29.神託
役割分担はソフィアさんがアルドの護衛を行い俺とスザンナさんは神託を手伝うことが決まった。場所は北の島ノーザン・エーリスで神託は行われる。先に神託を受ける王子のカルロス・シルヴァは北の島のアルド・シルヴァの家にいるらしい。港に向かい北の島の便を待つ。天気は晴れていて波も穏やか。恐らく欠航はない。
貸し切りの船の中で神託についての説明を受けた。
神託は神から受けた課題を解決する試験であるが、神と人間の間には仲介者がいてそれは海の魔女が務める。海の魔女に会うまでにもパズルを解かねばならない。解いた後、海の魔女から課題の内容が通知される。それが完了したら証として瑠璃の王冠を手渡され戴冠すれば神託は完了する。
安全に船旅を終えてノーザン・エーリスに降り立つ。アーロン像は槍投げ選手の様に体を大きくひねりながら轟の槍を持っている。躍動感凄まじいこの像は視界に入ると思わず立ち止まってしまうほどの存在感を放っていた。
港にはもうすでに馬車が到着していてアルド邸に向かう。
港から馬車で20分ほどの場所にアルド邸はあった。領主の屋敷の割には少し小さく、質素な内装や庭から彼の豪華を嫌う性格を感じ取ることができる。
コウスケとスザンナは応接室に通された。この屋敷にしては珍しい鯨の銀細工が施されたソファにカルロスは座っていた。王子は金髪に青い目をした年相応の少し高い声に年相応の容姿をした少年。群青色の服に白いマントを羽織っている。
「初めまして。私がカルロス・シルヴァである。」
「…お初にお目にかかります。スザンナ=クルスと申します。」
「初めまして。トダコウスケです。」
「お前たちが今回私の供をする者だな。」
「…はい。おっしゃる通りです。」
多少高圧的に振る舞っているが父親が危篤となっていることが気になるのか目が泳いでいる。その目からは初対面の俺ですらわかるほど不安が感じられる。
そりゃそうだ。親父が危篤になってから突然『王様になるために強くなって来い』と言われても困る。ただでさえ親父の事が気になるから試験に集中なんてできそうにない。たとえ成功したとしてもその肩に国がのしかかる。これで不安に思わない人間なんて多分いない。どこまで彼が理解しているのかは俺は知らないが恐らく不安に押しつぶされそうなのだろう。
「本当に大丈夫なのか?お前たち。」
その不安が言葉になって現れる。俺たちを値踏みして言っているわけではなく単純に大きな不安が彼にきまとっているんだろう。声は嫌味ではなく素朴な疑問として発していた。
「…大丈夫です。カルロス王子。こちらの男は薔薇の魔女討伐作戦を生き残った優秀な騎士です。私も彼のサポートをすることができます。二人で戦い負けたことなどありません。ですから安心なさってください。」
スザンナさんが優しく少年に語りかける。…二人だけで何か行うことも初めてな気がするが。物は言いようだ。
「わかった。今回はよろしく頼むぞ。コウスケ。スザンナ。」
少年は俺たちの目を見て少し弱い声で言った。
***
魔女の部屋につながる場所はノーザン・エーリスの中央部にある神殿から行くことができる。神殿は大理石で作られた荘厳な作りとなっている。普段は立入禁止区域であるが今回は特別に入れてもらうことができた。俺たち三人で神殿に描かれている魔法陣からテレポートして魔女の家に向かう。
魔法陣の場所は魔女像が目印。人魚の彫刻が施された白い扉の前にあった魔法陣の上に乗ると薄い水色に光って広間へとテレポートする。
移動した先には石の台座があり、同じような人魚の彫刻がある群青色の大きな門が待ち構えていた。左手を見ると石の棚が置いてあって床には十二の動物の彫像があった。
牛、虎、ネズミ、竜、蛇、ウサギ、羊、猿、馬、犬、ニワトリ、イノシシの石の彫刻が置かれていた。門に書いてある文字を見るとこの暦を正しい順に並べよと書いてあった。
「…動物を暦順に?いったいどういうこと……?」
