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00-002:路地裏の紅鳥

風待つ鳥になる少年の物語は、密かに動き出す

彼らと出会うまで、あともう少し

青い鳥になる少年の物語は、ゆっくりと動きだした

彼らと出会うのは、まだまだ先の事

さあ、次は紅き鳥になる少年の物語

彼の第二の人生は、ここから始まっていく


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


十月二十七日

今日の夜は寒かったことを、今でも覚えている

夜も更け始め、満月が美しく空を照らしている

今夜も路地裏でひっそりと生きる子供たちの狩りが始まっていた

自分たちの住処である路地裏を巧みに使い、標的に定めた大人たちの所持物を盗み取る

それが、俺たちの「狩り」である

子供たちにとって自分たちを見捨てた大人たちは敵であり最高の獲物である

身に着けているものは金に換えられて、財布の中には子供にとって一ヵ月は普通に遊んで暮らせるほどの金が入っている


最初は多少の罪悪感があった

人を傷つけ、盗みを働き・・・犯罪に手を染める

良心が傷つかないわけではなかった

ある日、仲間の誰かが言った


『俺たちは悪いことをしているんじゃない。かつて俺たちが大人たちにされたことを覚えているか?俺たちは今、罪を犯した大人たちを制裁しているだけなのだ。そして、この金は天が恵んだ報酬だ』


その言葉は彼らの中から「良心」を綺麗さっぱりと消した

そして今に至る、というわけである

少しだけあった「良心」を消し、自分たちの正義の執行の為に免罪符を手に取る

そんな免罪符、効果があるわけないのに


この日も、いつも通りの手はずで盗みを働き、逃げている最中だった

しかし、失敗に終わってしまった

理由は至極簡単

今回の獲物が狩人だっただけ

そして、狩人だった子供はあっという間に獲物になった

狩人に狩りを挑んだ獲物はあっという間に狩人に捕獲されてしまった

もちろんそれは俺も例外ではなかった


俺は自分の倍もある身長を持つ男を睨み、後ろにいる仲間を守るように立っていた

目の前にいる中性的な容姿を持ち、朗らかに俺たちに笑いかけている男はまだ秋なのにコートを着込み、マフラーを巻いていた

見るからに怪しいこの男をなぜ標的に選んでしまったんだろう

後悔ばかりが募るが、今はそんなことを考えている暇ではない

・・・この男から逃げる時間を稼がなければならない

俺が会話でこの男の意識を引きつけさえすれば、俺以外は逃げられるはずだ

後ろの仲間が逃げられる時間は稼いでみせる

・・・それがミスを犯した俺にできる唯一の罪滅ぼしだ


「へえ、仲間想いなんだね。君は」


その様子を見て、男は拍手を送る


「普通だろう。この場所で一緒に暮らしている家族なんだから」


目をそらさないように言う

その瞬間、男の目が俺の目とあった


「・・・どうしたの?生まれたての小鹿のように震えてさ」

「震えてないし」


声を震わせながら、俺は意地を張る

本当は今すぐ逃げ出したい

それほど、この男は怖いのだ

顔が怖いとかそういうのではない

この男は笑うことで俺たちから警戒心を解こうとするが、それが逆に悪手となっているじほど、朗らかな笑みは非常に不気味なものだった

この男は、根本の部分が底知れない感じで怖いのだ


「嘘つかなくていいよ。怖いと思われるのは不快ではないからね。むしろ嬉しいかな」

「じゃあ快感なのか?嬉しいとか言ってる時点でかなりやばい変態かもしれないな?ここから少し行ったところに精神科の病院があるから診てもらえよ」

「・・・あのねえ、言っていい事と悪い事があるんだよ?」

「知っている。でも、あんたには何言ってもいい気がするんだよな」

「生意気だね。君」


眉間にしわを寄せながら男は声を震わせる

そう、その表情だ

この男には笑みは似合わない

似合うのは、今のような・・・無表情の中に怒りを秘めたような、表情だ


「よく言われるよ。元家族だった連中から何度も言われていた」

「君は、家族の記憶があるの?」

「ああ。つい半年前ぐらいかな・・・俺はあの家を出たからな」


そう告げると、男は急に俺をじろじろ見だし、ポケットから一枚の写真らしきものを取り出してそれと俺を交互に見る


「・・・かなり珍しい紅葉色の赤毛、翡翠色の瞳、歳は身長から見て大体十一歳ってところか・・・ねえ、君の名前ってもしかして・・・「みや紅葉あかば」って言うんじゃない?」


