お願い
「ねぇ。ルカ」
午後の講義が始まるまでの束の間の休み時間。
お腹を満たした二人は、いつもの場所でゆっくりと時間を過ごしていた。
ルチア王太子に招かれたお茶会から二週間程経つが、メリッサが「決着をつける」と言った言葉の真相は未だ掴めぬまま。
「なぁに?」
「ルカはダーファンの出身だったわよね」
「そうよ。それがどうしたの?」
「故郷へは帰らないの?」
予想外の質問はルカから続く言葉を失わせる。
ジャルダン学園に入学してから、寮生活をしている為、故郷にはもう長い間帰っていない。
ダーファンにいる家族の事はあまり思い出したくもないが、そのお陰でこうしてメリッサと知り合う事ができたので、多少感謝はすれど、会いたいかと問われれば、気は進まない程にいい感情は持っていない。
「どうして?」
「特に理由はないのだけれど」
一方のメリッサも、話を振った割にはとても話にくそうに、口籠ってしまう。
自分にとって何か不具合な話題でも出てくるのか。と、ルカもつい身構えてしまうのは仕方ないと思ってもらいたい。
「ダーファンの人たちは魔法が使えるって本当?」
息を飲み、意を決した様子で真っ直ぐ視線を向けてくる。
確かにダーファン国の人間は魔法を扱える力を持つ人間は多い。
一部の者以外には口外していないが、ルカ自身もその一人なのだ。加えて、魔力の目覚めが遅かった事がそこに繋がるのかは分からないが、魔力が人一倍強いらしく、しばらく魔法の使い方を学ぶ為に自国へ戻った事もあった。
だが、正直に言えば、ごく限られた魔力の使い方しかしてこなかった故郷では学び得る事は少なく、魔力を持つ者がいなかったラフトゥ国の方が、何故か魔法に関する書物は多かった為、ほぼ独学で自分の力を支配する術を身に付けたのだ。
「この国にいる魔法遣いは皆、ダーファンの者だものね」
「そうね」
ルカは相槌を打つ。
ここラフトゥ国は風の国と呼ばれている。
山と自国の技術力を利用し、人工的に風を起こす事に成功し、それにより発展し続けている大国である。
が、その風力機が新しい内はそれで良かった。
技術は発展すれど、作られたものはいずれ古くなる。
月日が経つにつれ動きが悪くなり止まる。
そこで国が目をつけたのが、魔法という存在。
そして、より自国の基盤を強固なものとする為に目をつけたのが、山に囲まれた小国ダーファンである。
ダーファンは四方を山に囲まれる小国。
そんなルカの故郷は、魔力を持つ人間たちが他国と比較すると数が多く存在した。彼らが己の魔力を使い、必要な領地へ風を送る事によって、ダーファンは発展を遂げてきた。一方のラフトゥ国は自国の技術により風を作る機械を創り出し、それらを各地に置き、風を送り出していた。
規模としてはラフトゥの方が大国で、技術の発展によりどの街もとても栄えていった。
だが、現ラフトゥ国国王はそれでは満足しなかった。
山を隔てているとはいえ、この大陸に同じ風を操る国は二つも必要ない。と、同じ風の国と呼ばれるダーファンを目の敵にしたのだ。
山に囲まれたダーファンはこれまで他国などからの進軍もなく、魔力を持つ者たちもその力を悪用する事なく平和に過ごしてきた。しかし、そんな平和に身を置いていた国は、いざとなると戦術も他国との交易も少なく、加えて戦に関しては全く実戦経験などなかった為、戦が始まってすぐ、敗戦を迎えてしまった。また当時の優しく気の弱い国王は、ラフトゥ国が提示する条件をそのまま飲み、あまつさえ、期限付きではあるが、息子を敵国へ渡す事まで了承してしまった。
ダーファン国はラフトゥ国に敗北し、今まで独占していた魔力を他国へ引き渡し、その力をラフトゥで発揮する事を許容した。
魔力供給が安定するまでの間の人質として、第三王子に白羽の矢がたってしまったのだ。
その戦から十年程経た今では、表面上両国は友好関係を保っているが、またいつバランスが崩れてしまうかは分からない。というのが現状。
「なぁに?何か気になる事でもあるの?」
メリッサにしては珍しく要領を得ない言葉のやり取りが続き、ルカは彼女が上手く言葉を繋げられる様、誘導するも、
「うん。…………まぁ、そんなところかしら」
と、視線を合わそうとしてくれない。
そんなに言い出しにくい案件でも抱えているのか、と、最近のメリッサの行動を遡るも、該当案件は見当たらず思いあぐねる。
