00-001:病室の青鳥
「鈴海御伽噺・創始の魔法使い」序文
かつて、魔法使いが住んでいた国が存在していました
「パスカル魔法帝国」
そこに住んでいた一人の魔法使いの青年
名を「シルヴィア・ユージュリアル」
彼はある一つの願いを抱きました
そして、それを叶えるために一つの島を作りました
それが私たちの住む「鈴海」の始まりなのです
これは、彼が鈴海を作るまでのお話です・・・・
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月明かりが窓から差し込む深夜
薄明かりの中で読んでいた鈴海御伽噺集の本を、あいつは閉じて雑に放り投げる
「つまんないの」
暇つぶしになるかと思いきや、全然だったようだ
十歳の子供にしては、聡明なあいつはこんな子供の絵本じゃ満足できないようだ
少しぐらい、童心を抱いていてもいい歳だと思うのだが・・・世界があいつにそれを許さなかった
親の庇護を失ったあいつは、強くなりすぎた
あいつは誰かを頼る事を忘れてしまったから、自身が抱く心の弱さを隠すようになった
あいつは右腕に刺さった「それ」を引っこ抜く
あいつの命を繋ぐための、透明な管を伝う液体は行き場をなくしてしまい、それでもここに居た証明を残すように真白のシーツにシミを作る
『おい』
流石に見ていられなくなって、俺はあいつに声をかけた
「なに」
あいつは俺がいるのが当たり前のように返事を返す
本当なら、この部屋にはあいつ以外の人間はいない
俺は「ある一族」しか視認できない・・・鏡の中の「偶像」なのだから
『ちゃんと点滴・・・だっけか。つけとけよ』
あいつは体がとても弱い
この部屋にいるときはいつも、点滴を付けさせられている
本人は嫌がるが、これもあいつが健康になるために必要なものだ
だから、我慢させないといけない
あいつが苦しんでいる姿なんて見たくない
俺はそれを鏡の中から見ることしかできないから・・・何もしてあげられないから
とても、悔しい
『俺はお前に生きてほしいんだ』
「嫌だ」
『だから今から看護師さん呼んでそれ付けなおしてもらえ』
「嫌だって言っているよね。話聞いてる?」
『聞く訳ないだろ』
「あっそ・・・それに君が僕に生きていてほしい理由なんて、どうせ自分の一族を滅ぼさせないためでしょう?」
『そうじゃねえ』
「じゃあ、なに」
俺に、あいつは問う
至極簡単に、想像が容易いことをあいつは俺に問う
そんなことすらわからないのか
そんなことすらわからなくなってしまったのか
俺がお前に生きていてほしい理由なんて、ただ一つなのに
『お前は、譲は、きっと世界を変える魔法使いになれるから』
もう一つの理由はまだ隠しておく
「それ」はいつか俺が譲の前から消える日に言ってやるのだから
訳の分からない返答に、譲はため息をつきサイドテーブルの手鏡に手を伸ばした
そして、鏡面を下にする
俺の視点では何も見えなくなってしまう
布が動く音がしたことから、おそらく譲は布団をかぶりなおして、寝たのだろう
『おやすみ』
譲に声をかける
どうせ聞こえていないというか、聞く気はないだろうけれど・・・一応声をかけておく
もう、譲には俺以外におはようも、おやすみも言い合える人間がいないから
『・・・ご先祖殿』
『その呼び方、堅苦しいからやめろって・・・「ピニャケル」』
前言撤回。もう一匹いた
黒羽の大鳥・・・正式個体名「ピニャケルストレリングトロメア」が、嘴で鏡を表にしてくれる
そして、黒豆のようなつぶらな瞳で俺を覗いてきた
この鳥は「カラス」によく似ているが全く異なる生命体だ
眠る譲の為に作られた、譲が使役するための「使役鳥」
こいつが俺を視認できる理由は、譲が持つ「一族の「魔力」」を食らって生きているからだ
『寝たのか』
『主は眠った。記憶が消えた今はとても寝つきがよくなられた』
ピニャケルは棚から飛び降りて、譲の顔の近くに座り込む
そして彼も寝る体制を整え始める
『我も眠る。主の側で』
『そうか。なあ、ピニャケルよ』
『いかがなされた』
『譲の頭は卵じゃねえからな。抱卵すんなよ』
『心得ている』
『それと看護師、呼んでくれ。点滴外したまんまだから』
『心得た。ご先祖殿』
『だからその呼び方やめろ』
譲を起こさないように、小声でピニャケルと話す
ピニャケルがコールボタンを嘴で器用に押し、看護師さんを呼ぶと、すぐに看護師は駆けつけてきた
「もう、譲君。また点滴外して・・・って、眠ってるのか」
看護師は手際よく譲の腕に再び点滴を付ける
「よかった、起きなかった・・・呼んでくれてありがとうね、ピニャケル君」
「ぴぃ(これぐらい、当然ですよ。水さん)」
喋っているのがばれたら厄介だから、とピニャケルは鳥の真似をして看護師と会話する
この看護師の名前は確か「深見水」
譲が唯一懐いている看護師だ
「ねえピニャケル君。一つ聞いてほしい話があるんです」
「ぴ(なんなりと)」
「私、もうすぐこの病院を辞めちゃうんですよ」
「ぴい?(水様が?なぜ?)」
「この前ですね、前からお付き合いしていた方にプロポーズされたんです。寿退社というのです。寿退社ってわかるのかな・・・?」
「ぴ!(それはおめでたい話でございますね。おめでとうございます!)」
「けど、譲君が心配なんですよね。私以外とはまともに話をしないと言いますし」
「ぴぃ・・・(そうなんですよね。どうしましょう・・・)
「やめても会いに来ます。明日にでも譲君にそう伝えますから、ピニャケル君も安心してくださいね」
「ぴぃぴ!(それはそれは・・・ありがとうございます。水様)」
「私は譲君の側にはいられないけれど・・・貴方は、ずっと譲君の側にいてあげてくださいね、ピニャケル君」
「ぴぃ!(言われずとも!)」
「では、また明日来ますね。おやすみなさい」
「ぴぴぴ(おやすみなさい、水様)」
水とピニャケルは会話を終え、彼女は病室から出ていく
ピニャケルもその後、顔を背に埋めて寝始める
俺は特にやることもないので、うっすらと視界に映る空を眺めた
ゆっくりとまた夜は更けていく
「・・・明日は、また変わらない日々を送れるかね」
そんなことを思いながら、俺も生きていた時の習慣と同じように横になって目を閉じる
しばらくすると、全く眠気何てなかったはずなのに自然に眠りに落ちていった