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今の姿は



「メリッサは」



 有無を言わせぬ迫力で凄んだルカは、ここが祝宴の場だという事に至る。

 一呼吸おき、息を吐いた彼は気を鎮め尋ねた。


「メリッサは元気でやっているのだろうか」

「そう手紙には書いてあったよ」


 そう断言されてしまえば、それ以上突っ込むことは出来ずにルカは黙り込むことしかできない。


 本当は今すぐにでもメリッサの居場所を知りたいし、今すぐここを抜け出して顔を見たい。

 


「フッ」

「何」

 意識がルチアから逸れた矢先、今日の主役から笑われたルカは居心地悪そうに言葉を返す。


「お前は本当に昔からメリッサの事だけだな」

「当然」


 彼女は僕の全てだ。

 依存かと問われてしまえばそうかもしれないし、けれど、彼女の側に居なくとも、ここまでまともに成長することはできた。

 けれど、彼女の事を思い出さない日はなかったし、何をするにも「あの時のメリッサは」などと、過去の記憶と今を結びつけようとしてしまう。



「後で場所を伝えよう」

「え?」

「彼女の住む場所を地図に書いて渡すよ。いくらアルム領の位置を知ってはいても、突然顔を出したら怪しまれるだろう?」

「え?」

 ルチアが何を言わんとしているのか伝わらないルカは目を丸くする。

「ルカ。お前、今自分がどんな格好しているのか分かるか?」

「え?」

「あの頃より確実に背も伸びて骨格が骨張っているのに、また女装でもするのか?」


 ルカはそこまできてようやく理解するが、じゃあこれからどう動くべきか、ということを考える隙もなく、ルチアが続ける。

 

「彼女から祝いの言葉は貰ったが、私はまだ返していないんだ」


 ルカに向けられた笑みは、まるでこれから悪戯でも仕掛けようかという子どもそのもの。


「伝来役として書状を届けてもらおうかな」

「じゃあ、早く下さい」


 誰が耳を傾けているかもしれない公の場という事も構わず、ルカはルチアに詰め寄る。


「お前。……一応私は今日の主役なんだが」

「そんな事をおっしゃらず。旧知の仲ではありませんか」


 互いにニコニコしながら、腹の底ではそれぞれの主張を通そうと譲らない。



「ルチア様」



 そんな笑顔で見合っている彼らの間に臆する事なく割って入ってきたのは、もう一人の主役。



「エトーレ」



 名を呼ばれた花嫁は、さも当然というようにフワリ、とドレスの裾を舞い上がらせ、彼の隣に立つ。



「いつまでも私を一人きりにしないで下さいませ」



 誰が見ても「愛らしい」と一瞬は見惚れてしまうであろう彼女は、その外見に見合った仕草をする。

 また、それが嫌味ったらしく感じさせないのは、彼女の生まれ持った気質か、それとも培ってきた努力の賜物か。


 ルチアは自身の伴侶がチラリと向ける視線の先を注視した。

 薄々感じていたが、大国ラフトゥを率いる次期国王と親しげに話す相手は誰だろう、と、周りの口が動いている。


 なるほど。

 確かにこれはルカと長話し過ぎてしまった。



 自分たちを遠巻きに見ているのは、二、三人ではなく、まだお祝いの言葉を伝えていない来賓たち。

 いつになれば自分達の順番が回ってくるのか、と、表面上は楽しそうに周りの人間と談話をしているが、次は自分の番だぞ、という牽制を互いに忘れない。

 そしてあわよくば、見目麗しい先程の賓客を紹介してほしい。という思惑が隠しきれていないのは、彼らの落ち度だ。



 ルカはあまり外に顔を出さない。

 故に彼がどこの国の人間で、どんな立場にあるのか、知る者は数少ない。

 

