22,欠けた月が満ちる時
スザンナ=クルスはウルカヌス公国の人間である。したがって身柄をメルクリウス王国で拘束された後、ウルカヌス公国へと送還されるはずだった。しかし、スザンナが拘束された後も、身柄はメルクリウス王国が預かっている。恐らく自分の処分の日取りがまだ決まっていないのだろうとスザンナは考えた。
この問題はスザンナ=クルスの寿命に直結する。なぜなら、”スザンナの処分”は文字通りの意味で、スザンナ=クルスという人間をまるでゴミのように処分するという事を示している。そのことは彼女も感づいていた。しかし彼女はこの問題にあまり関心を持っているわけではなかった。鉄格子の中の一日は変わらない。起きて、食べて、暇をつぶして寝る。そんな日常が一日そしてまた一日と過ぎていった。
そんなある日、床に就こうとしたとき、牢屋の鉄格子から月光が差し込んでいるのに気付いた。いつもは真っ暗な部屋でも最近は明るい。鉄格子越しに空を見上げるときれいな満月が登っていた。そういえば看守が食事を持ってきてくれた時、今宵は満月だと言ったことをスザンナは思い出していた。
満月の日には体の中にある魔力が高まり、それを肌で感じることができる。その高揚感から魔導士をやっている者で満月が嫌いな者はいないだろう。しかし、スザンナ=クルスにとってはそうではない。なぜなら彼女にとって満月というのは不幸の前兆でしかなかったからだ。スザンナ・クルスは満月を堪能することなく、いつもと変わらない明日に備え、床に就いた。
***
「スザンナ起きな。朝だよ。」
優しい声とは裏腹に乱暴に布団をひっぺがえされスザンナの一日が始まる。ここはタルタロス帝国の帝都テュポーンにあるクルス孤児院。何らかの理由で近親者がいなくなった孤児を養育するための施設だ。帝都の端にある十字山と呼ばれる標高約400mの山の中腹に建設された施設で、帝都の喧騒から離れた静かなところで立地している。養育している子どもの年齢層は生まれたての赤子から20歳にのぼり、200人ほどが所属している。その子どもたちには”センセイ”と呼ばれる存在が文字の読み書きや計算、礼儀作法などの基本的な教育を施している者が、姉妹や兄弟などの家族単位で一人配属されている。学級のようなものは存在せず、基本的にはセンセイと家族のように付き添い子どもが20歳を迎えるまで寝食を共にする。
スザンナのセンセイの名はリア・ホワイト。布団をひっぺ替えした彼女は中肉中背で絹のような白髪と薄い紫色の目が特徴的な若い女性だ。
「もぉーリアはいつも乱暴なんだから。」
目をこすりながらスザンナは少し抗議してみた。しかしリアは意にも介さない様子でこう言う。
「スザンナがお寝坊さんなのがいけないんでしょ。ほら今日は隣のジェフ君の卒業の日でしょ早く正門に行かないともう行っちゃうわよ。」
時計を見た時に起床予定時刻からすでに30分ほどたっていた。急いでベッドから飛び降り、朝食を口に流し込み、身支度を整え玄関へと向かう。
「行ってきまーす。」
「いってらっしゃい。つまづいてけがはしないようにね。」
リアの注意を最後まで聞くこともなくドアからスザンナは勢いよく飛びだした。
***
正門の広場には卒業生のジェフとセンセイ1名。そして見物人が2名いた。
「スザンナ。こっちこっち」
スザンナを手招きしている金髪の女性はロゼと言う。スザンナより4つ上で、スザンナの姉にあたる人物だ。
「ハアハア。ひどいよロゼおねえちゃん先に行っちゃうなんて。」
さっきまで走っていたため息が荒れ、膝に手をついているスザンナにロゼは笑いながら背中をさすっている。
「アハハ。ごめんごめんあんまりスザンナがいい顔してたからさそっとしておいたんだ。でもいいときに来たねこれからだよ」
スザンナが顔を上げるとジェフの卒業式のメインイベントである感謝状贈呈が始まった。ただ卒業式と言っても孤児院が運営している行事ではない。すべての卒業式は卒業生が自分で企画し、実行する。
