ふたりきり
これといった収穫もなかったエトーレとの会話から戻ってきたら、大切な友人は表情をなくしていた。
良かれと思ってルチアと二人にしたというのに、一体その間に何かあったというのか。
城の侍従たちに再びお茶の席につくよう、エスコートされたルカは、微動だにしないメリッサを見る。
とうの昔に婚約者候補から外れたエトーレは、登城する目的もなくなったと話していた。ハンカチーフが風で飛ばされてしまったお陰で、懐かしい庭園を散策できて嬉しい。と、ルカは今まで彼女の思い出話に付き合っていたのだ。
早くメリッサの顔を見たい。
自分から小細工をしておいてそう思うのは冷たい人間かもしれないが、メリッサにしか興味ないのだから仕方がない。
こっそり目的を達成するのでなく、ルチアにお願いすればそれくらい容易く叶えてくれるだろうに。とは思ってもルカはそれを言葉にはしない。
それを滑らせてしまえば、ルチアはきっとそうするだろうし、彼は迷う事なくメリッサを置いて彼女をエスコートするだろう。
メリッサの気持ちを知っているルカは自ら口出ししてエトーレの得になるような事は絶対にしない。
「メリッサ」
侍従が椅子を引く準備をしてくれる席を素通りし、遠目からでも顔色の悪くなっている友人の側へ向かう。
「待たせてごめんね」
大丈夫?
などと聞いてしまえば、絶対に平気な顔して「何がですか?」と交わされるに決まっている。
人前では絶対に弱味を見せない人だから。
自分が彼の弱点になってはいけないと、常に完璧であろうとする彼女だから。
「寂しかった?」
メリッサの背後に周り、後ろから優しく抱き締める。
「え?」
まるで恋人にそうする様に両手を彼女の前に回し、出来るだけ甘い声で囁く。
「私は寂しかったわ」
「……」
返事のないメリッサが、一体どんな表情をしているのか分からないから、見たいな、とは思う。けれど、自分たちを見るルチアとエトーレが「一体何が起きたのか」という様にこちらを見つめている表情はとても愉快だと思う。
「ふふ」
抱き締めている自分より小さな肩が軽い笑いと共に少しだけ揺れ、そうして止まる。
「ならどうして行っちゃったの?」
ぽつり。
それは、自分にも微かに聞こえた小さな声。
やはり、ルチアと何かあったのではないか、という自分の勘は間違っていなかったと確信する。隣に座る婚約者殿はそれに気付いていないようではあるが。
ルチアはエトーレの方へ身体を少し傾け、何か話し掛けると、呼応した様に彼女が微笑む。メリッサの変化に気付いていたら、そう簡単に婚約者以外の女性に身を寄せる事はしない。
否。
彼は自分がメリッサを傷付けてしまったと思っていないのかもしれない。
自分だったら絶対にしないのに。
好きな人を不安にさせる事など絶対にしない。
ルカは少しだけ抱き締める腕に力を込め、離れた。
「私」
そうして姿勢を正し、ルチアの方を向く。
私は何も知らない。何も気付いていない。と、出来るだけ無邪気に笑う。
「今度はメリッサ様と二人きりになりたいわ」
そうすれば君たちも二人きりの時間を過ごせるもの。
「ね。どうかしら」
メリッサの顔が少しだけ見える場所に立つルカは、斜め後ろから友人の出方を伺う。
けれど、彼女は微動だにせず。
「ルチア様」
それならば。
と、彼女の婚約者に狙いを定める。
エトーレといた時はメリッサが悲しむから、と、彼女に協力などしないと思っていたが、今はその時とは状況が違う。
結果的に彼らを二人にしてしまうが、今はメリッサ優先。
「メリッサ様と過ごす時間を頂いてもよろしいでしょうか」
いくら同性同士とはいえ、人前でもスキンシップが多いのだろうな、というのは分かっている。
それは、異性として意識されないのを諦めている為、友人として出来ることはしてあげたいと思っているから。
