一話
この物語は古代中華とそっくりといえるとある国のものである--。
朱 芳炎は双子の弟の博燕と共に父を探していた。二人の父は朱 雄壮といい、この国--翠の礼部治郎を務めていた。芳炎は母の玉蘭に父を探してきてと頼まれている。それは何故なのか。実は雄壮は超がつく方向音痴であった。もう四十歳にはなるのだが。年々それは酷くなっていた……。
「……お父様!!どこにおられるんですか〜?!」
芳炎が大声で叫んだが。返事はない。弟の博燕はため息をつく。呆れているのだ。ちなみに芳炎は今年で十三歳になる。博燕も同い年だ。
「……姉上。ここには父上はいないようだ。よそを探そう」
「そうね。じゃあ、屋敷の外にも行きましょうか」
二人はそうしようと決めて軽い足取りで門を目指した。すると男性のものらしき声が聞こえてきた。
「……ここはどこなんだ?!」
「あっちみたいね。博燕の言う通りだったわ」
「そのようだな。じゃあ、さっき声が聞こえてきた方角に行こう」
博燕の言うことには芳炎も頷いた。こうして二人は門から屋敷の前にある街道に走って行ったのだった。
石畳の道には淡い水色の髪と銀の瞳が印象的な美形の男性が難しい表情で佇んでいた。腕組みをしている。
「……ううむ。ここは本当に我が家なのか?」
ぶつぶつと独り言を呟いている。見かけはかなり怪しい人物に見えるが。実は彼こそが雄壮本人である。そこへたたっと軽い足音を立てながら二人の子供が近寄ってきた。芳炎と博燕だ。雄壮は気づくとホッと胸を撫で下ろした。
「……ああ。芳と博か。じゃあ、やっぱり我が家だったんだな」
「……ええ。そうですよ。父上。いい加減に方向音痴は直してくださらないと僕や姉上が困ります」
「直したくはあるんだが。簡単にはいきそうにない」
「まあ。それはそうなんですがね。とりあえず、母上が心配していましたから。行きましょう」
「ええ。博の言う通りです。行きましょうか」
二人が言うと雄壮はおとなしく従ったのだった。
三人が屋敷内に入ると包厨からいい香りがする。どうも母の玉蘭が何か作っているようだ。包厨の近くに寄ると玉蘭が出てくる。たすき掛けをして両腕の袖を捲り上げていた。
「芳と博じゃないの。お父様が見つかったのね」
「ええ。やっと見つかったわ」
「ふふ。お疲れさんね。後少しで夕食ができるから。その間にお父様を執務室に連れて行ってあげて」
「わかった。後で手伝うわ」
「ええ。お願いね」
玉蘭は頷くと包厨へ戻っていく。芳炎と博燕は父の雄壮を執務室へ連れて行ったのだった。
その後、芳炎は侍女たちと共に料理を並べていた。今日の献立は水餃子とお粥、焼売である。父の雄壮は葱と鶏肉の煮物が好物だ。芳炎は母お手製の雲呑が好きだった。そんなことを考えながら家族の分の料理を並べ終えていた。
「……お嬢様。お料理は並べ終わりました」
「ええ。ご苦労だったわね。もういいわよ」
「では失礼します」
そう言って侍女たちは広間を出ていく。芳炎はほうと息をついたのだった。
広間に母と弟がやってきた。芳炎は駆け寄る。
「芳炎。室内で走るのはお行儀が悪いわ。危ないじゃないの」
「……ごめんなさい」
「まあいいわ。今後は気をつけてちょうだいね」
芳炎は頷いた。母と弟は先に椅子に座る。彼女も後に続いた。
「それにしても。父上はまだお仕事ですか?」
「そうみたいね。もうちょっとしたら来ると思うけど」
「……はあ。ならいいんですが」
二人はそう言いながらお箸で水餃子を摘んで口に入れた。芳炎はお粥を啜る。鶏だしがしっかりと効いていて美味しい。焼売も食べた。
「……お母様の作ったお料理はどれも美味しいわ」
「ふふ。ありがとう。後で葡萄を食べましょう。お祖父様が贈ってくださったのよ」
「やった。じゃあ、今日は残さずに食べるわ」
そう言って芳炎は水餃子も口に入れる。ジュワッと肉汁が溢れて美味だ。母は水餃子を作る時、タレにつけなくてもいいように胡椒と塩、豆板醤を入れていた。いつかは習わなければと思っている。こうして父抜きで夕食を芳炎達は取ったのだった。