01-001:赤城家で過ごす試験前の朝
三ヶ月後の朝
つまり、大社の入社試験の当日
赤城家で頂く最後の食事を噛みしめながら、エネルギーを取り入れていく
「頑張ってね、紅葉君」
「はい、天音さん」
「よく噛んで食べろよ、紅葉」
「わかってるよ、和夜」
白露がつきっきりで修行を付けてくれた結果、俺は三ヶ月で初心者を脱却し、そこそこ戦える星使いになっていた
天音さんと和夜とは自分の家族以上に仲良くなれたと思う
本当の母親、本当の弟のような気さえしてくるレベルだ
三ヶ月前に抱いた不安は杞憂で済んだ・・・が、それはただ一人を除いてである
「・・・」
無言で牛乳を飲み続ける、和夜によく似た女の子
赤城時雨。彼女とだけは未だに和夜抜きで会話したことすらなかった
「・・・ごちそうさま、でした」
「ああ。ちゃんと牛乳飲めたな、時雨」
「・・・」
双子だが、社交的な兄の和夜とは真逆で内気な少女は父親から褒められてもあまり嬉しそうな反応をしていなかった
時雨は無言のままリビングを出ていく
それを見た和夜は慌てて残りの朝食を食べ終えた
「お父さん、お母さん。ご馳走様!」
「あ、ああ・・・」
今日も赤城家は賑やか。この日常もこれで最後だ
最後だし、残った疑問を親にぶつけておこう
「なあ、白露」
「なんだ」
「俺、時雨に嫌われてんのかな」
「それを聞きたいのはむしろ俺たちの方なんだけどね・・・」
「・・・」
俺の問いに対して、白露と天音さんの表情はとても暗く、先ほどまで双子がいた席を黙って見つめていた
俺は、時雨が和夜以外と二言以上話しているところは見たことがない
それは、白露とも天音さんも・・・例外ではない
「なんで時雨は実の両親とも話さないんだよ」
「あの子がいう「ゆずにい」との「星誓約」が原因かなって思ってるの。そのおかげで走り回れるようにはなったんだけどね・・・」
「ゆずにい?」
「・・・その名前を口に出すな」
一瞬、白露の雰囲気が普段の元と真逆に変わる
凍てつく空気は背筋を鋭く撫でた
これ以上詮索するなら殺すと言わんばかりの視線を俺に向ける白露
それに臆してしまいそうになるが、それでも一つだけ聞いておきたいことがあった
「・・・白露はゆずにい、とやらの事を知っているのか?」
「ああ。知っているとも・・・「あれ」の存在が時雨を生かしてくれている事実だけは感謝しているよ。けど、同時に殺す可能性だってある」
白露は椅子から立ち上がり、会話と同時に食事を終えてしまう
いつも通りの笑みを浮かべたまま、普段の生活に戻っていった白露に若干の恐怖を抱きながら俺は残りの食事を無言で食べた
それからしばらくして、食事を終える
白露は先に大社に出勤したみたいだった。それを知ってなぜ安堵したかなんて言う必要はないと思う
あの時の白露の目は必要とあれば「ゆずにい」を殺す意志すら感じた
「・・・ごちそうさま」
未だに残る恐怖を押し殺しながら、俺もまた普段通りに振る舞う
天音さんに美味しかったことと、今までの感謝を伝えて俺も入社試験に向けて準備をするためにリビングを出ていくと、廊下に意外な人物が待っていた
「・・・紅葉さん」
「・・・時雨、か?」
「こっちに来て」
「え、ちょ・・・」
時雨に手を引かれて、俺は赤城家の二階。双子の部屋まで連れていかれる
そこに和夜の姿はなかった
「紅葉さん」
「なんだ?」
「・・・大社の入社試験を受けるんだよね」
「ああ。その為にこの家に居候させてもらっていた」
「受かったら、大社の職員なんだよね?」
「そうだ。ここには戻ってこないから安心してくれ」
今までのイメージがひっくり返りそうな話し具合に困惑しつつ、時雨の問いに答える
それを聞いた時雨は、俺に大きめの封筒を押し付けた
「・・・なんだこれ」
「開けないで」
封筒の中身を確認しようとすると、それを時雨に止められる
「開けたら紅葉さんが大変なことになるよ」
「そんなもん預けんなって。で、これをどうしたらいいんだよ」
