21.タルタロス帝国
タルタロス帝国。300年ほど前には世界中に版図が広がっていた大帝国。厳格な身分体制が敷かれており。身分によって権利が制限されていた。薔薇の魔女の発生が初めて確認された国でもあり、魔女の存在によって長く頭を悩ませてきた。襲撃があればあるほど食料問題が深刻化し、人口も目減りする。100年ほど前から薔薇の魔女が確認されなくなったが代わりに帝国に新たな問題が顕現する。かねてより不満を溜めていた植民地の国々が次々と独立したのだ。帝国は著しく弱体化し、かつて世界中にまたがっていた大帝国も帝都テュポーンだけを残した状態までに弱体化する。
そんな帝国も5年前の薔薇の魔女の襲撃により帝都テュポーンが壊滅。帝国はここに滅びテュポーンはウルカヌス公国に併合され今に至る。
そんなテュポーンに向かうための馬車に2名が乗車していた。
「コウスケ、スザンナの事だがスザンナは魔女の報告書作成のためにしばらくは処刑されることはないようだ。恐らくは一週間は命が保証されている。」
ソフィアさんの言葉に俺は少し安堵した。
「とりあえず一安心ですね。」
「しかし時間があるわけではない。あと3日で作戦を立てることができないのであれば私がスザンナの下へ向かい、そこで応戦する作戦をとる。お前は参加させない。いいな」
「わかっています。」
「で。なんでコウスケはテュポーンに来ようと思ったんだ?」
ソフィアは俺に尋ねた。俺は作戦を立てることに行き詰っていることを伏せて、ソフィアに理由を説明する。
「理由は二つあります。一つ目は叡智の塔でここの国の文献が見当たらなかったことです。旧タルタロス帝国は魔女に痛い目にたくさんあっているはずなので、資料は少しはあるかなと。」
「で、もう一つは何なんだ?」
「俺の国の言葉に”百聞は一見に如かず”って言葉があるんですよ。話を聞いたり書類を見たりするより一回現場を見た方が良いってことなんですけど。ここは5年前の襲撃からそのままの状態になっているって聞いたんで来ました。」
ソフィアさんの屋敷も現場なのだが今は事件の痕跡はほぼ消されている。事の発端であるメルクリウス王国の農村も復興が進み、事件の痕跡は残っていないそうだ。だが、テュポーンは復興不可能であるほど荒らされ、襲撃の時から時間は止まっている。もしかしたら現場に行ってみないとわからないことがあるかもしれない。
「そうか…そんな言葉があるんだな。確かに実際に見てみたり体験しなければわからないこともあるからな。」
ソフィアさんは俺の意図をくみ取ってくれたようだ。
馬車が止まり、扉が開く。そして二人は手掛かりを探すために歩み始めた。
別名「亡国の都」テュポーン。町並みにはバロック様式風の廃墟が並んでいる。民家だったもの。店だったもの。工場だったものが立ち並び、廃墟の壁にはツタが伸びている。ガラスは割れ、廃墟の中には黒く変色した血痕と黒薔薇が密集している。外に出ても地面には黒薔薇が咲いている。土は乾いており、歩く度サクッサクッと音がする。
街並みをさっさと後にして十字山へと向かう。そこが今回の目的地だ。叡智の塔にて読んだ<薔薇の魔女被害報告書14>に「十字山から薔薇の魔女が発生した可能性が高い」という記述があったからだ。そこに行けば薔薇の魔女の現れる前兆とかがわかるかもしれない。
街外れに山はあった。頂上にある十字架がシンボルだ。山には枯れ木ばかりがあり、鳥の鳴き声や動物の足跡も見当たらない。標高はおよそ400m。登山道はまだ整備されているから遭難することはないだろう。
山登りの最中にソフィアさんに今更ながら前の”薔薇の魔女との闘い”について聞いていた。
「ーというのがコウスケが投石するまでの一連の流れだ。む、コウスケ」