むしろ、あのお茶会の日からルチアの姿を瞳で探す回数は減り、それが功を奏したのか目つきが鋭くなる事も少なくなり、表情が柔らかくなったと評判は良くなった。
今まで、悪く言えばお高く止まっていると見られていたメリッサの周りには、徐々に彼女の不器用な優しさに触れた人間が集まり始める様になり、その一方、ルカが彼女の横に並ぶ時間も少なくなってしまった。
それは、常にルカが彼女が一人になってしまわぬ様な付かず離れずの距離を保っているから。
少し前までは、学園内でメリッサが一人で読書をしたり一人席について勉強をしたりしている事が多かった為、空気の様に側にいる事が当たり前となっていた。
それはメリッサが話し掛けてこられる距離でもあり、一人の時間を満喫できる時間。
その中でもルカが近寄れば受け入れてくれるメリッサだったが、今となっては昼休みしか一緒にいられない。
少し前までは隣に居たのは自分だったのに。と、恨めしく思うも、それはメリッサにとっては良い方向へ運んでいるのだからでしゃばってはいけない、と言い聞かせてはいる。
気付けばもう午後の講義が始まる時間が近付いている。
「そろそろ……」
ルカは広げていた茶器やお皿をカチャカチャ片付け始めた。
本当であれば、まだこのまま二人の時間を過ごしていたいが、そう我が儘を言ってはいけないのも痛い程に分かっている。
そうして、このままの姿でいられる時間も限られている事も。
「……」
「……」
二人の間にぎこちない空気が流れ、片付けを終えたルカが立ち上がろうとした時。
「ルカは」
ようやくメリッサが口を開いた。
「魔法が使えるの?」
「…………え?」
メリッサより先に立ち上がり、彼女の手を取りエスコートしようとしていたルカは、咄嗟の事に頭が回らない。
隠してきた秘密を実は知られていたのだ。と、ルカはゴクリ、と唾を飲む。
「どうして知っているの?」なんて無粋な質問はここでは似合わない。
だってメリッサは「使えるの?」と言ったのであって「使えるんでしょ」と断定した訳ではない。
「もし、魔力があるのであれば、お願いしたい事があるの」
「……」
メリッサには、自分の魔力について明かしてしまおうと思た事は幾度もあった。
ただ、嫌悪している自身の力について自分から話題にするのは怖かったので、タイミングを逃してしまった。と言ってしまえば聞こえはいいだろう。
「黙っていてごめんなさい。本当はずっとルカの力の事、知っていたの」
「え?」
メリッサは真っ直ぐルカの瞳を見つめ、動揺する友人から顔を逸らさない。
「話せないって事は秘密にしたい事なのだろうな、とは思っていたのよ。けれど、ルカはいつも誰かが危険な時、その力を使って助けてあげていたから」
常に側にいたからこそ、自分がメリッサを気に掛けていたのと同じくその逆もある事になぜ思い至らなかったのか。
「誰もが何故そうなったのか不思議がってもいなかったけれど。わたしが気付いて行動に移すより先に、いつもルカが動いてくれた」
メリッサは優しく微笑みながら続ける。
「いつもありがとうね」
「え?」
にこやかにお礼を言われ、誰にも知られずに使っていたと思い込んでいたルカの魔力に、感謝される事をしていたのだという、ほんの少しの意味が宿る。
「ルカはいつも私の側に居てくれて、助けてくれる。いろいろ考えすぎて動けなくなってしまう私とは違って、いつも背中を押してくれるわ」
「そんな。私がメリッサの側に居たくているのよ。お礼を言われる事じゃないわ」
それには不純な動機があるからだ。
などと本心は明かせない。
否。
何度か伝えてはいるが、メリッサはその本当の意味を理解してはいない。
女同士なのだから、それでいい。
それにかこつけて自分の想いを消化しているズルい人間なのだ。
もしかしたら、なんて、やましい気持ちが一瞬浮かんでしまい、ルカはスッとメリッサから視線を逸らす。
「そんな友人にこんな身勝手なお願いをしてもいいのかずっと悩んでた」
「なぁに?」
ここからが本題だ。
と、ルカは身構える。
「傷を治してほしいの」
メリッサはお茶会の時ルカに明かした身体に残る傷痕に視線を動かした。
「わたしの傷も消えてしまえば、ルチア様への想いを消す事ができるかしら」




