20.裁定
ベイリー家の屋敷では朝から戦後処理が行われていた。王都から来た人たちによって死体の運搬、瓦礫の撤去などが行われていた。そんな中俺は部屋で休んでいた。昨日、薔薇の魔女に出くわした俺は地面に打ち付けられ気を失っていた。おかげで戦闘にはほぼほぼ参加せずに済んだ、というか何もしていない。だが、庭にあった生首と死体の山を目撃した時は生まれて初めて見る惨状が目の前に広がっていて、庭の隅で俺は吐き散らしていた。
そんな俺を心配してくれたスザンナさんとソフィアさんが俺に気を使ってくれた。正直言って俺とは比較にならないほど二人の方が心身ともに疲弊しているはずなのだが。
襲撃の報を受け、昨日王都から来た人から事情聴取を受けた。報告は宰相の下へと上がり、今日の昼頃来るスミス宰相から今後の対応が伝えられる。当面の間は時計台捜索も凍結するらしい。それに伴う俺に対する対応も伝えられるだろうとソフィアさんが教えてくれた。漠然とした不安の中、気付けば日は高く昇っていた。
馬車が多く屋敷の前に止まり、中でも最も装飾されている馬車の中から宰相は降り立った。多数の護衛を引き連れて宰相は屋敷の玄関にてうやうやしくソフィアさんと挨拶を交わした。客間に護衛隊を連れ込んで、自らは椅子に腰かけ、机を挟んで俺たち三人は対面した。
「いろいろあったがまず一つ。ご苦労様でした。」
宰相が頭を下げ、俺たちも同調して頭を下げる。宰相の声には力がなく冷たい。労をねぎらうというよりは社交辞令的な挨拶をした。
「死線をかいくぐった君たちに敬意を表すよ。そしてこれから王国政府の対応を伝えるよ。」
冷たい声を浴びせながら宰相は息を軽く吸い、重い口調で話した。
「まず今回の被害だが、君たちを除いて王国騎士団と公国魔導士団の強者たちがこの世を去った。これによって王国と公国は、軍事力を失い薔薇の魔女討伐というのは机上の空論になった。だから方針を変えて魔女に狙われないようにという方針になったんだ。」
その後に告げられた言葉には耳を疑った。
「というわけで、クルスさんあなたを処刑することになった。それからベイリーさんたちだけど…」
宰相は何かを言おうとしていたが言葉は続かない。ソフィアは宰相の胸ぐらをつかみ壁に詰め寄る。
「おい。どういうことだ。なぜスザンナが処刑される。」
怒鳴るというより静かに怒っているような声色だった。
「言った通りだよベイリーさん。我が国には最早魔女討伐に向けられるほどの軍事力はない。これは公国も同様だ。そうなっ」
「そんなことを聞いているのではない!!」
ソフィアさんは物凄い剣幕で宰相に詰め寄った。
「スザンナは襲撃を生き延びた唯一の魔導士だ。強さに関していえば公国でもかなり上位の部類だろう。しかもわが王国の人間でない者を処刑できるとはよほど理由があるのだろうな。」
「ベイリーさんも知っていると思うが魔女はクルスさんを狙っている。魔女を取り逃がした以上魔女が彼女を取り返そうとするのは想定内だ。その際に僕たちは襲撃を受ける危険性がある。」
宰相は首を軽く占められているはずなのに焦らずゆっくりとソフィアさんを諭すように話す。視線からはおびえた様子は全く感じることは出来ない。まるで無関心、スザンナさんが死のうと別に構わないというような態度で話す。
「おい。ちょっと待て。スザンナを狙っているという情報はどこで手に入れた。私はそんなことを報告した覚えはないぞ。」
スザンナさんは静かに手を挙げた。
「…私が報告しました。」
ソフィアさんは宰相にかけていた手を放した。解放された宰相は少し咳き込む。
「そう。クルスさんからの自己申告だ。ベイリーさんの気持ちは理解できる。報告をしてしまえばクルスさんの命はないと思ったんだろう。残念だがその通りだ。この情報が入ればクルスさんは処刑されてしまうだろう。」
淡々と宰相は続ける。
