挟もうとすると、メリッサは首を横に振って友人の声を遮る。

「立場上、どの令嬢にも平等に接しなくてはならないと行動する様気を配っていても、王太子様の事を見ていれば誰でも気付く程だった」


 それは、メリッサも彼を見ていたから?


 王太子の気持ちが自分に向いていない事を知りながら今でも彼を諦められないメリッサ。

 ルカは視線を下げ、ただ耳を傾け続ける。


「けれど、あの時の落馬の怪我によって、全て変わってしまった。ルチア様は自分の責任だと言って、傷を負った私を婚約者にすると……決めてしまった。焦る必要などなかったというのに。……落馬した責任はルチア様のせいではなく、後先考えずに行動した私のせいよ。なのに、ルチア様は毎日、私のお見舞いの為だけに足を運んでくれて、その瞳に私を映し続けてくれた。あの時は、婚約者になれたとただ単純に嬉しかった。エトーレ様でなく私を選んでくれた。と」

 どれ程の時間が経っているのかは分からないが、メリッサはひたすら一人で話続けている。

 お茶会の席まで戻らなくていいのかと、横槍を挟むのは野暮である。

「私も身体を動かせる様になり、ルチア様との親睦を深めたり、教育を受ける為に王宮へ通う様になってしばらく。城の侍従が話をしているのを聞いてしまったの。『ルチア王太子は身体に傷を残してしまったメリッサ様を惻隠に思い、婚約を結んだんだ』と。勿論私の聞き違いかと思った。けれどそれ以来、そういう話を度々耳にする様になり、それは私の中で真実になってしまった。けれど、それでも構わなかった。側にいれさえすれば、互いの心は近付いていくと」

 当時を思い出してか次第に声が沈んでいく。

「けれど、違った」

 メリッサが何を言いたいのか察したルカは口を挟まず、彼女の話が一段落するまでと、友人に寄り添う。


「ルチア様が惹かれ続けているのはただ一人。エトーレ様」


 王族の婚姻は、当人同士の感情よりも政治の絡みが重要視される中、わざわざ婚約者候補の令嬢たちを集めて交流を持ち、王太子自身が彼女たちに心を寄せられるかどうかという時間を長期間与えるのも、彼が両親から愛されている証拠なのだろう。

 集められた令嬢は家柄のみならず、人柄、政治面でも、手を結んでおいて損はない。よって、後は息子の気持ちを尊重してあげよう、という裏があっての事ではあるが、そんな中、彼を見つめていたメリッサは、ルチアの気持ちに気付いていた。

「学園でエトーレ様と再会し、彼女への想いが膨らんでしまった。ルチア様は誠実な人だから、卒業後、きっと何も言わずに私との婚姻を進めてしまう。でも、いつも考えてしまうの。わたしがいなければ、二人は正しい愛を育みながら同じ人生を歩んでいけるのではないの、と。あの時。怪我さえしなければ、二人は素直に結ばれたのに」

 それはルチアを想いながら、ただひたすらに後悔し続けているメリッサの声。

「ねぇ。ルカからみた私ってどうみえる?」

「え?」

 突然話題が変わり、ルカはつい声を漏らすが、メリッサは答えを求める間もなく続ける。

「しっかりしてる様に見える?さっきルチア様に言われたの。わたし、想像以上にそれがショックだったみたいで。たったそれだけのこと?て思われるかもしれないけれど、わたしは婚約者に決まってからずっと頑張ってきた。情けない所もみせずに。それがいけなかったのかしら。わたし、そんなにしっかりしてる子じゃないわ。あの日のこと、後悔しているから、ただ頑張っているだけなのに」

 メリッサ自身は気付いていないのだろうか。

 彼女の頬に一筋の涙。


「私って酷い人間よね」


 同意して欲しい訳でもないのに、そういう語尾になってしまうのは、心が弱ってしまっている証拠だろうか。

「どうすればいいかしら」

 普段から感情をコントロールする事を心掛けているメリッサの救いを求める声。


「気持ちが私にない事を知っていながらルチア様から離れられない」


 ルカは次第に掠れていく声に気付いていた。


 気付いていながら、抱き締めてあげる事が出来なかったのは、彼女に対して邪な気持ちを抱いているから。


 けれど、そんな事どうでもいい。


 城の侍従が側に控えているとか、抱き締めたらメリッサにどう思われるかとか、どうでもいい。


 隣で涙を流す友人を。

 好きな女の子を放っておくことなどできやしない。


 ルカは彼女の正面に立ち、自分よりも小さくて細い女の子の身体を引き寄せると、その腕に力を込めた。


「ルカ?」


 突然の事に、当然ながらメリッサは驚いた声を出す。


 ルカもずっとメリッサに想いを寄せていた。

 それは、彼女が王太子妃であると知ってからの感情であったが、それでもめげずに想い続けている。

 側に居続けたいが故に、性別を偽ってまで。


 確かに、幼い頃、仄かに芽生えた感情を育てる時間もなく離れる事になってしまったルチアとエトーレだったのかもしれない。

 それが約十年振りに学びの場で再会してしまったのだ。互いに好印象を抱いていたのであれば、二人の距離は近くなってしまって当然なのかもしれない。


 なら、そう言ってメリッサから離れてくれればいいというのに。

 ルチアは婚約者であるメリッサの事も疎かにせず、誠実に対応していた。

 だがそれは、恋というよりも少し大人びた妹として、大切に。


 だから、ルカはそんなルチアの事が嫌いだった。


 いっそのこと「好きではない」と、突き放してくれたら僕がメリッサに彼女以上の気持ちをあげるのに。


「ルカ」


 自分でも気付かぬ内に抱く腕に力を込め過ぎてしまったらしく、苦しそうな声と共に背中をポンポンと叩かれる。


「……」


 ルカは彼女の身体をぎゅっと一瞬だけ引き込むと、力を緩め、視線を合わせた。


「メリッサはメリッサのしたい様にすればいいわ」

「え?」


 ルカは自身の気持ちを悟られぬ様、柔らかい笑みで言葉にする。

 本心を言うのであれば、「あんな男の事などこちらから見切りをつけて、自分の所へくればいい」と言ってやりたいのを堪えて。


「私はいつもメリッサの味方だから」

「……」

 メリッサが自分を見上げ、その瞳に映してくれるだけで十分だと思っていたのに。


「お慕いしておりますわ」


 側に居れば居るだけ、欲深くなってしまう。


 だから友人として気持ちを伝えるのだけは、許して欲しい。





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