送り出す
その翌日には、ルカの手元に例の書状が届けられた。
「エトーレと微睡みながら穏やかな朝を迎える筈だったのに、こうして君の為にしたためてあげたんだからね」
という余計な一言付きで。
彼女と過ごす他にも恐らくこなさなければならない事はあっただろうに、自分の事を優先してくれた事実は変わらない。
当初の予定では婚姻式に参列した後、早々に国に戻るつもりだった。
ルチアと対面していた時、メリッサに逢いたいあまり、我が儘を言ってしまった事は自覚している。だからこそ、一度体勢を立て直そうと、披露宴会場を後にしたルカはそのまま国へ戻る馬車に乗り込もうとしていた。
だが、ルチアの従者の一人に呼び止められ、気付けば城に滞在する運びとなってしまったのだ。
「これでメリッサの元へ行けるな」
「で、内容は?」
「礼もないのかよ」
忙しいというのに、城を起つルカをルチアはこうして律儀に見送ってくれるらしい。
こうして気さくに会話ができるようになったのは、一歩引いた場所で止まり続けたままのルカに、王太子が一歩踏み出してくれたからだ。
それを見守る従者たちも、恐らくルチアから何か釘を刺されていたのだろうか、ルカが大国の王太子に無礼な口のきき方をしても、それを割ってこようとしない。
「馬車を返して自ら馬で行くとか」
「その方が早い」
ルチアが零した呟きをルカは即座に拾い上げる。
この場にエトーレの姿が見えないのは、この少し臆病な友人に対する配慮。
頭の中で燻り続けるモヤが晴れてきたとはいえ、昨日の今日でまだ完全に消化しきれていない二人の婚姻。
それはこうして対面しているルチアに対しても同じである。
常に笑顔だけを与えていたかったメリッサが、彼らの姿を見ると曇ってしまう。
そんな学生時代を過ごしてきた為か、歩み寄ってきてくれるルチアたちの全てを受け止めきれないでいる。
メリッサと自分が結ばれたいという想いを隠しながら、ただひたすら彼女の側に居続けたルカ。
メリッサの幸せを願い続けてきた筈なのに。
彼女の願いは好きだったルチアと結ばれる事だった。なのに、その夢は敗れてしまった。
本当であれば彼女の友人だったルカはそれを共に悲しむべきだった。
なのに、ルカの心は喜んでしまった。
結局、彼が全てを受け入れ、皆が仲良くなれるのはメリッサが笑って暮らしているのを見て安心してからなのだ。
ジャルダン学園を自ら去り、ようやく一歩踏み出してきた彼が、この国に再び来るのにどれ程の決意があったことか。それは当の本人にしか分からない。
「昨日は会えて嬉しかった」
昨日の婚姻式。
ルカに招待状を送ったとはいえ、参列してくれるかどうかは正直分からなかった。
別れの挨拶すらメリッサにせず、静かにダーファン国へ帰ってしまったルカ。
「気を付けていくんだぞ」
「ありがとう」
彼が一途にメリッサだけを見てきたのを知っている。
またルチアもエトーレへの気持ちを諦めきれず、奇跡的にその気持ちに彼女も応えてくれた。
メリッサの事は何年経っても可愛い妹にしか見られなかった。ただ、婚約を結んでいた為、将来は夫婦になっても「そういうものだろう」と特に大きな不満はなかった。
そんな、メリッサを突き離せもしないルチアの優しさが彼女ばかりか、彼女を慕っていたルカまで傷つけてしまった。
用意した馬に跨ったルカは、「一人で行く」と言っていたが、ダーファン国の王子の一人がそんな身軽で行動する事を許される筈もなく、彼自身に付き従う人間も同じ様に馬に行動する。
彼らの背中を見送るルチアに、控えていたエトーレが加わる。
「僕はもしかしたら悪い人間かもしれない」
「何が……ですか?」
遠くなる背中を見ながら呟いた。
「こうなればいいのに、という自分の希望を押しつけてしまったのかもしれない」
自らの言葉に答えを求めない口調に、エトーレは静かに隣に並ぶ。
「幼い頃、私はルカの立場を知りながら手を差し伸べてやれなかった。偽善だと思われるかもしれない。でも、二人とも大切な存在だから、幸せになってほしい」
メリッサはルカの姿を見てどう思うだろう。
自分を騙していたのかと怒るだろうか。
それとも恥ずかしがって顔を合わせるのも嫌がるだろうか。
他人事、といってしまえばそうなのだが、想像するととても楽しい。
早く二人が仲睦まじく並ぶ光景をみたい。
ルチアは姿の見えなくなった友人の幸せを願い、共に人生を共に歩んでくれる事を受け入れてくれたエトーレの頭にキスをおくった。