男が口に出した名前に、少しだけ動揺する

でもそれを悟られないようにすぐに平常心を取り戻し、男に問いかける


「・・・・どこでその名前を?」

「質問は俺がしているんだよ。先に答えてもらわないとその質問には答えない」

「・・・お前の言う通り、俺が二ノ宮紅葉だ。ほら、質問には答えたぞ。俺の質問に答えろ」

「そうだね。君が紅葉君だって分かったし、質問に答えよう。理由は君にもわかっているよね・・・二ノ宮家から君の捜索依頼が出された。君の名前を聞いたのは依頼の概要を聞いた時だよ。その依頼書類も見せていい。手元にあるからね」

「なるほどね・・・」


男は依頼書を俺に手渡し見せてくれる

その書類は何処にでもありそうな文書だが、下の方に「赤城白露あかぎしらつゆ」と「二ノ宮大葉(おおば)」と書かれたサイン

そして、おかしな形の判子が押してあった

・・・あの家で何度も見た判の形と全く一緒だ

大葉という名前は確か祖父の名前だった気がする・・・どうでもよくてすぐに忘れたが


赤城白露・・・それがこの男の名前か

白露が嘘をついている可能性は・・・低い

しかし、今更あの家がどこかに依頼して俺を捜索しているというのは変だな

何か、俺がいないと不都合なことでもあるのか?


「ありがとう。とりあえずあんたが俺をあの家に連れて帰ろうとしていることはわかった」

「話が早くて助かるよ。他にも聞いておきたいことはない?例えば、どうして今更捜索なんか始めたか知っているか?とか」

「聞きたいが・・・あんたは知っているのか?」

「うん。この鈴海すずうみで時代が変わりそうな気がする話だったからね。一言一句聞き逃していないよ」


鈴海の時代が変わりそうな話・・・ねえ


「鈴海」は俺たちが今いる島である

ある魔法使いが創ったと言われるこの島は、現在五つの家で統治されている

それらの家は「五鈴いすず家」と呼ばれ、俺の実家でもある二ノ宮家も「五鈴家」の一つである

鈴海を創った家である「椎名しいな家」に従い、「久世くぜ」「綾波あやなみ」「十塚とつか」「二ノ宮」で、役割を作り、鈴海の発展に務めたと言われている


そしてこの島に住む人間は皆、特殊な力を持っている

しかし「二ノ宮家」は鈴海に住む唯一のその特殊な力を持っていない家だった

鈴海という島で、普通の人間として生活していた二ノ宮家にある一つの転機が訪れる

それが今から十二年前

二ノ宮紅葉という例外が産まれるまでは、二ノ宮家も普通だったのだ


「・・・聞かせてもらってもいいか」

「いいよ。今の二ノ宮家はね、鈴海の在り方に不満を持っているんだ。現状維持を中心に動いている椎名家を潰そうと画策しているみたいなんだよね。その為に必要なのが君だった」

「どうして、俺が?」

「椎名家はね、今世継ぎが一人で、病弱で入院しているんだよ」


その話は聞いたことがある

先代の椎名愁一しいなしゅういちが他界する前から、息子の話は耳に入ってきていた

何でも、心臓に疾患があるらしい

成人まで生きるだろうが、長くはないだろうと言われていたのを覚えている

同時に、両親がその日が反旗を翻す日だとも


「彼は毎日診察の為に、その病室から近くにある診察室まで廊下に出てくるから、その時に君の「その力」で殺せるのではないかと考えたのが君の家族。君の捜索なんて、そんな理由で申請されたんだよ」