その中でも定番中の定番と言われているのが感謝状贈呈だ。感謝状贈呈とは、卒業生が書面に記したものを音読してセンセイに向けて感謝を伝えるイベントだ。そこに記されている内容は思い出、感謝、そしてこれからの希望が記されている。このイベントは卒業式で大概最後に企画される、音読の最中には卒業生、およびその家族。しまいにはセンセイまでもが涙し、涙が涙を呼ぶ展開となって式は終える。スザンナは卒業式の中でこのイベントが一番好きだ。確かに悲しいイベントではあるがそれよりも門出の希望が感じられる。自分も卒業するときにはリアを思いっきり泣かせてやろうと思っていた。
感謝状は佳境に入るとジェフの声が本当に届いているかもわからないほどにセンセイは座り込みながら号泣し、ジェフも声を震わしている。そんな光景を目にするとロゼもスザンナも頬に涙を伝わせている。
「――これからもジェフはセンセイの教えを帝都でも生かし、センセイのような人になりたいと思います!卒業生ジェフ!」
ジェフが声を震わしながらも最後まで感謝状を読み上げそれを手渡し、卒業式は終わりを告げた。それからソフィアとロゼは祝いの言葉を述べにジェフの下へ向かった。
「おめでとう!ジェフ!」
スザンナもロゼに続く。
「おめでとうジェフ兄さん!」
「ああ、ロゼとスザンナか、来てくれてありがとうな。」
ジェフはくしゃくしゃとロゼとスザンナの頭を撫でた。
「かっこよかったよ!ジェフ兄さん!」
「おう!ありがとな!」
スザンナの感想にジェフは笑顔で応じた。
「でも、帝都に行っちゃうなんて寂しいよ…」
「何言ってんだ。ここで別れたからって一生の別れじゃねえんだ。確かにもう孤児院には来れねえがお前も卒業したら帝都で会えるだろ」
「そうだね…そうだよね。」
ロゼが笑顔でそう応じ。正門が開いた門出の時だ。
「じゃあな行ってくるぜ」
ジェフがそう大声で別れを告げ、二人は手を振って見送り、センセイはまだ座り込み涙を流していた。やがてジェフは姿を消し、門は閉じた。
部屋に戻り、姉妹は卒業式の様子をリアに伝えていた。隣のジェフ部屋は恐らく今荷物のかたずけをしているだろう。クルス孤児院には一人のセンセイにつき、一部屋があてがわれている。部屋は2LDKの間取りで3人で暮らす分にはそんなに手狭ではない大きさだ。それが全ての孤児に提供されていて、卒業生が出て部屋が空になるとセンセイが荷物を整理しそこは空き部屋となる。
そしてロゼとスザンナの話を一通り聞き終えたリアは何処か少し悲しい目をしていた。
「そうよね。やっぱり卒業式は辛いわよね。」
絞った声で彼女は応じた。
「でも私、卒業式が好きなんだ。確かにお別れは辛いけど…でもとっても温かい気持ちになるから」
スザンナは微笑んで、リアはさらに悲しそうな顔をした。スザンナはリアの気持ちを慮り、口を閉ざした。
隣に座っていたロゼは今まで疑問に思ったことをリアに尋ねた。
「ねえリア何で卒業すると、孤児院に帰ってきちゃダメなの?私もリアに卒業しても会いたいよ。」
「…それは、私にもわからないわ。」
リアは少し何かを言いかけてやめた。
そこまで喋った後に「ゴーンゴーン」と鐘の音が聞こえた。
「もうこんな時間なのね。スザンナ、ロゼ授業するから準備してね。」
二人とも「はーい」と返事して教科書を持ってくる。今日も孤児院での一日が始まる。
クルス孤児院の一日はこの鐘の音とともに始まる。時刻午前九時に鳴る鐘は正午と午後五時の計三回一日で鳴る。その間何をするかというのは全てセンセイに委ねられていて、それぞれがそれぞれに一日を過ごす。ちなみにリアの部屋は正午まで授業、昼ご飯の後自習そして午後5時ごろから夕ご飯を食べるというのが定番だ。リアは夕ご飯食べた後、部屋を出てどこかに行ってしまう。その間に二人はリアに隠れて楽しみにしていることがあった。
「じゃーん。スザンナ、資料室に今日入った新品だよー」
ロゼは本を誇らしげに見せびらかす。そして、この本を一緒に読もうと勧めた。本の内容は帝都テュポーンの事が記されていた。四方を塀で囲まれた孤児院にとって、外の世界の情報を手に入れる手段は限られている。その中でも最もポピュラーなのが本だ。読書して子供たちはいずれ行く外の世界に思いを馳せる。
