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別れ



 それからの足取りはとても重かった。



 店を出て、ルカの手を取り、気付けば馬車に揺られていた。

 行きの車内では、格好良く変身してしまったルカの熱を感じてドキドキし、久しぶりの街で二人で何をしようか胸を高鳴らせていた。

 毎日楽しくおしゃべりしている友人だというのに、見た目が変わるだけでこうも自分の心臓が飛び跳ねてしまうのかと、驚いた。

 エスコートをしてくれる手は優しくも逞しく、自分を見つめてくれる瞳は柔らかい。


 何も変わらない。

 外見が変わっても、彼女は何も変わらない。


 ただ、久しぶりに手を繋いで。久しぶりに触れ合って、ドキドキしてしまった。

 それは、気付いた時にはルカがメリッサの手を取ってくれなくなっていたから。いつだったか、先を歩くルカの手を取ろうとしたら、するりと交わされてしまった事があった。一度目はそれが気のせいだと思ったが、二度三度続く内に、思い違いでないと知ってから、メリッサは自分から触れなくなってしまった。


 だから今日。

 純粋に嬉しかった。

 互いに成長した分だけ、記憶に残る繋いだ柔らかさが、少し大人のものに変化していた。

 スラリと長く伸びた指はどことなく頼もしい感じがして、メリッサの冷えた温度をじんわりと温めてくれた。


 今も隣に座っているというのに、何故か距離が遠い。

 あれ以来会話もなく、薄暗い馬車の中ではルカが何を考えているのか分からない。

 外部から強制的に与えられる揺れに身を任せてどれ程経ったか。

 互いに会話もあれば幾分気も紛れるだろうが、車内は無言のまま。




「今」

「え?」




 やっとルカが口をきいてくれた、と、メリッサは嬉しさで間髪入れずに反応する。




「メリッサのお願い。きいてあげる」

「え?」




 それは望んでいた事。




 身体についた傷はメリッサのせい。

 幼い頃の彼女の過信が招いた事故。

 それで全てが変わってしまった。

 だからルカの魔力にすがりつきたいと願ってしまった。

 傷がなければきっとルチア王太子の婚約者は自分ではなかったから。

 元に戻ればいい。

 

 優しい婚約者の気持ちに依存し続けるのはよくないと。


 では、傷が消えたからといって、ルチアとメリッサの婚約は解消されるのか。

 それは恐らくそうスムーズにはいかない。

 彼ら個人の結び付きだけでなく、家と家の、そして政治や権力なども考慮した上で結ばれた契約。


 恐らく傷が見えなくなっても、犯してしまった罪はメリッサの心に残り続けるだろう。




「メリッサ?」


 呼ばれて彼女は顔をルカの方へ向けた。

 

「大丈夫だよ。安心して」


 ルカは硬く握られたメリッサの両手に自身のそれを重ねる。

「メリッサはとても優しい子だよ」

「……」

「周りをよく観察して、的確に自分に合った行動が出来るけど、だからこそ、人の気持ちを考え過ぎてしまう。冷静に判断出来てしまうからこそ、メリッサを良く知らない人たちからは、色々言われてしまうかもしれない。けれど、僕はずっとメリッサを見てきたから、君が怖がりで、頑張り屋なところも知っている。何より、とても思いやりがある女の子なことも」

 ルカの言葉は、冷えてしまったメリッサの心を丁寧に静かに温めてくれる。


「だから心配いらないよ」


 ルカの手がメリッサから離れ、一度露にしようとして止められた左の太ももに当てられる。




あたたかい光よ(カルドルーチェ)




 ルカが何かを呟くと、メリッサの隠された部分がほんのりと熱を帯びてきた。

 感じたことのない柔らかな感覚。

 これがルカの持つ力なの?と、初めて受けるその魔力に、身体全体が包み込まれる体感を覚え、なんだか自分にもその魔力が乗り移ったと錯覚してしまう。


 そして、その温もりはルカの手が離れた途端、消えてしまった。


「これで大丈夫」

「え?」

「部屋に戻ったら確認してごらん」

「え。あ。ありがとう」

 とても簡単に、あっけなく終わってしまった魔法に、メリッサは何の実感も湧かぬまま、頭を下げた。


 だって、ルカが嘘をつくはずないから。



 気付けば馬車の振動もなく、メリッサの家へ到着していたらしく、まだ揺れていると感じていた振動は、メリッサの気のせいであった。


 隣に座るルカは少しだけメリッサの方へ居直り、窓から差し込む光のみの薄暗い車内で、彼女の姿を真っ直ぐ見つめる。


「メリッサ」

「なぁに?ルカ」

 その姿で名を呼ばれるのは、なんだかまだこそばゆい。

「僕がこうしていられるのは、君があの日、僕を信じてくれたから。その日から僕の目にはずっと君が眩しく映ってる」

 ルカの両の瞳に、何故、今そんな事を口にするのかと、戸惑うメリッサの姿。

 口調が男か女かなんて、全く気にならない。


 

「君はずっと僕の光」


 

 ルカがメリッサの頭部に手を伸ばし、その触り心地の良い髪の毛を撫で、下に降りていく。

 耳に触れ、頬を包み、名残惜しそうに離れていく。


「そんな君の隣に並ばせてくれてありがとう」

「ルカ?」


 まるで別れの挨拶みたい。

 などと言葉にしてしまえば、それが真実となってしまいそうで、メリッサは友人の名を呟く事しか出来ずに、ルカの行動を受け入れる。



「さ。いつまでもこのまま降りないと、心配させちゃう」



 しんみりとした空気を打ち破ったのは、この雰囲気を作ってしまったルカだった。

 馬車の扉を開け、先に出てしまうと、今日ずっとそうしてくれていたのと同様に、手を差し伸べてきてくれる。

 が、今日一日、感情の浮き沈みが珍しく激しくなってしまったメリッサは、素直にその手を受ける気分になれない。


「……」

「……」


 けれど、ルカは何も言わず、促す素振りもみせずにただ、待っていてくれる。




「ルカ」

「ん?」

「大好きよ」


「……」


 何故その言葉が口をついて出たのか分からなかった。

 けれど、その言葉を伝えたいと思った。

 ルカはいつも自然に自分を「慕っている」と伝えてくれているから。

 

 ルカの両目が大きく見開かれ、その瞳に微笑むメリッサがいっぱいに映り込んだ。


 そして、続けてとても嬉しそうに綻んだ笑顔。



「それだけで十分だよ」



 ルカはそう言って一度外へ出た上半身を再び車内へ入れると、そのままメリッサの手をとり、馬車から出る様促す。


「メリッサはメリッサの思うまま、生きればいい。僕はずっと応援してるから」


 ちょうど、朱色の夕陽がルカの背後から差し込み、メリッサはその刺激に目を細める。



 眩しいのはルカの方。


 手を掴まれたメリッサは視界が奪われた状態のまま、ルカの温もりに身を委ね、そして、友人に見守られながら家へと帰宅した。


 



 その日以来。


 ルカはメリッサの前から、姿を消してしまった。





ここまでお読み頂きありがとうございます。


ここまでで第一幕が完結になります。

更新頻度が遅く、読んで下さる皆様には感謝しかありません。


第二幕からはまた年月が経ってからのお話になります。

まだ書き進めている途中ですので、また投稿した際にはお読み頂けたら嬉しいです。

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