招かれざる客
メリッサがルチアに手を引かれ、城内の庭に準備されたお茶会の場所まで行くと、既に先客がいた。
二人きりの時間ではなかったのか。
「メリッサ様。本日はお招き頂きありがとうございます」
既に侍従たちが控え、庭園の一等地に案内されたメリッサは目を見開き驚いた表情を見せたい感情を押し込んだ。
真っ先に飛び込んできたのは、彼女の柔らかい雰囲気にとてもよく合うクリーム色をしたドレス。
流石、ルチアの婚約者候補に名を連ねていただけあり、その流れる様な所作は、成長して尚、礼儀作法を学び続けている賜物なのだろう。
しかし、それならメリッサ自身も人知れず努力を続けている。何故なら彼の婚約者は自分だから。
「ええ。皆で楽しくお話出来たら嬉しいと思いまして、ルチア様を通じて声を掛けさせて頂きました」
本当であれば、既に席についている彼女たちの姿を見つけてしまってから、隣のルチアの方を見上げたくて、問いただしてしまいたくて仕方がなかった。
彼は一体、何を考えているのか。
確かに婚約者のいる立場の王太子が他の令嬢と二人きりになる訳にはいかない。
けれど、このやり方はいかがだろう。
招待した御礼を言われた本人は何も知らなかったのだ。
機転をきかせた婚約者のお陰でルチアの首も繋がったというのに、彼は何も言ってはこない。
「お城へ来るのは久しぶりですわ」
そう言って彼女の方も嬉しそうにルチアに笑いかける。
笑顔を向けられた婚約者は一体どんな表情で顔を綻ばせているのだろう。
彼の意識はもう既に自身の婚約者にはない。
否。
もしかしたらメリッサの手を受けながらも、彼の頭の中は既に用意した席に着いていた彼女、エトーレに向いていたのかもしれない。
メリッサは次第に沈んでいく心に見て見ぬ振りした。
私だって楽しみにしてたのに。
ドレスの色は何色にしよう。
靴は何が似合う?
宝石はどうしましょう。
お化粧も少しくらい大人っぽくしてもらおうかしら。
あの日、ルチアに声を掛けてもらってから、毎日そんな事を考えて過ごしていた。
最近、また特に男らしさの増した彼に似合うのはどんな色かしら。
対照的に可愛らしく振舞った方が婚約者の凛々しさも増すかもしれない。
などと考えながら、ファッションショーをするメリッサの目に止まったのは、入学祝いにとルチアからプレゼントされたオパールのイヤリングだった。
見る角度によりその色を変化させる不思議な宝石。
光により印象の変わるイヤリングは、ルチアと会う特別な時に身につけようとずっと思っていた。
だからドレスはこのアクセサリーに合う物を。と、ビオレ色をしたドレスを選んだ。装飾も出来るだけ控えめにして、大人っぽく上品に。
彼の隣に並ぶ為に少しくらい背伸びしたっていいじゃない。
と、今日、このコーディネートでルチアと会える事を心待ちにしていた。
「メリッサ」
なのに、何故彼女が居るのか。
「メリッサ」
二人だけだと舞い上がっていたのは私だけ。
「メリッサ」
「え?」
風に乗ってふわりと落ち着く香りに意識を戻され、同時に優しく抱き締められる。
それは、決して力を込められず、いつもの様に触れるか触れないかという、互いの熱を感じられるかどうかの接触。
「ルカ?」
「ええ。何度呼んでも気付いてくれないんだもの」
メリッサは友人の姿を認め、やっと詰めていた息を静かに吐く。
そうだ。
自分は息苦しかったのだ。
メリッサはルカの声を聞き、この慣れた風の香りを感じ、ようやくその事に気付く。
「私もお誘い頂きありがとう」
ふわりと身体が離れそのまま彼女は膝を折る。
「私も会えて嬉しいわ」
普段学園にいる時は、身分も何も関係なく接しているので、外へ出てこんな他人行儀なのは、少しばかり照れ臭くて笑ってしまう。
「そのドレス、少し背伸びし過ぎじゃ無いかしら」
頭の先からつま先までしっかり見られてからの言葉。
少し肩の力が抜けた所に、メリッサが頑張って悩んだおしゃれについてグサリと痛い所を突いてくる。
「そう……かしら」
この場にルチアが居なくて良かった。と思う。