なぜ隠れてそれを行う必要があるのかというと姉妹で外の世界についての本を読んだ時、リアはなぜかわからないがとても悲しそうな顔をしていた。それから外の世界についての本はリアの前では読まなくなった。
「お姉ちゃんは外に出たら何をしてみたいの?」
「私はこうなってみたいなぁ」
ロゼが指をさしたページには家族が記されていた。帝都には家族と言うものがあり、親が子を厳しくも優しく、守り育てていく。そのように記されていた。
「そっかぁ。お姉ちゃんはリアみたいになりたいんだね。」
ロゼは顔を赤くして頷いた。
「私もだよお姉ちゃん。私もリアみたいになりたいんだ。」
それとあと一つ。ロゼはリアに秘密にしていることがあった。
「お姉ちゃんまたお勉強?何してるの?」
「昔の言葉のお勉強。これをしたら昔話がいっぱい読めるようになるんじゃないかと思って」
「へえー」
特にリアに隠しておく理由もなかったが、わざわざいう事もなかったため、ロゼは古代語を勉強していることを内緒にしていた。
やがてドアが開き、「ただいまー」と声がした。リアが帰ってきたようだ。本を急いで隠した。
「スザンナ。今の話、リアには内緒ね」
リアは口の前に人差し指を立て、スザンナは軽く頷きリアを出迎えに向かった。
***
深夜、二人は同じ子供部屋で寝つき穏やかな寝息を立てていた。
リアは深夜だがまだ眠らない。
「これで今日の日記は終わりね。」
リアは肩を軽くたたき、背伸びをする。彼女はロゼとスザンナの成長記録を記していた。これを彼女は日記と呼んでいる。その中には勉強の習熟度・健康・魔力を記してあって、センセイはこれを毎日記す必要があり、これをリアは一日も欠かすことなくまとめている。
彼女たちの成長記録をぺらぺらとめくる。気付けば赤子のころから面倒を見ているため、一人当たり20巻、二人合わせて全40巻にもわたる大長編になっていた。最近の記録に近づいてくるたび二人の成長にうれしさを感じる反面、卒業が近づいていることに悲しさも覚えていた。
彼女は寝る前に二人のいる部屋をそっと覗く。布団を二つに並べ、姉妹は穏やかな寝息を立てていた。姉のロゼは相変わらず芸術的な寝相をしている。年数がたっても変わらないこともあるなとリアが感じていると、ロゼの使っている枕の下から見たこともない背表紙がリアの目に入った。中身を見るとテュポーンの事が記してあった。
これで何冊くらいだろうか。孤児院の外が書かれた本を目にするのは
「やっぱり外の世界に行ってみたいわよねぇ」
リアは隠していた場所に本を戻し、二人が起きないように静かにドアを閉めた。
***
「「社会見学?」」
翌日の夕ご飯の最中。聞きなれない単語に姉妹は思わずリアにオウム返しに聞き返す。
「そ。やっぱり外の事を知っておくのは大事だと思うのよ。つまり、孤児院の外に出てテュポーンに行こうってことなんだけどね。」
「ホントにっ!ホントに行っていいの!!」
スザンナは興奮気味にロゼに尋ねる。
「まだ院長の許可は取っていないけどね。もしあったら…」
「「行きたい!!!」」
二人は身を乗り出してリアに言った。
「わかったわ。ただし、許可が院長から下りるまでこの話は誰にもしないこと。あと、勉強頑張るのよ。」
二人は首を縦に振った。
「それじゃ。私は会議に行ってくるから。二人ともお留守番よろしくね」
書類をまとめ、リアは部屋を後にした。
「それにしても、リアはどうしたんだろうね。」
ロゼにスザンナは尋ねる。外の本を読んであんなに悲しそうな顔をしたリアが外の世界について話を持ち出すのは疑問が残る。
「さあ?でもスザンナ。遂に私たち外に行けるんだよ!」
「そうだね!お姉ちゃん!本でしか見たことなかったけど行くことができるんだね!」
「こうなったらテュポーンの行きたいところをまとめよう」
スザンナは資料室から借りてきた本を見直そうと部屋へと戻った。ロゼは資料室へ行き、新しい本を借りにいった。
ロゼが資料室に着いたとき、資料室は誰もいなかった。資料室に行ってからロゼはリアが会議に言っていたことを思い出していた。司書の人がいなくては何も本を借りることは出来ない。したがって孤児たちもいない。黙って本を本棚から持ち出すわけにもいかないのでロゼは誰かいないかと立入禁止と書かれたドアをノックする。