「・・・これを、綾波伊奈帆さんに預けてほしいの」
「綾波伊奈帆・・・確か、第二部隊の司令官だよな」
今から受けに行く鈴海大社の特殊戦闘課・・・その重役の一人
白露とも縁深い人物だが、この封筒と彼女の関係性がますます気になる
「そう。ゆずにいの今の保護者だから。同時に、愁一さんの死の真相を追う人・・・これを持つのに相応しい人だから」
「・・・誰だよ。その愁一って」
「紅葉さんは知らなくていい。とにかくそれを誰にも知られずに綾波さんに預けて。お願い!」
半端押し付けられるように預かった封筒に入っているものはどうやらノートサイズの物のようだ
「・・・とりあえず。これを綾波さんに渡せばいいんだな」
「お父さんにバレないように。絶対だからね!」
「白露に?ああ、わかった。約束するよ」
時雨はお願いね、と何度も念押ししながら部屋を出ていく
それに入れ替わるように今度は和夜が入ってくる
俺がいるとは思っていなかった和夜は、俺の存在を認識して一瞬だけ驚く
「なんでここに紅葉が!?」
「時雨に連れてこられたんだよ。言っても信じられないと思うけどさ」
状況を正直に伝える。嘘は何一つ言っていない
信じられないような話だが、事実なのだから堂々としていればいい
和夜からどんな反応が返ってくるか身構えていたのだが、その反応は意外なものだった
「・・・信じるよ。時雨は父さんがいないから動いたんだと思うし」
「は?」
「・・・とにかく、それ、母さんにも見つからないようにね」
「そんなもん双子で預けるなって。で、俺は綾波さんに運ぶだけなの?中身教えてもらえないの?気になるんだけど」
和夜だったら教えてくれるかも、と期待を込めて聞いてみたが感触は浅い
「紅葉は馬鹿だからすぐに表情に出そうで、教えられないよ」
「人を馬鹿にするのも大概に・・・!」
「小学校にまともに通ってからいいなよ」
「それを言われると・・・」
ここに来てから白露の突貫勉強と星紋訓練の日々だったから以前よりはまともだろうが、私立小学校に入学するような和夜と時雨と比較するとアホな部類だろうと思う
「まあ・・・その中身を知ったら、時雨曰く「まともな生活はできない」らしいから。俺も聞かなかったんだよね」
「まるで知ってそうな素振りで何も知らないのかよ!?」
「いいじゃん。ところでもうすぐ八時だけど、出なくていいの?遅刻したら試験資格はく奪だよね?」
時計を指さし、和夜は時間を教えてくれる
時刻は七時五十分
そろそろ出ないと九時からの入社試験に遅刻してしまう
「ちゃんと教えてくれてありがとう。準備はすでに終えているから荷物を取るだけ・・・」
「受験票、リビングに置いたままだったって時雨が」
「何から何までありがとうな」
「どういたしまして」
和夜の見送りを受けつつ、リビングに戻ってテーブルの上に置いてある受験票を回収する
玄関前に置いていた荷物を背負い、靴を履き始めると、天音さんが見送りに来てくれた
「もう行くの?」
「はい。遅刻したら今までの努力が水の泡なので」
「気を付けてね」
「はい」
「落ちたら帰っておいで」
天音さんの言葉に悪意はない
落ちたらどうしようかと思っていなかったわけではない
絶対合格できる保証はない。落ちたらどうなるんだろうかと何度も考えた
でも、天音さんの言葉はその不安を一気に拭ってくれる
けれど、心意気としてはその言葉に甘えるわけにはいかない
「・・・はい。ありがとうございます。でも、そう言う意味で帰ってくる予定はないので!」
「じゃあ、里帰りかな?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「じゃあ、さようならは相応しくないですね」
「ええ。わかってる?」
「わかっています。いってきます!」
「頑張ってね!死なない程度に!」
「・・・はい!」
「気を付けろよ、紅葉!」
「・・・がんばれ」
二階から双子の見送り付き。それに手を振りながら俺は赤城家を出て鈴海大社へ向かう道のりを歩き始めた