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うそつき


 庭園を囲む木々の間を迷う事なく進み、馬屋を通り抜け、まだしばらく歩いた。


 こんな場所まで勝手に来てしまってもよかったのか。

 ルカも一時期、この城に居た事があった。敷地内の深い部分まで立ち入った事はないのと、ここにあまりいい思い出はないので、自分にとって大切な事以外の記憶は薄い。

 


「私は嘘付きだったから、ルチア様と婚約できたの」



 何の前触れもなくメリッサは言い、立ち止まった。


「私。昔、あそこで馬から落ちて傷を負った事があってね」


 彼女の視線が向くそこは、特に障害物があるでもなく、ただ馬を軽く運動させる為の広場。

 見渡しても躓く場所があるとは思えない。


「まだルチア様の婚約者が決まっていなくて、あの頃は呼ばれる令嬢たちの誰もライバル意識などはなかった。時折呼ばれるここでは楽しい時間をたくさん過ごしたわ」

 ルカの方を向かずに、メリッサは淡々と続ける。

 遠く何処かを見つめる目は、一体過去の何を見ているのか。

「なのに私はあの日、嘘を付いて皆に迷惑を掛けてしまった」

「待って」

「?」

 突然始まった懺悔の様な告白に、ルカはようやくハッと我に返る。

 予告なく始まったメリッサの吐露を自分が聞いてしまっても良いのだろうか。と。とっさに止めてしまった。

「それって」

 言葉を止められたメリッサが静かに振り向き、その黒い瞳に久しぶりに自分の姿が映り込んだ。

「なぁに?」

 言葉をこうして交わしているのに、彼女の心はここにない。

「私が聞いてしまってもいいことなの?」


 きっとそれはメリッサが抱え続けている後悔。

 口から語られるのは懺悔。

 昔から側に居続けたルカも知らない彼女の過去。


 ずっとずっと誰にも打ち明けられず、苦しみ続けていたのかもしれない。

 今までただひたすら閉じ込めている事を決め、貫いてきたであろう過去。自分がそれを聞いてしまっていいのだろうか。と身構えてしまう。



 けれど、聞けばメリッサがルチアから一歩引いていた意味が分かるのかもしれない。

 


 ルカは尋ねながらもその先を聞く事を選んだ。


 メリッサがルチアを想っている事は誰が見ても明らかなのに、彼女は自らの婚約者には声を掛けず、ただ遠くから見つめているだけ。

 逆に彼から話し掛けられた時には、固く引き締めていた口元を嬉しそうに緩めるというのに、決して自分から行動に移さない。

 見上げれば隣に温もりがあるというのに、積極的にその熱に触れようとしないメリッサ。


 ルチアの婚約者であるメリッサには他の令嬢の誰よりもその資格があるというのに。


 だから、ルカはただ純粋に不思議だった。


 メリッサの凛とした佇まいは誰が見ても王太子妃そのもの。


 自身に嫉妬の感情が芽生えようと、彼の周りを取り囲む令嬢たちを追い払う事は決してしない。

 もしかしたら、本当は婚約者に想いを寄せていないのでは、と思った。

 しかし彼の姿を視界に捉えたメリッサは、熱っぽい視線をルチアに向け続けている。

 それを間近で目の当たりにしているので、ルカの希望は無惨にも砕け散った。


「まだ皆が平等に婚約者候補だった頃。ルチア様が誕生日プレゼントに貰った自身の馬を見せてくれたの。黄金の馬の名の通り、整えられた佐目毛の馬は私が今まで目にしてきた中で一番に美しかった。アルム公爵家(わたしのいえ)にも沢山の馬が居たけれど、比較するのもおこがましい程の美貌に見惚れてしまったわ」

 当時の事を思い出しながら話すメリッサの姿は珍しく饒舌で、ただ一点を見つめている。

 恐らくその先に記憶の中の白馬を見ているのだろう。

「ルチア様が側で見せてくれるというので、私は喜んで駆け寄ったわ。他の方たちは遠巻きに見ていたのに。私もきっとそうすれば良かった」

 言いながら彼女の声は徐々に沈んでいく。

「けれどルチア様と親しくなりたいという欲が、迷惑を掛ける事に繋がってしまった。お父様も私の知る騎士様たちも、とても上手に馬に乗れるのだから、それを見て育った私も簡単に乗れると勘違いしてしまったの」