白露は溜息を吐いて、そう述べた


「つまり、俺に椎名の世継ぎを殺して政権交代の一手を打てと言うことか」

「ああ。そして任務達成の暁には君にも死んでもらうらしい」

「・・・最悪だな」

「ああ。最悪だよ。俺も一応父親だからさ、子供を大事にしない親って最低だと思うんだよ」


うんうんと頷きながら白露は言う


「意外だな。未婚かと思っていた」


思った事が口に出てしまう・・・悪い癖だな。本当に

それに反応した白露は、再び眉間にしわを寄せる


「二ノ宮家の人間は皆君みたいに失礼な人間なのかな?」

「これは癖みたいなもんだ。思った事がすぐに口に出てしまう。あの家で唯一褒められたことだが、直さないといけない。不快にさせてごめんなさい」


思った事は高確率で人を傷つけた

あの家ではそれを褒められていた

「「星在り」を貶すのはいい事」だと教えられてきた

親に褒められたのが嬉しくて、俺は思った事をずっと口に出してきた

それが悪いことだと知ったのは家出してこの路地裏に来てからだ

今も酷いが、ここに来た時よりは遥かにマシになっている

・・・将来的にこの癖が直るように頑張らなければ


「直そうという意思があるだけ君はマシなのかもね」

「まあな」


褒められたことがむずがゆくて、そっぽを向く

褒められたのは何年ぶりだろう

俺が星在りとして開花してから、褒められるどころか貶されるばかりだったから


「念のため確認しておくけど、君は星在りでいいんだよね?」

「ああ。具現化は、できないけど」


この鈴海という島は特殊能力者が住まう島だ

魔導師や超能力者などいるが、俺はその中で「星有り」・・・「星導師せいどうし」と分類上呼ばれている

星導師は「星紋ステラリープ」と呼ばれるものを体内に宿している

そして、それを動力に自分の心の中の願望を武器として具現化することができるのだ

それは武器の形をしていたり、当たり障りのない日常にありふれた道具だったりと、その使用者の願望に合わせて形を変え、能力も変わっていく

いうなれば「進化する武器」を持っている


大体の子供は誕生した時から星を使用することができる「先天的星使い」と分類されるが、極稀に後天的に星を使用できるようになる「後天的星使い」と分類される子供がいる

後者に当てはまってしまったのが、俺だった

不幸な運命的な奇跡。それが俺の身に起こったことだった


「・・・ねえ、二ノ宮家って「星無し」の家系だよね?」

「ああ、そうだぞ」

「なんでそんな家系に君みたいな子が生まれてきちゃったんだろうね」

「・・・運が悪かったんだよ」

「二ノ宮家は特殊能力者を嫌っていることで、鈴海内で有名だからね。流石「本土」との交流を全面的に任されている五鈴家。それ故、噂話に影響されやすい人間・・・君のお母様みたいな人がいると厄介だよね・・・本土の排斥をここまで持ち込んでさ」


確かに、あの家で一番星紋を嫌っていたのは母だったと思う

でも、鈴海内でそんな話は聞いたことがなかった

つまり、それは本土内では有名な話ということではないだろうか

なぜ、白露は本土の事を知っているのだろうか


「あんたは本土の事を知っているのか?」

「ああ。仕事で言った事があるからね。ただの星導師の俺は椎名家が安全保障してくれるからって言うから仕事で行ったけど・・・権力のある家が後ろについているのはいいよね。本土のお偉いさんが全員俺に頭を下げたよ。機嫌を損ねると椎名家からお仕置きがあるかもしれないし。でも、それがなければ俺たちはただの石ころさ。迫害される。害悪だと言われる。差別って怖いね」


白露は左の袖をまくって、左腕を見せてくれる

それは、あざだらけで、何度も縫い付けたような跡があった


「見せられるようなものじゃないけどさ、これは仕事でついた傷じゃない。昔、本土に憧れて不法侵入したときにつけられた傷だよ。何度も蹴られて、刺されて・・・痛かった。でも、あの時不法侵入したおかげで今の奥さんと出会ったんだー。可愛い双子にも恵まれてね」


袖を戻しながら、白露は笑顔でそう述べる

今度は取り繕った笑顔ではない。心からの笑顔だ


「・・・何でそんな風に笑っていられるんだよ」

「笑うしかないからだよ」


俺の質問に白露は瞬時に返す

答えだけではない。幸せそうに浮かべていた笑みも、瞬時に消し去り無表情に戻った


「・・・そういえばさ、君に会ったら聞こうと思ってた事があるんだ」

「なんだよ。一個だけだからな」

「それで十分だよ。ねえ、二ノ宮君。君は二ノ宮家に帰りたい?」


先程の話は続けたくないのか、白露は強引に話を切り替えるために俺に質問をしてくる


「帰りたくないさ、あんな家」


吐き捨てるように言うと、白露は「その言葉を聞きたかった」と言って再び笑い出す


「君は全てを捨てて、ただの二ノ宮紅葉になりたい?」


小さく笑う顔が、月明かりに照らされる


「なりたい。星を持っているだけで存在を否定されるあの家に帰るぐらいだったらなんだって捨ててやる。身分も、人生も何もかも」


白露をまっすぐ見つめながら俺は断言する

それが、俺の今後の人跡を決める選択の答え

赤城白露と出会ったことで、俺はただの二ノ宮紅葉となり、星導師としての人生を歩み

そして、生涯の友人、そして戦友と呼べる夜雲やくもと譲に出会うことになる選択の始まりだった

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