「あれ。何にも返事がない。誰もいないのかな」
また出直そうと思い、ロゼが部屋を後にしようとしたその時、何かが崩れる音が部屋の中からしてロゼはそっとドアを開けた。
その音の正体は、部屋の中にあった本棚が本の重みに耐えきれず、壊れた音だった。床に散乱している本を少しは片付けようと本を整理しているとロゼの目に見慣れない文字が飛び込んだ。
「何だろ…これ。<不老計画>?」
***
クルス孤児院の会議室は円卓にセンセイが集まり、一番入り口から遠い所に院長が座っている。院長の名はヘンリー。ヘンリー・クルスと言う。会議が終わり、院長室へ向かおうとしたとき、リアはヘンリーを呼び止めた。
「院長。少し提案があります。」
院長の声は落ち着いき、低い声でリアへ話しかける。
「そうか。どんな提案か言ってみろ。」
「私の部屋子のロゼとスザンナに外へ出て、帝都の景色を見せてあげたいです。」
「ダメだ。それは許可できない。」
返答はあっさりしていた。即答とも言っていい早さだった。
「なぜですか。院長」
リアは不服そうに院長に聞き返した。
「理由は分かっているはずだ、ホワイト。」
「…なぜでしょうか。院長。」
息をふうと吐いた院長はあきれたようにリア・ホワイトに質問をする。
「まず彼女たちは何か言ってみろ。」
「私の部屋子で…。」
「そうではない。彼女たちの社会的な肩書を言ってみろ。」
この質問に答える時リアの声は小さかった。
「―ッ。彼女たちは不老児です。」
「そうだ。では不老児とは何か言ってみろ。」
「…不老計画に必要な子どものことです。」
「では不老計画とは何か言ってみろ。」
リアは無意識のうちに拳を固く握りしめ、手は少し青く変色している。
「………。―ッ!!不老児を薔薇の魔女へ生贄に捧げ、薔薇の魔女を使役させる計画です。」
「そうだ。その通りだ。それがなければ既に帝国は維持できない。帝国の民を守るのであれば薔薇の魔女の力は必至だ。全ての不老児にはその計画を実行してもらう必要がある。その為には”普通”の生活を体験することは計画の進行に障害が出かねない。その上この計画は孤児院に関わるものと国の上層部しか知ってはならない。その為に計画のために必要な書物も全て解読がしにくいように古代タルタロス語で記してあるのだ。したがって帝都にいくことを許可することは出来ない。ただ、君の感情も理解できる。何年も付き添えば情が出るだろう。だが、感情移入しすぎるな彼女たちは人語を喋り、ヒトの姿をしたただのモルモットたちに過ぎないのだから。」
リアは「失礼しました」と院長室から退出しようとしたとき院長に呼び止められた。
「そういえば忘れていたよホワイト。これを渡すのを忘れるとことだった。」
そして、茶色い紙袋を手渡さた。書類を確認しようとした時だった。院長から告げられたのは。
「おめでとう。リア・ホワイト。今度の生贄は君の部屋子のどちらかにする。どちらかにするかは君の裁量に委ねようと思う。結論は一週間の間で出してくれ。できるだけ早く頼む。」
失意の中にいて、リア・ホワイトの耳に、院長の声は最後まで聞こえてはいなかった。
***
深夜、今日もリアは成長記録を記していた。
いつもの癖になっていてリアはこれをやらないと眠れない。成長記録を記していて、ふと目線を落とせば院長から渡された紙袋が目に留まる。その字を認識したとき、リアは耐え切れずに嗚咽を漏らした。
わかっていたはずだ。 あの子たちと社会見学など実行可能でないことも。
わかっていたはずだ。 あの子たちと私がいつまでも一緒にいれないことくらい。
わかっていたはずだ。 あの子たちが計画を背負わされ、生贄に選ばれる可能性があることも。
わかっていたはずだ。 全てわかっていたはずだ。
涙を止めようと頭を冷静にしようとすればするほど、姉妹たちと暮らした十数年の歴史が頭によみがえり、自分の感情が整理できなくなる。
嗚咽を漏らし続けていると、ドアが開き、リビングへロゼがやってきた。急いで書類を紙袋に戻す。