「メリッサ」

 ルカは前で組む友人の手が小刻みに震えている事に気付き、ルカは思わずその手を取ってしまった。

「大丈夫よ。ルカ」

 慰めてくれているのかしら。

 そう思ったメリッサは優しく微笑む。

「私の身勝手な告白、聞いてくれる?」

 背筋を伸ばし、真っ直ぐ見つめられ言われてしまっては、頷く事しか出来ないではないか。

 ルカは自分よりも小さな手を包み込んだまま離さない。


 無理しないで。

 ずっとそばにいるよ。

 あなたのことが好きだから。


 手の熱に秘めた想いをのせ、少しでも自分の気持ちが届いて欲しいと祈りを込める。


 ありがとうね。

 と、口元に笑みを浮かべたメリッサは、告白を続けた。


「ルチア様が白馬に乗る姿は、夢に見ていた王子様そのもので、私もその隣に並びたいと願ってしまった。だから、咄嗟に言ってしまったの。『私も馬に乗れるんです』って。そうすれば、その場でただ一人、ルチア様と肩を並べて乗馬出来ると思ってしまった。城の侍従達がそばにいてくれたから、馬に乗ることは簡単に出来たわ。けれど、馬の背に乗った視界は予想よりも高くて。幼かった私は目が眩んでしまった。でも、乗れると言った手前、引き返す事も出来ずに、私は何事も無い顔をするしかなかった。それからはあまり覚えてなくて。経験したことのない振動を感じたかと思った瞬間。気付いた時には、皆がわたしを心配そうに覗き込んでいたの」

 馬はとても優しい生き物だ。

 怖がってしまったメリッサの心を察した馬が、それに驚いて彼女を身体から振り落としてしまったのだろう。それにより、彼女は一時、意識を手放してしまった。

 そうして、彼女が意識を取り戻した時には、ベッドに寝かせられていたということかな、と、ルカは想像する。


 今のメリッサは馬との触れ合いを好み、令嬢としては珍しく乗馬も嗜んでいる。過去のそういった後悔の念が一因としてあり、同じ轍を踏まぬ様努力した結果かもしれない。


「その時にね」


「えっ。ちょっと。待って」


 言いながらメリッサが突然スカートをたくし上げた。

 途端、予想外の行動にルカは戸惑って耳を赤くする。

 いくら同性同士であろうと、肌の見せ合いは今まで一度もした事がない。

 メリッサはルカを友人と思っているだろうが、彼女が知らないだけでその友人の中身は男だ。


「どうして?」

 その声は自分の行動を制されて若干不満げ。

「だってここ外だし」

「そう?私たちだけよ?」

 メリッサには後ろに控える侍従が見えていないのか。

 突然膝下が露になり、わたわたと慌て始めたのはルカの方だ。

「そういうことじゃない」

「?」

 言われても何故顔を晒されるのか分からないメリッサは、今までのしおらしさから一転、ルカに詰め寄る。

「そうやって肌を見せるのは、す……」

「?」

 突然言い淀んだ友人は、言いにくそうに口元を動かす。

「好きな相手だけにしろ」

「しろ?」

「して!好きな人の前でだけよ」

 動転してつい語尾に素が出てしまったところをメリッサが楽しそうに突っ込む。

「あら?私はルカの事も好きよ」

「え?」


 好き。


 彼女の口から飛び出した単語にルカの口元が一瞬緩み、赤りんごみたいに顔を真っ赤にする。

「いや。そういうことじゃなくって」

 暗かった空気は既にここにはなく、仲の良い令嬢たちが楽しそうにはしゃぐ光景が繰り広げられている。

「大丈夫よ。わかってるから」

 声を出した笑っていたメリッサは、慌てるルカを楽しそうに見つめながら言った。


 いつも冷静で他の令嬢たちから一歩引いているルカを動揺させてしまったなんて、不思議。


 話は脱線してしまったが、この機会を逃しては誰にもこの事を告白できなくなってしまうと思い、メリッサは息を整えた。


 自身の罪を聞いてもらえるなら、ルカがいい。


 身勝手な我が儘だが、彼女はそれを受け止めてくれた。


「このあたりにね」

 メリッサはドレスの上からその部分に触れると、ルカの視線もその動きに合わせて太ももの辺りに移動する。


 もう痛みなんて感じない。

 なのに、当時を思い出すとその傷と、心臓がとても痛くなる。


「落馬した時の傷があるの。ちょっとびっくりするくらい大きくてね。普通の生活には支障ないのだけれど。例えば結婚して、互いに夜を迎えると肌を触れ合わせないといけない事ってあるでしょう?」

 ルカの身体が放たれたある一部分を切り取り、一瞬ビクリと跳ねる。

 勿論、何の意図もなく言った言葉なので、メリッサはその様子を不思議そうに見つめるが、彼女からのリアクションはないので、話を続ける。

「馬の蹄か、それとも落馬した時にあった石や木の根で傷付けてしまったのかは分からないけれど、ここにね、消えない大きな傷があるの」

 

 メリッサはそこで言葉を止めた。

 普段の彼女からは想像もつかない位、とてもたくさん話していた。

 そんな彼女が少し言いにくそうに言い淀む。



「この傷があるからルチア様は私と婚約するしかなくなってしまったのよ」



 意を決して発した衝撃発言。



 ルカは視線を合わせようとしないメリッサの後頭部をひたすら見つめ続ける事しか出来なかった。




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