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 さすが王太子主催のお茶会。


 机の上には宝石のように美しいお菓子が並べられており、全制覇したくともその前にお腹いっぱいになってしまいそうな種類と量がある。

 そんな中、手を伸ばすのも躊躇われそうなお菓子の山に手を伸ばし、ただ一人、ひたすらに紅茶と焼き菓子を頬張る令嬢がいる。目の前で交わされる会話にまるで興味なく、ひたすらに聴き役に回っているのは、メリッサの親友ルカ。

 勉強の進み具合がどうだとか、テスト対策がどうだとか、つまらない話題ばかりで、美味しいお菓子を食べる手が進む。


 こんなつまらない話題を出す男の何が面白いのか。


 ルカは隣に座るメリッサを見た。

 話を振られたら嬉しそうに話し、エトーレとルチアが話している時は、笑顔の中に少し影をおとす。


 気持ちの向かう先が、何と分かりやすいのだろう。


 将来、国のトップに立つ男が、手を伸ばせば確実に届く範囲にいる女性の恋心に報おうとしないとは。

 しかも彼女は認められた婚約者である。

 あからさまな好意を彼女以外の令嬢に向けていい立場にはない。


 ルカは机の上に並ぶお菓子を全制覇してしまいそうな勢いで口へ運び続ける。

 しかしもうお腹いっぱいになりつつある。

 今日の食事はこのお茶会で全て終わりになってしまいそうだ。


 明らかにメリッサへ話題を振る時間より、エトーレに割く時間の方が長くないだろうか。

 ルカは紅茶で口の中に残る焼き菓子を流し込み、ハンカチーフで口元を拭った。


 メリッサは手持ち無沙汰にカップに口を運び紅茶を飲んでいる。


「今日はレモンバームの紅茶を選んでみたんだ」


 などと言われてしまったメリッサは嬉しそうにハーブティーに口をつけている。

 レモンバームは他国ではメリッサと呼ばれているらしい。そう婚約者に教えてもらった彼女は、以来、好んでその紅茶を飲むようになった。

 すっきりと爽やかな香りのするハーブティーに蜂蜜を溶かして飲むのがメリッサのお気に入りだ。


 何度も嬉しそうに話すものだからルカも聞き飽きてしまった。

 彼女の名前のハーブがあることくらい、ルカも知っている。けれどきっとルカが彼女に伝えるよりも、ルチアが伝えた方がメリッサの心に残る強さも違うのだろう。


悪戯好きの(カキア)(アネモス)


 ルカが誰にも聞こえぬ程の声で呟いた。


 青空に白い絵の具で自由気ままに描いた雲は、ゆっくりのんびりとその形を変えていく。外の空気を受けながらゆっくりお茶を楽しむにはとてもいい天気である。


「あっ」


 そんな心地よい風が一瞬お茶の席を吹き抜けた。


 声を上げたのはエトーレ。

 

 ハンカチーフで口を拭こうとしたタイミングで、突風がそれを奪い、運ぶ。

 ほんの束の間の出来事。

 その場に居た皆が言葉を失い、その行方を追う。


 そうして、ひらりひらりと力の無くしたハンカチは少し遠くの方で地面に落ちる。


「取りに行かせよう」

「いいえ。あれ位私が取りに行きますわ」


 ルチアが側にいた近衛に合図するより先にエトーレが素早く動いてしまったので、「そうか」と言葉を発し引き下がる。


「私も少しエトーレ様とお話ししてこようかしら」


 そう言って彼女の後を追うルカ。


 茶会の席にはメリッサとルチアが残される。


「……」

「……」


 会話を。


 突然の出来事にメリッサの頭が真っ白になる。

 婚約者は優雅にティーカップを手に取り喉を潤しているが、彼女にはそんな余裕はない。


 こうして二人きりになるのは久しぶりだから。


「驚きましたわね」


 というのに、必死に頭を働かせて出てきた言葉が誰でも考えつきそうなそれである。

 言いながら「もっと他に振る話題があるでしょ」と自身に突っ込みを入れる。何より直ぐに答えを返してくれない様子を伺うと、もっとルチアの興味のそそる話題を考えた方が良かったかもしれないと思う。