男として近付けないのであれば、友人の一番は自分であると周知してもらう。そうして彼女にも、何かあった時の力になれるのはルカであると意識付けしてもらおうと、常に傍らに居た。
今はスキンシップに慣れてくれたメリッサ。
まだ共に幼かった頃。
後ろから抱き締めたりすると「はしたないです」と拒まれ続けた事が懐かしい。
「メリッサが望むのであれば構わないよ」
少しの間隔の後、ルチアが婚約者の様子を見て伺うが、彼女からの反応はない。
「ですって。メリッサ」
ルカは反応のない彼女の手を取り、椅子から立ってくれる様に導いた。
「行きましょう」
優しく耳元で囁くと、導く通りに静かにルカの隣に添ってくるメリッサはとても可愛らしい。
「それでは少し離席させて頂きますね」
軽くカーツィをするルカに続き、条件反射でメリッサも挨拶を返す。
普段であれば誰よりも率先して礼を尽くす彼女が人の後に続くなど珍しい。
それ以前に、せっかく彼と共に居られる時間を自分から手放す真似はしない。
だからこれは異様な光景である。
ルカと比べると小柄なメリッサ。
自分より背の高い友人の腕に軽くスッと手を添えてくる。
これはただのスキンシップだから。
言い聞かせてはみるものの、ルカの心臓がドクドクと高鳴る。
彼女の方から触れてきてくれるのはこれが初めてだった。
意識してしまうとメリッサの立つ方だけが熱を帯びてくるのがとても不思議なもので。
スキンシップなんて慣れていると思っていた。
数えきれぬ程してきた筈なのに。
まるで初めて触れるみたいに心臓が痛い。
「エトーレ様とはどこまで歩いたの?」
彼らの前では頑なに話さなかったメリッサが、自分たちの会話が耳に入らない程の距離でようやく口を開く。
「ん?あそこの木陰くらいまでかな」
「そう」
自分の腕に添えられるその手は何かに縋らないと歩けない、という程にルカの後を離れずついてくる。
「なら、その先に行ってみようか」
メリッサはルカの手を取り今度は自分が友人を導く。
二人が黙々と歩く中。
「エトーレ様って可愛いわよね」
「え?」
脈絡なく放たれた言葉にルカは即座に反応出来なかった。
そう言って直ぐに黙り、少し先を歩く彼女の顔はやっぱり見えない。
「あまり感情を見せない様にしていても、嬉しい事があれば素直に言葉に出しているし、優雅な所作は可憐な花のよう」
王太子の婚約者であるメリッサは、何度も足を運んでいる場所だからか、目的の場所に向かう足取りはスムーズである。
「やっぱりルチア様もああいった方の方が好ましく思えてしまうわよね」
そんな事ない。
僕はメリッサの方が好きだよ。
喉まで出かかっている告げてはならない言葉を飲み込んだ為、彼女の言葉に間があいてしまった。
「ルチア様もそんな彼女に惹かれて当然よね」
だから、その無言の時間を肯定ととられてしまったらしい。
今更「そんな事ないよ」と言ったとしても慰めにもならない。
ルカはただひたすら前を歩くメリッサの背中を追った。
「ねぇ。ルカから見た私って、どう見える?」
笑顔なのに泣きそうで。
固く結ばれた手は誰かに縋りたそうにしているのに、誰にも頼らず自ら凛としている。
抱きしめたい。
抱きしめてもいいかな。
自問自答する。
けれど結局、友人以上の感情を込めた抱擁をする事はしてはならないと、自身を律する。
軽い気持ちなら幾らでもできた。
でも今、男として抱き締めたいと気持ちが揺らぐ。
ルカは視線を下に、握られる手に意識を集中させた。
僕はメリッサの事がとても好きだよ。
「私にとってメリッサはとても大切な女の子だよ」
「何それ。答えになってないわ」
けれどその顔は嬉しそうに破顔する。
それだけで十分だよ。
君を笑顔にできるだけで僕は幸せ。
更新回数が少ない中、ここまで読んでくださりありがとうございます。
ちょこまかとですが、毎日書き進めております。
遅々とした歩みではありますが、少しでも楽しんでいただけているのであれば、嬉しいです。