「俺、多分これ分かります。」
これって十二支だよな。多分。
「…わかるんですか!?」
「俺の国で使われている暦?です。多分覚えてると思います。」
十二支をネズミ、牛、虎、ウサギ、竜、蛇、馬、羊、猿、ニワトリ、犬、イノシシの順に並べ替える。すると扉が開いた。
「お、開きましたよ。」
「…すごいですね。コウスケって魔女と同じ国の出身なんですか?」
「そう…多分違うんじゃないですかね。」
確かにこの問題を魔女が考えているなら俺と同じ世界から来た可能性もある。まあ世界も広いし偶然の一致ってことだと思うけど。
開いた扉の奥からまばゆいほどの藍色の光があふれていた。俺たちはその奥へ足を進める。魔女の家のエントランスホールは純白の壁に鮮やかな群青色の床、部屋の中央にある六角形の台座の上にある一人用のソファに誰かが座っている。
開けた扉が閉まると部屋の床から薄い群青色の明かりが灯る。
「こんにちは!ようこそ!魔女の家へ!私が海の魔女のイワクラヒトミ。よろしくね。」
ボブカットの黒髪、茶色の目、イワクラヒトミと名乗った魔女は元気な声で明るい笑顔をこちらに向ける。彼女は胸元に赤いリボンがある黒いセーラー服を着ていた。
「初めまして。私はカルロス・シルヴァだ。」
「…スザンナ=クルスです。」
「トダコウスケです。こんにちは。」
名乗ると同時に魔女は俺の方に好奇の視線を移した。
「ひょっとして、問題を解いたのってコウスケさん?」
「そう…ですね。」
魔女は目を輝かせた。
「もしかしてだけど、出身地どこ?」
「二ホンです。」
魔女は嬉しそうに手をパチパチ叩く。魔女は椅子から立ち上がってこちらに走ってきた。
「私も!私も出身地一緒なの!え、こんな事ってある!?ねえ歳いくつ?」
「17です。」
「私18歳!え~~ホントにそうなんだ!!一個下なんだ~!高校生?どこ高?」
この魔女結構ぐいぐいくる。
魔女のセーラー服の首についている校章をちらっと見る。銅色の羽のワッペンにアルファベットでBIKOUと書いてある。あれ?俺の高校と一緒っぽくね?
「ひょっとして、イワクラさん美羽高校ですか?」
魔女がはじけるような笑顔を見せてぴょんぴょん跳ねる。
「そう!美高!え!?マジなの!?そんなことある!?噓でしょ!?」
「スズパンって知ってます?」
「知っている!知ってる!鈴木パンだよね!メガネかけてる人が店主の!アンパンすごくおいしいよね!」
「ナゾマルって知ってます?」
「知ってるよ!銀のやつでしょ!本当に何であるんあろうね。アレ」
本当にこの人は俺の先輩みたいだ。ハイテンションを維持して大きな声で喋っている魔女と名乗った彼女は。思わぬ同郷出身かつ高校の先輩のようだ。思わぬ遭遇にかなり驚いていると肩をちょんちょんと誰か叩いた。
「…コウスケは魔女と関わりがあったんですか?」
「いや。初対面の人ですね。」
「そうそう。初めましてって感じ。」
釈然としない顔をスザンナはしている。
「…コウスケの故郷は魔女が多くいる?」
「そんなこと無いとは思うんですけど。」
コソコソ喋っているとカルロスが後ろから大きな声をあげた。
「魔女よ。私たちは神託を受けに来た。神託の内容を教えて頂きたい。」
「そうなんだ。神託受けに来たんだね。ちょっと待ってて。」
そう言うとイワクラさんは少し落ち着いた様子になった。空中に拳ほどの大きさの石版をいくつか並べた。イワクラさんの前にはノートほどの大きさの石版が浮いていてタブレット端末を操作するように指を動かしながら彼女は石版に触れている
「神託は小っちゃい石版に書いてあることをクリアしてもらうよ。それから私が部屋の鍵を開けて瑠璃の王冠をあげる。そういえば誰にあげればいいの?カルロス君?」
「…そうです。」
「そっかー。ならカルロス君が選んでね。何でもいいよ。…とその前に。」
魔女が指を鳴らすと空中の石版が三人の前にやってきてその場で止まる。