 加えてあの煌びやかな容姿。


 お近づきになり、甘い蜜を吸いたいなどと考える人間は、彼が一人になるや否や、湧いて出てくるだろう。


 また一方。

 彼がダーファン国出身だと知るごくごく一部の人間は、かの国は小国でありながらも人質を差し出し、ラフトゥと国交を結んだ、などと大袈裟に吹聴する者も視界の隅に捉えた。


 人質などと。



 他人が何を知っている。


 その裏側に隠された親の愛を知らずに大ボラを吐くな。



 大声で言ってやりたいが、ルチアはそれを飲み込む。



 それは人質であったルカさえも知らぬ家族の愛だ。



 それをおいそれと他人が明かしていいものでもなければ、当の本人はそこまでに至った経緯を勘違いし、家族を憎んでしまっている。



 絡みに絡みすぎてしまった互いの感情は、解く時間を一方的に遮断し、ルカは今なお、自身の殻に閉じこもってしまったまま。



「ごめんね。エトーレ。寂しくさせてしまって」



 ルチアは周りに聞こえる様に大袈裟に演技をする。

 今日は自分たちが主役である。

 そうでなくとも、周りから注がれる視線には慣れているし、どう立ち回ればいいかは程よく失敗もしながら学んでいる。



 この場は愛妻の言葉に乗るべきだ。



 彼女の頬に軽く口付け、耳打ちする。


「寂しくさせてしまったお詫びとして、一曲、お相手願えないだろうか」

「まぁ。私の気がそれで済むとでも?」


 今までざわついていた空気が、突如始まった王太子と王太子妃のダンスに視線と声が奪われる。



 その瞬間を狙い、ルカはその場から気配を消した。



 ルカ自身も、自分が注目され始めてきてしまった空気を感じていたが、メリッサの名を出されてしまえば、食らいつかない訳にもいかない。

 これを逃してしまえば、奮い立たせた決意も揺らぎ、もう彼女に会えなくなってしまう。


 友だちとしてなら気軽に会いに行ける。

 だが、もはやそれも出来ないし、ましてや何も言わずに姿を消してしまった立場だ。

 どんな顔をして彼女と対面できるだろう。



 ルカは自分を逃す為に囮になってくれた友人と目を合わせると、「絶対に約束は守れよ」と口パクで伝える。


「ふっ」



 ルチアはエトーレの耳元で囁く様に笑うと、彼にしか伝わらない程の動きで返事を返す。




「……ルチア様」

 

 彼の姿が消えたところで、今まで何も言わずに口を噤んでいたエトーレが「あの御方は?」と囁いてきた。

 その聞き方に、今までずっと聞きたくて仕方なかったのだろうな、という様子が感じ取れた。


 右へ左へ身体を揺らし、身体を密着させながら奏でられる音に身を任せる。

 ワルツは互いに飽きる程踊ったし、それは相手がエトーレであれば尚更練習にも身が入った。


「君も一緒に学友時代を過ごした筈なんだけれど」

 自分ではない他の男に気を奪われるのは例え一瞬でも許したくはないけれど、今日はやっと互いに結ばれ、皆に祝われるハレノヒである。

 少しくらいの浮気は目を瞑ってあげよう、と考えながら、頭の中から必死にルカの姿を手繰り寄せようとしているエトーレの表情を堪能する。


 あの頃はいろいろあった。

 自分の感情の思うままに動きすぎてしまい、婚約者だったメリッサを悲しませ、両親にも苦言を呈される事も多々あった。

 頭では理解できても、エトーレから離れる事はついぞできなかった。


 だから、メリッサに想いを寄せるルカに疎まれていたのだけれど。


 それもきっと今日で終演を迎えたのではないか、と、ルチアは口元を緩ませる。


「何を笑っていらっしゃるの?」

「いや?べつに」

「嘘。私が彼を思い出せないから笑っているのよ」

「えぇ?」


 何を勘違いしてくれたのか、控えめに少し頬を膨らませるその顔さえも愛おしいと思ってしまう。


「ならお名前くらい教えて下さい」

「ルカだよ」

「ルカ。……ルカ・エーヴィヒ?」

 明かされた名を聞けば、思い出される顔はただ一人、あの令嬢しかいない。

「冗談なんてよして下さい」

「冗談なんかではない」


 端からみれば、優雅に楽しげに踊っている様に見えている事だろう。

 耳の片隅でしか音を捉えられずとも、ワルツに集中できていなくとも、身体が勝手に踊ってくれる。


「彼は彼女だった」

「え?」

「いや。それでは語弊があるな。彼はずっと彼のまま」

「何ですか。その謎かけみたいな言葉」

 あまりに焦らされて、流石のエトーレも嫌気がさしてきたらしい。

 ルチアは「そんなエトーレも可愛い」と思いながら、どうすればうまく伝わるか巡らせる。

「謎かけをしているつもりではないのだが。……彼は令嬢の姿をしながらメリッサの隣に居続けただけだよ」

「それはどうして?」

「さてね。彼の心までは私にも分からないよ。ただ一つ言える事は、俺はただひたすらに彼から嫌われていたね」

「ルチア様が……ですか?」

「ああ」


 意外。という表情で目を丸くするエトーレを見てルチアは「さて」と今までと声色を変える。



「そろそろ彼の事よりも俺の事を見てもらってもいいかい?流石の俺も愛しの妻が結婚早々他所の男に気を遣っていては嫉妬で気が狂いそうになってしまう」



 エトーレの背中に回した手は、彼女と近付こうと更に逞しく引き寄せてくる。


「あら。嫉妬して頂けるのですか?」

「もちろん。君が見つめるもの全てにね」


 ルチアはエトーレの瞳を見つめながら、彼女を蕩けさせる様なセリフを恥ずかしげもなく口にする。



 今日はルチアたちの華燭の盛典。


 祝いの場。


 そして、だからこそ、友人たちが今日の日を境に幸せへと足を踏み出してほしい。と誰よりも願う。



 ルチアは胸に抱えた愛しい人を抱きながら、遠くに暮らすかつての婚約者をひっそりと思い出していた。





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