「そうだね。僕もびっくりした」

「ええ」


 そう言ってにっこりと、ささやかに歯を見せて笑ってくれた婚約者は、やはり優しい。


「ルカとは仲良いの?」

「はい」

 話題を振られたメリッサは考える間もなく即答する。

 共通の話題があって良かった。

 そんな安堵から、ついつい言葉が滑り出る。

「彼女はいつも周りに目を配り、そっと手を差し伸べられる方です」

 けれど、いつも側にいてくれる友人を何と表現すればいいのか難しい。

 それは良いところがないという訳ではない。

 その逆でありすぎるので何を伝えるべきか悩んで困るのだ。

 自分の気付かない些細な事にまで気付き、さりげなくフォローしてくれるルカ。

 彼女が向けてくれる微笑みはとても柔らかく、微笑まれると同性であるのに少しドキリとしてしまう。

 視線を感じそちらを見ると、彼女も自分を見ていたのかいつも目が合ってしまい、何か変なことでもしていたかしら、と、鼓動がドキドキ高まる。

「そっか」

 メリッサの言葉にルチアが目を細め、たった一言で嬉しそうで声が弾んでいる様に感じる。

「君はお転婆で、次は何をしてしまうのではないかといつも目が離せなかった」

「……」

 ルチアは楽しそうに笑うが、メリッサはその言葉を素直に受け取れない。それは、過去の過ちが彼女の脳裏を過ぎるから。

「それが今ではこんなに素敵なレディになって。ルカのお陰なのかな?」

 楽しそうに笑うルチアは、何を思い出して笑うのか。彼の中ではきっといつまで経っても自分は小さい子どものまま。一体、エトーレと自分のどこにそんなに違いがあるのだろう。

 年齢だって一つしか違わない。

 メリッサは騎士団を統括しているアルム公爵家の令嬢。

 エトーレは外交面に力を発揮しているテスタ公爵家の令嬢である。

 確かに彼女と比べると多少、お淑やかさには欠けるかもしれない。だが、メリッサは王太子妃として自分の見られ方を意識して振る舞っている。学園の中では身分は関係ないとはいうものの、それを気にする学友たちも多少なりとも存在はしており、遠巻きに見られるのは、百歩譲って許して欲しい。

 一方のエトーレは、婚約者候補から外れた己の身分をあまり意識する必要がない。故に、友人として自然体でルチアと接していられるのかもしれない。

 

 メリッサは、といえば、正式に彼の婚約者となってからは、更に厳しい教育が続けられた。

 今ではそれが生活の一部として当たり前になっているが、つい自分に厳しくあろうとするあまり、自然と周りにもそういう事を求めてしまっている。という事は自覚している。

 だから、自分の周りにはルチアやエトーレ、ルカと違い、仲良くしてくれる友人は極々少数である。

 自分に余裕を持てれば何か変わるとは思うのだが、なかなかそれが上手くいかない。


「ルチア様もエトーレ様も、ルカも友人が多くて羨ましいです」


 ポツリ。

 本音が漏れる。


「そうかな?」


 本当なら楽しい事でたくさん笑って、くだらないおしゃべりをたくさんして、走り回ったりして身体を動かしたりしたい。


「自分を偽って友人を無理に作るより、ありのままを受け止めてくれる友人と長く付き合えるメリッサも素敵だと思うよ。まぁ、立場上、そういう社交性も必要だけどね。メリッサはそのままでいてくれていいよ」


「……」


 メリッサは婚約者の言葉に返事をする事が出来なかった。

 今、あなたの目の前にいる自分が本当にありのままのメリッサだと本当に信じているのだろうか。

 幼い頃からあんなに一緒に過ごしていたのに。

 皆から少し遠巻きに見られる今のメリッサが自身の婚約者であると本当に思っている?


 あの日から、変わらなければ、変わらなければとひたすら自身に言い聞かせてここまできた。

 ルチアの自分を見る目が恋にならなくても、彼を支える為に努力してきた。

 あなたのために強くなったのに。



 泣きたくなる心を抑えて、メリッサは口元に笑みを浮かべる。



「あら。ようやく戻っていらしたわ」


 風で飛ばされたハンカチーフを取りに行った二人がようやく戻ってくる。


 婚約者候補の時から毎日ルチアの事を考えていた。

 学園でも姿が見えると目で追ってしまった。

 話したい事はたくさんあるのに、いざ話し掛けられると上手く言葉が継げなくなってしまった。

 辛い勉強も彼の隣に並ぶ未来の自分を思うと頑張れた。


 一緒にいるとドキドキして、でも、幸せな気持ちになれる筈なのに。


 なのに、今は辛い。



 王太子妃らしく強くあろうと自分を偽っていたから。

 頑張って身の丈以上の事を自分に課していたから。



 どうしてこうなってしまったか分からない。



 どうか今は誰も私を見ないで。

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