「コウスケ君とスザンナちゃんはカルロス君のサポートで来たのかな?」
「…そうです。」
「オッケー。じゃ、三人とも触ってみて。」
促されるままに触ってみると石版がそれぞれに淡く光る。スザンナさんは灰色。俺は白色。カルロスは紫色に輝く。すると石版はそれぞれの心臓に向かって飛んでいき体の中に入っていった。
「よし。これで準備OKだね。神託を受けるのはカルロス君。サポートは二人。スザンナちゃんとコウスケ君。これで大丈夫?」
「…大丈夫です。」
「じゃあこれで登録してっと。そうだ!何か質問ある?」
「質問いいですか?」
「どうぞ。コウスケ君。」
「さっきの石版はいったい…?」
「神託を受ける上での受験票?みたいなものかな。神託が成功でも失敗でもちゃんと証明できるように心の近くに入れてもらうよ。でも大丈夫!ちゃんと神託が終わったら体の外に出てくるし、何も健康に悪影響を及ぼしたりしないから安心して。」
「…光の色は何か意味があるのでしょうか。」
「うーん。カルロス君はあるけど。二人にはあんまりかも。えっとね。あれは魔力の色で火だと赤。水だと青。空気だと白色。土だと茶色って感じかな。複合してると合わせた色になってるって感じ。全部持ってると灰色になるよ!あとほぼないけど資格がないと黒く光るよ。まぁ黒く光りそうな人は喋った感じでなんとなくわかるけどね。」
「…ありがとうございます。」
「うん。いいよ~。あ、登録が終わったみたい。それじゃあ試験の内容を決めてもらおっか。」
今度は石版が一直線にカルロスの前で五枚並ぶ。カルロスはその中から真ん中の石版に触れた。すると石版は神秘的な紫色の光を淡く放った。
「んっとね…。これは…死霊屋敷かな。」
空中に浮いた石版をまるでスマホを触るようにイワクラさんはタップする。すると石版の光は壁に投射され大きなさびれたこげ茶色の屋根を持つ白い洋館が映る。
「ウエスタン・エーリスの北のはずれにある森の奥にあるのが今回の試験の場所。死霊屋敷。。見てわかると思うけどもう誰も住んでない屋敷なんだ。けど、この屋敷にはいっぱいアンデッドがいるんだよねぇ何でかって言うと中に紫闇の門があるらしいの。」
「紫闇の門!?」
スザンナさんが驚く。
「そ、紫闇の門。スザンナちゃんは知ってるんだね。」
「…はい。」
「で、その紫闇の門のせいでアンデッドの巣窟になってるんだけど私の魔法で外に出れないようにはなってるんだ。中にも入れないようにしてるはずなんだけどね。…最近、ウエスタン・エーリスで行方不明者が増えてるらしいんだ。どうも調べてみると事件はウエスタンの北の方でよく発生してるみたい。多分、この死霊屋敷と何か関係あるんじゃないかなって思って調べたら死霊術師?ネクロマンサーって言うのかな?エミディオって人がその結界を一部壊しちゃったらしいの。中から外には出れないから街にアンデッドがあふれたりはしないんだけど本当は私が結界を張りなおさなきゃいけないんだけど。ゴメンね!私はここから外に出ることができないから結界を張りなおすかエミディオさんにどこかに行ってもらいたいんだ。できれば紫闇の門を壊してくれるとありがたいかも!」
涼しい顔して告げるイワクラさんにスザンナさんは小声でつぶやいた。
「…噓でしょ。紫闇の門…。」
その声やひきつった顔からスザンナさんが不安を感じていることはよく分かった。
***
魔女の家の廊下の透明な天窓は真昼の日差しを目いっぱいに通している。俺は白亜の廊下を海の魔女とともに歩んでいた。
死霊屋敷へは海の魔女イワクラヒトミの作った魔法でテレポートで向かう。それまでの期間魔女の家で過ごすことになるがそれぞれに部屋があてがわれる。
神託を受ける人間は終了するまで試験を受ける場所と海の魔女が用意してくれた部屋以外立ち入ってはいけない。
「ここが浩介君の部屋だね。ゆっくりくつろいでて。」
「ありがとうございます。」