聞くだけでおぞましい話を聞き終えた時に山の中腹にたどり着いた俺たちは大きな門の前にたどり着いた。腐食した釘は役割を果たさず看板は地面に落ちている。俺は看板を拾い上げ、文字を読むとこう書いてあった。
「”クルス孤児院”?ソフィアさん聞いたことありますか?」
「私の知る限り、テュポーンで初めて被害が報告されたところだな。」
「そうなんですね。じゃあ行ってみましょうか。」
門をくぐると3階建ての大きな建物があった。俺とソフィアさんは手分けして、俺は1階、ソフィアさんは2階を捜索する。1階は集合住宅のようになっていて中には浴槽や台所、トイレもありここで孤児たちが生活していただろうという事がわかる。そして捜索を始めて数分経ったとき、妙なことに気づいた。1階に薔薇が1本もなかったのだ。。
ソフィアさんと合流し、2階の状況を聞くと2階も集合住宅のようなつくりになっていたが1階と同じく血痕も薔薇も人的被害が出たものは確認されなかったらしい。3階に上がると屋根には直径7mほどの円形の穴がぽっかりと開いていた。
「変だな。」
ソフィアさんは呟いた。まさしくその通りだ。薔薇の魔女は攻撃手段として衝撃波を用いることがある。だが魔女が仮に攻撃手段として用いていたとするならばこの建物ごと木端微塵に吹き飛ばされたはずだ。しかし、この建物が今もまだある事から考えるにこれは攻撃手段として用いた衝撃波ではない、恐らくは発生した時の衝撃波だろう。3階の屋根しか穴がないところを見るとここで発生したことに間違いはなさそうだ。だから不自然極まりない。一番初めに襲撃があったと聞いていたが麓の帝都は復興不可能といわれるほど荒らされていたにもかかわらずここはそこまで荒らされていない。
不自然さを持ちながら2人で3階を捜索する。3階は1階や2階と違い、会議室のようなものや、鐘があった。会議室室と呼ばれた部屋があり、そこは本棚と大きな円卓があり、赤い絨毯が敷き詰められている。本棚を捜索していようとして本に手をかけたその時だった。
「カチッ」と音がなり本棚が移動し、そこから階段が現れる。どうやら隠し通路のようだ。ソフィアさんとともに階段を下り、隠し通路を通る。
明かりをつけ、一本道を進んでいくと、部屋に行きつく、「立入禁止」と書かれたドアを開けて、中へと進む。中はドーム型になっていて、黒い岩の壁に覆われていた。床には白色の模様が描いてあって、模様の中央には2つの壊れた鎖が転がっていた。
「これって何の用途で作られた部屋なんでしょう?」
「これは、私も見たことがない施設だ。もしかするとシェルターの役割を果たしていたのかもしれないな。」
「シェルターか。なるほどここに避難して皆事なきを得たっていうことですね。」
「かもしれない。」
恐らくそうだろうと考えた俺たちは部屋を後にして、隠し通路を通り、会議室へと戻る。次は資料室と呼ばれるところへと向かった。
…なるほどシェルターに避難していたのか
…どうやって?人が密集しているしてるとこに魔女って来るんだよな
俺がそう考えているとソフィアさんも険しい顔をしていた。俺と同じことを考えているのだろうか。
そして、資料室へとたどり着いた。資料室は図書館のようになっており、本の分類の紙には主に教材などが置かれていたようだ。俺が良く見た司書がいるようなカウンターもあった。カウンターの奥には「関係者以外立入禁止」という前見たようなことが書いてある看板があった。
その部屋の中には本が置いてあり、さながら研究室のような様相を呈していた。
「うーむ。」
「どうしたんですかソフィアさん。」
「この本に書いてある文字が見たことがない物なのだ。解読が難しくてな。つい唸ってしまった」
ソフィアさんがその本を手元に置き、俺がそれを手に取る。
「<不老計画>?」
そう書かれた本を読み、ページをめくる。そこに書いてある内容は、俺を驚かせるには十分だった。