招待状
肩より長く伸びてきた髪の毛の先を無意識に指先でクルクル弄びながら、机の上に置かれた封書と睨めっこしているのは、最近、縁談話ばかり持ち上がり、捌くのも面倒くさいという本心を隠そうともしなくなったダーファン国第三王子。
自分の故郷へ戻ってきてそろそろ二年が過ぎようとしている。
メリッサと最初で最後のデートをした日。
彼女の前に男の格好で現れたのは、覚えていないだろうけれど、実はあの日が二回目。
突然男装姿で現れた友人に戸惑いを隠しきれない様子ではあったが、嫌悪されていないという手応えはあった。
自惚れかもしれないけれど、好感触だった気もする。
予想だにしない格好に戸惑いながらも、質問を投げかけてきた彼女には「ウィッグをつけている」と偽った。しかし、今まで長く伸ばし続けた髪は、潔く鋏を入れてもらった後で、ウィッグなど被ってはいなかった。
一時は露になった首筋も、数ヶ月後にはまた隠れる様になってしまった。
今となってはこまめに整えてもらうのが面倒くさくなってしまった為、再び伸ばし続けているのは、今までの習慣故だろうか。
カットするのは手間だと感じても、トリートメントしてもらうのは苦にならないという事に気付いた時には、女子が身に染み込み過ぎてしまったと苦笑してしまった。
メリッサを思い続けていた分だけ伸びていった髪は、己の気持ちと共にあの日バッサリ切り落とした。筈だった。
けれど、こうしてあの頃と同じ長さに近付いてくると、忘れていた彼女の事を思い出してしまう。
あの日自分の姿で「好きだ」と告げられなかった想いは、消化しきれないまま、燻り続けている。
いつもの様に軽く、さらりと言葉にしてしまえれば良かったのに、あの日は誤魔化してはいけない気がした。
ルチアに想いを寄せているメリッサの心。
わざわざ聞かなくても既に決まっている答えを聞くのが怖くて逃げた。
今まで女の格好をしていたから。
それを隠れ蓑にしてしまえば、何でもできた。
けれどあの日は何も隠していない自分の姿。
昔みたいに髪を短く流し、ズボンを履いて生活していたのは何歳までだっただあろう。
自分でも情けないことは分かっていた。
偽りの姿でメリッサに近付き、勝手に想い続け、いつも自分の気持ちだけを軽く投げていた。伝える気持ちが彼女の心に負担にならないように、けれど、溜め込み過ぎると勝手に口をついてしまう自身の想いは止められなかった。
物理的に距離を置き、離れたというのに、ここまで想いを拗らせている自分に嫌気がさす。
短くなった髪を伸ばす理由はもうないのに、あの日から再び伸び続ける髪。
ルカはそれを手慣れた手つきで一つにくくり、大きく息を吐くと、何かを決意した様子で封蝋を押された手紙を手に取った。
***
いつまでも中を読む気になれなかったのは、差出人が、かつて彼が暮らしていたラフトゥ国のものだから。
二年前。
嫌いだった故郷、ダーファン国へ戻ってきたルカ。
良くも悪くも大国、ラフトゥの技術が故郷を発展させているのを目の当たりにすると、嫌いだった祖国の筈なのに、複雑な気持ちになってしまうから不思議だ。
自分を他国へ追いやった家族にも、祖国を武力で制圧したラフトゥ国に対しても、やはり根底にある憎しみは年月が過ぎても消えない。
けれど、あそこで比較的真っ当に生活できていたのは、メリッサが居てくれたからだと思っていた。
彼女がいてくれたから、十年の間、耐えてこられた。
否。
彼女が居たから、あの国から出たくなかった。と言ってしまった方が正しい。
ルカが望めばもっと一緒にいられた。
友人として。
女友だちとして。
ルカはなかなか開封出来ずにいる手紙を手持ち無沙汰に眺める。
過去の争いにより、辺境にある小国ながらもラフトゥ国と繋がったダーファン国は、各国から注目され始めていた。
その矢先、第三王子が突然、社交界に姿を見せた。それも、見目麗しく成長した姿で。
ラフトゥに長い間人質として囚われ続けてきたと囁かれていた彼は、瞬く間に人で囲まれ、王家や大国との繋がりを求めた者たちが、分かりやすく擦り寄って来る。
人に会う度表情筋を動かし続けている為、初めの内は顔が引き攣り心身共に休まらない日々が続いたが、それももう慣れてしまった。本心を露に出来ず、何処で足を掬われるか分からない。
家族も笑顔で息子を迎え入れてくれたが、それは人質解放された喜びか、それとも本当に久しぶりに会えた喜びか。
こんな風に笑顔を貼り付け、常に本心を閉じ込めながら生活していると、ラフトゥにいた方が自分の感情に忠実だったというのは、一体どういう事だろう。と、思う。
部屋で自嘲の笑みを浮かべながら、ルカは開けられなかった封をようやく開けた。
差出人はラフトゥ王室。
一見質素に見えなくもないが、手触りは滑らかで、まるで風がそよいでいるように見える加工が紙に施されている。
金色の封蝋にはラフトゥ国の紋章。
よく知っている紋章と少しだけ違うのは、差出人が今の国王でなく王太子、ルチアのものだからか。
ペーパーナイフを差し込み、蝋を弾くと、ルカはカサッと中の手紙を取り出した。
「……」
予想はしていた。
内容を。
覚悟はしていた。
自分の気持ちの終着地を。
それが結婚披露宴の招待状である事を一瞬で理解した彼は、よく内容を頭に入れる前に封筒の中にそれを戻す。
「腹を括ってはいたけれど。いざ突きつけられるとやっぱり痛いや」
誰も居ない空間で独り言ちたルカは、胸の辺りの服をぎゅっと掴み、暫く動けずに項垂れていた。