「いいって。それが私のやることだし♪リクエストあったら何でも言ってねー。」
「うわぁ…すげぇ。」
あてがわれた部屋は俺のかつていた部屋と似たような作りをしていた。この世界であまり見ることのない畳、茶色毛布の敷布団、近くにあるコンセントには充電器が置いてあって手元にあったスマホをつないでみる。すると久しぶりに見た充電画面を見てとても懐かしく感じる。黒色の勉強机にある教科書。隣の本棚にはマンガが備え付けられている。どれもこれも俺が知っているのような作品ばかりだ。
俺はスマホの画面を開く。すると俺のスマホが再現されていてロック画面やスマホに入れていた動画アプリやソシャゲが映った。もちろんこの世界では通信できないからすぐにスマホを充電器のところへ戻す。そして俺は本棚からいくつかマンガを持ってきて床で胡坐をかきながらくつろごうとした時だった。
「そうだ!コウスケ君!ちょっといい?」
「うわっ!」
俺の心臓から光が出てきてイワクラさんが立体映像となって俺の目の前に姿を見せる。突然予想もしてなかった人が目の前現れたことに心臓がバクバクなる。
「驚かせちゃってゴメン!あのね…少しだけ話があるの。」
「どうしたんです?」
「魔女の売人って知ってるの?」
イワクラさんの問いに俺はピクリと動く。
「はい。知ってます。」
「そうなんだ…。」
彼女は申し訳なさそうに俯く。
「最近、会うことができてね。そこで浩介君のことちょっとだけ聞いたんだ。年代が近い高校生ってことは聞いてたけど、びっくりしちゃった。まさか同じ高校だったなんてね。陸上部ってことも聞いたんだ。それでね…浩介君。ちょっとだけ教えてほしいんだけど、歌ちゃん…。大石歌って子と同じだよね。仲良かった?」
「…良くしてもらった方だと思います。」
「あのね。私、歌ちゃんと知り合いで…っていうか。その…私のことどういう風にみんなに伝わってるのかなぁって。」
「えっと…。」
話から推測するにイワクラさんは最近行方不明になったバスケ部に入ってた大石先輩と仲良かった先輩なんだと思う。
メールが届いた日は今まで部活休んだことない先輩が休んで来なかった記憶がある。小原から聞いた話だと先輩はビラ配りに協力してたという話も聞く。学校の廊下ですれ違った時もいつも元気そうな先輩が下を向いて歩いていたような記憶がある。
「イワクラさんは…。多分、行方不明って伝わってると思います。」
彼女は寂し気に視線を右下に移した。顔は曇っていた。そして自分を納得させるようにゆっくりと首を縦に二回振った。
「そっかぁ。教えてくれてありがとう。そうだよね。うん。心配かけちゃってるんだ。そっか。…そうだ、歌ちゃん元気?」
彼女は下を向いて暗い声で聞く。
「……俺の知る限り、…全然です。」
「そうなんだね。ありがとう。早く歌ちゃんに連絡しないとな~。」
顔を上げてさっきの暗さが全てうそであるかのように笑顔で明るくおどけて話す。彼女は無理をして元気に振る舞っているように見えた。
「…すいません。」
「大丈夫!大丈夫!私から聞いたことだし。気にしないで!」
イワクラさんはパチンと手を叩く。
「そうだ!大切なこと忘れてた!魔女の売人から連絡なんだけどね。居場所を教えるから来てほしいって。頼みたいことがあるって言ってた。これが終わったらちゃんと伝えるね!じゃねー。」
彼女がそうい言うと光が薄くなって姿が見えなくなった。それと入れ違いに扉を三回誰かがノックした。
「…スザンナです。少しだけ時間ありますか?」
「はい。大丈夫です。」
「死霊屋敷について話があります。…会議室という所で待っているので準備が整ったら来てください。場所はコウスケの部屋のちょうど向かい側になっています。よろしくお願いします。」
「はい。了解しました。」