「えっ。リア。どうしたの大丈夫?」
「ええ。大丈夫よ。心配してくれてありがとう。」
リアの目は赤く腫れていた。
「うん。あのね。ちょっと話したいことがあるんだ」
「どうしたの?社会見学の事?」
ロゼは首を横に振った。
「違う。計画の事」
「計画って何の事?」
「…不老計画」
小さく呟くようにロゼは言ったがリアの心は大きく動く。リアは思わず目を泳がせてしまう。
そんな様子をロゼは見逃さなかった。
「…やっぱり。本に書いてあったことはホントなんだね。」
「あのね、ロゼ」
リアは釈明をしようと口を開くが、リアは足で机を蹴ってしまった。
”ガタッ”という音がした後、紙袋が床に落ち、書類が散乱する。
急いで書類を片付けようとした時だった。
「ねえリア。その紙って何?」
「…」
「見せて」
「それは…」
リアはうろたえてしまう。その間にロゼは書類を拾い上げ、字を読んだ。
「あのね。ロゼ…」
「ひどいよ!!!」
リアが何かを言おうとしたがロゼは途中で遮り、大きな声を出してしまった。
「今までリアは私たちを生贄に選んでもらうために私たちを育ててきたの?今までどんな気分だった?生贄に選ばれるのも知らずにのんきに過ごす子たちを眺めるのは!」
ロゼは怒りに任せ、涙と共にリアを糾弾した。
「…ごめんなさい。…ごめんなさい。」
リアは謝罪を続けた。ただただ謝り続けた。この子たちの自由を奪ったこと。この子たちの未来を奪ったこと。この子たちから命さえ奪おうとしていること。再び止まっていた涙がリアの頬を伝う。
最初は糾弾していたロゼも冷静さを取り戻した。
「ごめんね。リア私も冷静じゃなかった」
自らを落ち着かせるように息を吐き、ロゼは矛を収めた。
「ねえリア。何か私たちがこれから逃れる方法ってあるの?」
リアは首を横に振った。
「そっかぁ。リアでもわかんないかぁ」
天井を見上げ、ロゼは考えた。
今のまま孤児院にいれば未来はない。私が魔女の生贄に選ばれたとしてもスザンナの未来はないだろう。リアも恐らく心を痛めることになってしまう。というより、リアは私たちが死ぬことを望んではいないだろう。その証拠にずっと泣いている。私が話し始めた時からずっと。
リアとスザンナを救いたいのであれば考えろ。今ベストな選択肢を考えるんだ。
10分ほど考え、ロゼはリアに言った。
「逃げようよ。リア。ここからずっと遠いところへ。スザンナと」
「…それは難しいと思うのだけれど。」
「私に任せて」
ロゼの瞳には強い力が宿り、強い決意を示していた。
ロゼは部屋へと戻り、頭に浮かんだ作戦をより洗練されたものにしようとしている。
「お姉ちゃん。何の話をしてたの?」
スザンナは起きてしまっていたようだ。リアと言い合っていたのを聞いてしまったのか不安そうな顔をしていた。
「心配しないで。何でもないから」
「そっか。おやすみなさいお姉ちゃん。」
生贄とかいう部分は聞いていなかったのかスザンナはすぐ床に着いた。
スザンナがすやすやと眠り、ロゼが夜更かしをしながらが考えを整理し、逃亡計画を企てている頃、夜空には満月が高く登り、それは日付の変更を伝えていた。
***
「おい。起きろ。」
看守がスザンナ=クルスを呼び、一日が始まる。
スザンナ=クルスはゆっくりと体を起こし、周りを確認する。日は高く昇り、牢屋の気温は上昇している。自分としたことが少し長く寝てしまったようだ。
「…あの。おはようございます。」
看守はいつもと変わらない様子でこう言った。
「おはよう。クルス。朝飯を持ってきた。冷めるとまずくなるからな早く食え。」
スザンナ=クルスにに手渡されたのはパンと思ったより濃い味がするスープとレタスサラダだ。
いつもと変わらずパンからスザンナがほおばっていると今日の予定が看守から言い渡された。
「突然だが。今日は身柄を移す日になった。身辺整理をすましておけ。」
「…分かりました。」
自分の寿命が目前に迫っていることを伝えるような宣告だったが不思議と何も感じることはなかった。
少し、スザンナ=クルスの脳裏に姉とセンセイの顔がよぎった。