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友人*


「メリッサ様。おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

「おはよう」


 名を呼ばれ頭を下げられる彼女は、向けられる言葉一つ一つ丁寧に挨拶を返していた。


 周りを囲む令嬢たちの中。

 友人と呼べる人間は数少ないが、少し離れた場所に立つルカ姿が視界に入ると安心してしまうのは、その付き合いの長さが関係しているのだろうか。

 見ようと思った訳ではないが、目が合い、相手から柔らかく微笑まれると、メリッサもついつられて気持ちを緩めてしまう程度には気を許している。

 彼女のすらりと伸びた身長はそれだけで人目を惹くので、見ようとしなくても見つけてしまうから、不思議だ。

 艶やかに真っ直ぐ伸びる金色の髪の毛は僅かな風が吹いただけでも、ふんわり舞い上がってしまう程柔らかく、側に寄った時にそれが頬や首に当たると少しこそばゆい。


 規律正しい学友会に所属していながら、それを笠に着る訳でもなく、誰とでも仲良く分け隔てなく接しているルカとは、互いに友人という関係にありながらも常に行動を共にしている訳ではない。

 無意識下で視線を集めてしまう魅力的で自慢の友人、ルカ・エーヴィヒ。


 一方メリッサは、腰まで伸ばした艶のある黒髪を軽く纏め、それにより少しだけ吊り上げられた二重の大きな瞳は、キリリとした印象を与え、顔立ちを余計にはっきり強調させている。

 ルカが可憐な花と評されるのであれば、メリッサは鮮やかな薔薇のよう。

 性格も見た目もほぼ対極の彼女たちが友人同士である事を、周囲が不思議に見ている事をメリッサは知っていた。


 将来、国を導く立場になるルチアを支える立場を求められるメリッサ。

 自分に厳しく、と思うあまり、意図せずそれを周りにも強いてしまっている事も重々承知している。

 故に、そういう厳しさを厭う人間は彼女でなく、彼女の婚約者の方へ群がっていき、また、媚びを売ろうと考える人間は余計にそちらへ集まっていった。


 そういう風に少し遠巻きにされがちなメリッサではあったが、彼女自身は与えられた風紀委員長を務め、学友たちの立ち振る舞いに常に気を配っている。

 しっかりしなければならないと自分に言い聞かせるあまり、気付かぬ内に表情が固くなってしまうのだ。


 もちろん、そんな彼女にも慕ってくれている学友はいる。

 ルチアに比べると数こそ少ないが、必然的にメリッサの周りに集まる人間は皆、純粋に彼女への好意から慕ってくれている。その事を彼女自身も分かってはいる。

 分かってはいるのだが、婚約者のルチアや友人のルカの様に素直に言葉や表情に現す事が出来ない。



 自分に素直になれる魔法があればいい。



 そうすればツンとした澄まし顔で挨拶を返すだけではなく、相手に寄り添える言葉を交わしてスマートに去る事ができるのに。

 

 当たり前の事ではあるが、人の精神に影響する魔法を他人に使う事は禁忌とされている。

 というより、この国では魔力を持つ人間は多くはない。

 技術と風の国として繁栄してきたラフトゥ国と、山を隔てて同じく、風の国と呼ばれてきたダーファン国。

 ダーファン国との国交を結んだ事により、相手国から魔法を扱える者が国境を渡り、数多く移り住む事になった。そのお陰で、今まで遠巻きにしか感じられなかった魔力の存在を身近に感じる事が出来る様になってきた。

 

 そんな数少ない魔法を使える人物。

 メリッサは、一人だけ知っている。

 それを操れる人物を。

 婚約者であるこの国の王太子でも、学園で教鞭に立つ教師たちでもない。

 気付けば隣で微笑んでくれている存在。

 けれど、彼女の口から直接告白された訳ではないので、自分も知らない振りを続けている。

 魔法は悪ではないと知っているのに。

 彼女は頑なに秘密を明かしてはくれない。


 彼女の事を考えていると、視界の端で何かが動いた。

 それは校舎の二階。

 開け放たれた窓から、学友会長のルチアの事でも眺めていたのだろうか。

 顔の前で手にしていたハンカチが、何かの拍子に外へ飛び出す。

 それを取ろうと持ち主が身を乗り出そうとした瞬間。


「あっ」


 一陣の柔らかな風が、それを舞い上げ、それを目で追っていた彼女の手元にひらりと落ちる。


 誰もその小さな出来事に気付いていない。


 何故なら、皆それぞれ自分の事に集中しており、周りにまで意識を広げていないから。

 ハンカチを手にした彼女は、ホッとひとつ息を吐き、再び窓の外へ視線を戻す。


 メリッサはその僅かな時間、自分の少し後ろにいるルカにも意識を向けていた。

 友人がとっさに何かを呟くと、不思議な風の流れが起きた。

 彼女が何をしたのかは、魔法を習っていないメリッサには見当もつかない。元々魔法という認識のないラフトゥ国なので、当然、この学園にも魔法学の授業はない。


 勿論、ルカが魔法を使えるというのは、メリッサの思い違いかもしれない。

 けれど、メリッサが何かに気付いて手を差し伸べようとすると、実はルカも自分と同じ方を向いていて、一足先に助けてしまっている。

 でも、不思議とそれが悔しくない。

 魔法が使えるのだから、困っている人を助けるのは当たり前だとか。

 ズルしているだとか。

 どうして助けたのに口を噤んでいるのだとか。

 どうして一緒にいるのに魔法の事を話してくれないのだとか。

 彼女を責め立てる言葉はどれもメリッサの中にはない。


 そう。

 今だって、彼女がそこから落ちてしまわなくて良かったと、胸を撫で下ろす表情をしているルカを知っているから。

 

 メリッサは誰にも気取られぬ程些細に口角を上げる。


「今日もきっといい日になりますわ」


 誰に言った訳でもない。

 つい、溢れてしまった言葉。

 けれど、ルカには届いてほしい。

 いつもそばで支えてくれる大好きな友人だから。



読んで頂きありがとうございます。


【短編】婚約破棄を待ち望む女装王子は、初恋の令嬢と結ばれたい


の続きを書き進めたいと思い、連載という形で新たに始めさせて頂きました。


少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。

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