スザンナさんとの話し合いは魔女の家の会議室というところで行われている。会議室は教室のような作りになっている。黒板や木製の教卓、その他の椅子や机が30人分用意されていて、教卓の目の前の席に俺とカルロスが腰かけた。スザンナさんは黒板に黄色や白色のチョークを使ってアンデッドについて記していた。
『アンデッドとはゾンビやスケルトンといったモンスターのことを指す。基本的に何かの死体に無理やり魂をねじ込んで甦らせることでアンデッドは発生する。はたから見ると蘇生したかのように見えるが皮膚が青くなったり何かツノが生えたり死体だった頃と違いが出る。』
「…黒板に書いたアンデッドのことで質問があればいつでも聞いてください。」
「いえ。特にないです。」
「私も今のところないな。」
「…わかりました。それでは紫闇の門について軽く触れたいと思います。」
紫闇の門はそのアンデッドを作るために欠くことのできない施設であり、ゾンビやスケルトンを使役するネクロマンサーにとってはそれがある場所は聖地と呼ばれる。怨嗟などの負の感情が集まりやすい場所の中に自然発生する。
紫闇の門を簡潔に説明すると魂を逆行させる冥府の門である。冥府の門とは魂を冥土と現世とつなぐ門である。生物が死んだとき、肉体と魂の分離が発生する。その時に魂は冥府の門をくぐり冥土へと向かう。冥土で魂は一度休息を与えられて来世に備えると言われている。冥府の門は一方通行で現世から冥土へ向かう方向にしか開いておらず、一度冥土へ旅立てばその魂は普通戻らない。
ただ、紫闇の門は現世で死を迎えた魂を冥土へ送る役割を果たさず、冥土にさまよう魂を現世に連れ戻す。普段の冥府の門とは全く逆の役割を担っている。ただし逆行して戻ってきた魂は門をくぐった時に前世の記憶をなくす。現世での自分の名前でさえも。
ネクロマンサーはその無垢の魂を原料としてアンデッドを発生させる魔術師である。紫闇の門を通じて連れ戻された迷える魂に体を与える。肉のある死体や土くれに魂が宿ればゾンビとなり、骸骨に宿ればスケルトンとなる。
「…だからこの門を通ってきたゾンビやスケルトンは全てを忘れてさまよう怪物になってしまいます。自我がなく、ネクロマンサーの意思によって操られる怪物に。紫闇の門を通ってきた無垢の魂はネクロマンサーの手によって意味を与えられます。ネクロマンサーを守るために戦うアンデッド。ネクロマンサーのために人を襲うアンデッド。ネクロマンサーのために死体を探しているアンデッドなど様々です。」
スザンナさんの声に熱が入る。
「本来なら冥土でゆっくり休んで来世に備えることができるはずなのにアンデッドになって現世で未来なくネクロマンサーのために尽くすことは紫闇の門を通ってきた魂たちもしたくなかったはずです。元居た場所へ帰ってゆっくりと魂を休ませるためには魂と肉体を分離させます。元々一致していない肉体と魂は外部からの衝撃で案外すぐに結合を離れて元居た場所に帰ってもらうことができます。体に直接攻撃をしなくても体がよろめく位の風で離れてもらうことができます。一人でも多く魂を休ませてあげましょう。」
「どう?話し合い順調に進んでる?やっほーヒトミでーす!」
スザンナさんの話がひと段落着いた頃ピースサインを決めながら立体映像で彼女が現れた。
「魔女!?どうして?」
「そりゃあ私、一応試験官だし?実際に見聞きして神託の行方を見守らないと。それとカルロス君。私のことはヒトミって呼んで。」
「ヒトミ…どうしてここに?」
「そりゃあ…心配だからでしょ!スザンナちゃんがアンデッドの知識を持ってるとは思ったけど万が一なかった時に私が何とかしないとね!でも黒板見る限り大丈夫そうだね。そうだ!何か質問あるかな?さっきの説明じゃ雑だったかなって思って!」
「…ヒトミさん。一つ聞きたいことがあります。いいですか?」
「ん?なになに?いいよ。何でも聞いて。」
「屋敷の地図はありますか?できるだけ戦闘を避けてエミディオのところへ行きたいので。それとと推測されるエミディオの居場所を教えて欲しいです。」