「知ってしまった以上黙認することはできない。ウルカヌス公国にもこの事実を伝えそれまで罪人としてスザンナさんを預かることにする。きっと公国も理解を示してくれるだろう。」
「しかし…承服しかねる!」
ソフィアさんがなお食い下がろうとすると普段小さい声でしゃべっているスザンナさんが声を大きくした。
「もういいですソフィア!…私は大丈夫です。」
スザンナさんの制止に答え、ソフィアさんは矛を収めた。
「理解が早くて助かるよ。それじゃあ二人の対応について伝えるよ。まずベイリーさんはは王都に来てくれ。報告書の作成にもっと細やかな情報が必要だ。コウスケ君は暫くベイリー家の預りにする。そこで故郷に帰る情報を集めるも良し、このままベイリー家につかえるも良しだ。これで以上だ。」
そう言うと、宰相とともに護衛隊に連れていかれたスザンナさんも退出した。
***
ダンッ!と誰もいなくなった客間にソフィアさんのこぶしを叩き付ける音が響いた。悔しい気持ちが透けて見えるようで歯を食いしばっている。俺も気持ちは同じだ。さっきは何も言うことができなかったがスザンナさんが処刑されることには納得はしない。
「あの…ソフィアさん少し話が。」
「何だコウスケ。」
冷静を装ってソフィアさんはこちらへ向き直る。
「俺と一緒に魔女を倒しませんか。」
ソフィアさんは信じられないといった顔をした。
「お前、正気か!相手はあの薔薇の魔女だぞ。」
「正気です。」
はっきり言う俺にソフィアさんは絶句している。
「さっきの話だと多分この前のような作戦部隊は期待できないと思います。となると俺とソフィアさんしか動ける人がいないと思います。となれば俺たちが倒さないとスザンナさんは助けられないです。本当は俺が倒せればいいですけど多分無理なので協力してくれませんか。」
自分で言っていて相当情けなくなってきた。
「いやしかし、お前には帰るべき故郷があるんだろう。」
ソフィアさんは俺を心配してくれるようだが、今回の騒動は俺のせいではないかと思う。俺は薔薇の魔女と楽しくお茶していたのだ。彼女が魔女だと看破することができれば恐らくスザンナさんがこんな憂き目にあう事はなかっただろう。自分のミスくらい自分で補わなければ。何よりも一度喋ったことのある人が死んでいくのは寝覚めが悪い。
「ソフィアさん。俺にも戦わせてください。」
俺の言葉にソフィアさんは納得してくれた。しかし、作戦の内容によっては参加させないという事を伝えられ、俺は部屋へと戻った。
部屋へと戻り、机にノートを広げ、あれこれと作戦を考たる。しかし、あのスプラッターの惨状を目の前にすると倒すことが至難の業に思えてしまう。頭を抱えるとはこのことだろう。というより手元に情報がなさすぎる。どうすればいいのかと考え、首元に手をやった時、ある場所の事を思い出した。
「そうだ!叡智の塔に行こう!」
そうと唱えると魔女の刻印が薄く光り、ノートとシャーペンを片手にいつか見覚えのある光景へと一瞬で変わった。
***
「久しぶりだね。いったい何の用だい?」
久しぶりに会う老婆は前会った時のように書斎風の部屋にいた。
「薔薇の魔女を倒したいんです。何か知っていることがあれば教えてください。」
「は?」
もう一回同じことを言っても似たような反応が返ってきそうだったから今までに何があったのかを伝えることにした。
塔の魔女は何も言わずに話を一通り聞いた後一つ大きなため息をついた。
「なるほどね。その黒髪の嬢ちゃんを助けるために魔女を倒さないといけないが良い案が浮かばないから助けてくれって事かい。」
「まあ大枠はその通りです。」
「…」
塔の魔女は無言でいた。
「その作戦を立てるにも魔女が出る場所とか日時がわからないと作戦の立てようがなくないかい?」
痛いところを突かれた。思わず顔をしかめてしまう。
「そのために何とか…お力添えを…」
どんどん尻すぼみに声が小さくなっていった。