彼女に返す言葉に力が入らず、もし許されるならばこの場を立ち去りたい。
友人の言葉に落ち込む姿を見られたくなかったし、恥ずかしくて顔も向けられない。
しかも、一番仲が良いと思っている友人からの言葉である。
「似合ってるわよ。けれど」
ルカはあまりメリッサの言う事ややる事を否定しないから、きっとその通りなのだろう。だとしたら、出迎えてくれた時に「似合ってるね」と言ってくれた婚約者の褒め言葉はお世辞だったのかもしれない。
「けれど、もう少しレースをあしらった方があなたの華やかな感じを嫌味なく輝かせる事が出来ると思うの」
そう言いながら、どこから出してきたのか。
薄ピンク色した薔薇を何輪か、ドレスに結びつけていく。
「お部屋に飾ってもらおうと思って持ってきたのだけれど、こっちの方がやっぱり素敵。可愛く照れると少し頬をピンク色に染まるあなたによく似合うわ」
大きく一歩後ろに下がり全体を見たルカは満足げだ。
「そ……。そうかしら」
「ええ。エレガントも兼ね備えつつ、まだ幼い部分を持つアンバランスさがとても今のあなたに似合うと思うの。……ね。ルチア様」
「え?」
言われるまで背後の気配に全く気付かなかった。
慌てて振り向いた先には、メリッサを迎え入れようとしてくれているのか、背筋をすうっと伸ばして立つ彼の姿。
「そうだね。私の婚約者を美しくしてくれてありがとう」
その言葉は額面通りに受け取っていいのか。それとも確率的には低いがルカに敵対心を抱いてのことか。後者であれば恐らくこの場に彼女は誘われていなかった筈である。
ルカは彼女の横に立つと優しくメリッサの背中を押し、婚約者の横に並ぶ様、導くと、メリッサが照れ臭そうに手を差し出した。ルチアは当然、その手を取り婚約者を用意した席へエスコートする。
ルカは気配を消し、その後ろへ着いていく。
彼女は、ただひたすらに彼ら二人の姿を友人に見えない様に遮り続けていた。
ーー自分の婚約者を蔑ろになんかしてるんじゃないよ。
心の中で暴言を吐きながら、笑顔は絶やさないルカ。
ルチアが図書室でメリッサをお茶の席に招いた事は、離れた場所で彼女を見守っていたので当然知っていた。
だが、そのすぐ後、偶然彼がエトーレにも声を掛けた現場に居合わせてしまった。
「ルチア様に誘われてしまったわ。私、どんな格好で行ったらいいかしら」
などと可愛らしい事を相談してきたメリッサの気持ちを踏み躙るつもりなのか。と、声を荒げそうになったが、ルカはそれを飲み込み二人の様子を伺った。
エトーレは一度は断っていたが「二人だけじゃない。メリッサもいるから」というルチアの言葉で、お茶会の招待に応じていた。
普通は断るべきでは。
と、喉の奥から声が出かかったが、自分が出しゃばるのは違う。
風の噂ではルチアの婚約者候補の中で、エトーレが最も有力であったというが、結果としてメリッサが選ばれている。という事は、何か理由があるのだろう。
知りたくても彼女は口を割ってはくれない。
ルカはメリッサと顔を合わせる度に、週末のお茶会の事に触れ「二人きりではないよ」と、何度忠告してしまいたかったことか。
ルチアがエトーレを誘った日。
実はルカもそれより前に誘われていた。
だが、返事を保留にしていたのは、メリッサが婚約者との逢瀬を楽しみにしているのを知っているからだ。友人を落胆させたく無い。
ルカはそうしてこのお茶に参加する事を決めた。
私はあなたの友人だから、あなたの恋を応援してあげる。
表に出せない恋心を隠し、ルチアの隣に並ぶメリッサの後ろについてお茶の席につく。
メリッサが笑ってくれたらそれでいい。
いつも読んで下さりありがとうございます。
間違って消してしまった4部分目を思い出せる限り書き直して投稿させて頂きました。恐らく以前の話とは変わってしまっていると思いますが、この章の話の着地点としては変わっていないと思います。以前の話の方がお好きな方がいらっしゃったら本当に申し訳ありません。今後はこの様な事が起きない様にしたいと思います。
まだまだお話は続きますので、少しでも楽しんで頂ける様に頑張ります。