「いいよー。あとそれじゃあちょっとだけ教卓借りるね。」
イワクラさんは四つ折りに畳んだ紙の地図を三人それぞれに渡した後、教卓に白い石を置く、その石からプロジェクターのような水色の光が漏れて白い壁に映像が浮かび上がる。そこには手元の神と同じく屋敷の見取り図が記されてあった。
「多分ワープすると三人は中央の玄関じゃなくて東の玄関に移動になると思うんだ。」
画面が切り替わり、薄暗い部屋が浮かび上がる。そこには老人の顔が描かれた大きな肖像画が険しい顔をしてこちらを睨んでいる。
「この肖像画が目印だよ。で、ここからなんだけどエミディオがどこにいるかは正直言ってよくわかんないけど多分紫闇の門の近くにいると思う。いなくても門を壊せばアンデッドの受給が止まるからそこに向かってほしい。で、その紫闇の門はどこにあるかって言うと3階にある星影の間ってとこにあるんだ。中央玄関の真上にある部屋だね。とても大きな部屋で3階の扉は大体その部屋につながるから3階を目指してほしい。そこで私を呼んでくれたら結界を張り直すよ。でも、ゴメン!門の破壊はできないからそれはみんなに頼むね。それからエミディオを屋敷の外に追い出すか紫闇の門の破壊が確認出来たら神託は終わり。帰ってこれるよ。」
その後画面は地図に戻る。
「で、3階に行くまでなんだけどね。階段がいくつかあるんだ。東の階段と西の階段と中央の階段。3階に繋がってるのは中央のだけだから最短ルートだと東の階段から中央の階段に移動して向かうってことになると思う。」
「…ありがとうございます。」
「エミディオを見つけた時は屋敷ごと吹っ飛ばしても大丈夫だから!それと神託を受けてる間は私の魔法で守れるから死なないしアンデッドにならないようにするから安心して頑張ってね!」
「魔…ヒトミ。一つ質問いいか?」
「カルロス君。いいよー。」
「神託が終わって帰ってきてどれくらいで瑠璃の王冠をもらえる?」
「えーっとね。神託が終わった後はここに帰ってきて…。そうだ!私が魔法陣で保管場所に連れて行くんだ!どこにあるかは詳しく言えないけど。時間にもよるけどその日のうちに渡せるんじゃないかな。」
「そうか…。」
「他は…なさそうだね。ま、とりあえず心臓の石版にさっきの地図送っておくから。」
すると魔女は白い石をしばらく触ると俺の頭に直接さっきの地図が流れ込んできた。
「どう?みんな大丈夫?」
三人は頷く。
「良かった。それじゃあ早速だけど明日。死霊屋敷に向かってもらうからよろしくねー。今日はいっぱい休んでね。それじゃあおやすみなさい。」
そういうと魔女は消え去った。俺たちも明日に備えるためにそれぞれの部屋に帰った。
翌日の朝、魔女の家のエントランスホールに紫色の魔法陣が描かれていた。イワクラさんは昨日の同じようにソファに座って俺たちを待っていた。
「おはよう!三人とも準備は良いかな?寝れた?」
「大丈夫だ。心配ない。」
「…問題ありません。」
「いつでも大丈夫です。」
「良かった!あ、そうだ。昨日言い忘れたんだけど屋敷に入って分からないことがあるなら私を心の中で呼んでみて!きっとすぐに来るから!」
魔女の誘導に従って魔法陣の上に乗る。彼女はそれを見届けてから石版を取り出す。目をつむり石版を手のひらで触りながら祈るように呟く。
「神よ。海の魔女イワクラヒトミの名において三人を送る。あるものは友愛を示し、あるものは慈愛を示し、またあるものは仁愛を示す。神よ仲介者イワクラヒトミの名において命ず。この魂を救うにおいて尋常ならざる祝福を与えん。」
魔法陣が一層輝きを増す。地鳴りのような音が響く。床が割れてしまうのではないかという程に横に揺れているのを感じる。するとさながら重力が無くなってしまったかのように俺たちはフラフラと浮き始める。
「終わったら連絡ちょうだいね~!それじゃあ!いってらっしゃーい!元気でねー!」
彼女は手を振りながら元気に俺たちを見送った。