「まあそんなこったろうと思ったよ。そんな時は”傾向と対策”だよ。確か薔薇の魔女の本はそこの本棚にあるから読むといいよ」
魔女が指をさした先には高さ50mくらいある大きな本棚があった。探すように促されていると思ったが根本的な問題があった。すなわち
「俺、字が読めないんですよ。」
ひらがなでもカタカナでも漢字でもましてアルファベットですらない謎の文字たち。異世界文字ともいうべき記号で記された本は背表紙ですら分からない。俺が実に小さな声で宣告すると魔女は手招きをした。
「ちょっとツラ貸しな。字が読めるようにしてやる」
額に魔女が何か文字を書くと突然周りにあった謎の文字の羅列が読めるようになった。なんということだ。こんなステキ体験初めてだ。俺が浮かれていると、茶色のしおりを渡されたついでに「速く用事を済ませな」と実に冷たい声がかけられたので薔薇の魔女関連の本を本棚から探し始めた。
それっぽい本を本棚から何冊か持ってきたが一冊一冊がすごく厚い学校の図書館にあった百科事典くらい厚い一冊を読むのに相当時間がかかる。すごいことにんな大きな図書館くらい本があるところでどの本もホコリ一つない
いくつか取った本の中でまず手に取ったのは<魔女について>という本だ。そもそも俺は魔女にについて知らなすぎる。薔薇の魔女についての情報よりも前に基本をおさえよう。何事もまず基本が大事だ。
本にはソフィアさんが叡智の塔へ向かう時にときに教えてくれたものと同じ情報が記してあった。他の情報は箇条書きにしてノートにまとめた。
・魔女は人型をしている者が多い
・魔力は毎日膨張している
・魔力の増加は指数関数的である
・魔女の魔力は何らかの性質を有している
・魔女の魔力は”心臓”と呼ばれるところへ集中しており、この“心臓”が唯一の弱点である
・この“心臓”は人間にあたる胸部にあるとは限らない
これが基本的な情報だ。塔の魔女にウラも取れたから間違いない。本には虚魔術とか正術反転とかわからない専門用語も出てきたがそれはおいおい理解していこう。
つかえそうな情報として魔女に急所があるという情報を手に入れた次は<薔薇の魔女とは>と書かれた本を読む。この本には薔薇の魔女の基本的な情報が記載されていてソフィアさんがいつか教えてくれた情報のほかには
・多くの人が密集しているところに向かう習性がある
・襲撃の日付の規則性はない
・一度襲撃があれば一週間は何も行わない
・薔薇の魔女によって作られた薔薇は外的要因によって駆除できない
・魔女が現れた時、強い衝撃波が起きる
・魔力の性質は不明である
という事が記してあって、他には薔薇の魔女の歴史が記してあった。
ざっくり言うと、今から400年ほど前にタルタロス帝国により存在が確認され、様々なところを襲っていた、集落を壊滅させるさらに厄介なのが薔薇がある集落は食物が取れなくなるため、人が住むのが難しい地域になってしまうらしい。暫く主にタルタロス帝国内で猛威を振るったが。今から約100年前から活動が確認されなかった。しかし、5年前から活動が再開され今にいたるらしい。
日時や場所を予測できるような決定打になるような情報がなく、「うーん」唸っていると部屋に突如として魔方陣が展開し、ソフィアさんが現れた。
「こんなところにいたのか。探したぞ」
「すいません。作戦の参考になる情報が欲しくて」
「そうか。何かいい情報は見つかったか?」
「いや。まだ何も。」
ソフィアさんは俺が持ってきた本をちらっと見渡した後何冊か手に取った。
「コウスケ。屋敷の皆が心配している。一度戻って屋敷の者に調べ物を私と共にしている伝えて来い。」
ソフィアさんに促されるままに屋敷へテレポートし、使用人の人々にソフィアさんに言われたとおりに伝言し、また叡智の塔へ舞い戻った。それから二人で薔薇の魔女について書物を散々読んだが、特に有力な情報は見つからなかった。
まだスザンナさんを助けるには遠い。