17.薔薇の魔女
薔薇の魔女が襲撃したという知らせが来てから急いで旅支度を整え宿を後にし,馬車に乗ってメルクリウス王国へ向かっていた。日が暮れたら休憩をとるため、行程は3日ほどかかる予定だ。
「ソフィアさん、薔薇の魔女って前に、叡智の塔に行く時に聞いた人間に害をなす魔女ですよね。」
ソフィアさんは、深刻な面持ちで答える。
「その通りだ。薔薇の魔女とは、魔女の一種で、モノを薔薇に変える魔法を使う。主にそれを人間に行使する。そして、一度薔薇に変えられてしまった人間は二度と元に戻ることはない。その上、その薔薇は土地の養分を吸う、一週間と経たない間に土地はやせ細り、どんな豊かな土地でも雑草すら生えない不毛の土地へと変貌を遂げる。いわゆる災害の一種だ。」
嘘だろ。聞くだけでおっかないな。
「もしかして、その魔女に会いに行くんですか。」
「それはないな。先ほど言ったように薔薇の魔女は災害だ。であれば襲撃のあった集落には復興事業をする必要がある。恐らくは人手が足りないから緊急の招集がかかったんだろう。悪いがコウスケお前の故郷を探す旅は一時中断だ。」
「いや、構いませんよ。」
薔薇の魔女に会わないことに俺は少し安心した。
***
叡智の塔の近くでの宿を後にして、王都には行程通り、3日が経っていた。見ると王都は異様だった。誰もいなかったからだ。店はすべて閉まっていた。薔薇の魔女の脅威というものを肌で感じた。王城は違った。貴族たちが右へ左へ動き回り、立ち止まっている者はいない。王城は王都とうって変わって不気味な喧噪に支配されていた。そんな中で俺たちは会議室に通された
部屋に通されると、モノクルをつけた男が一人椅子に座っていた。机には地図が置いてある。座るように促されて三人がソファに腰を掛けるとその男は口を開いた。
「久しぶりだね、ベイリーさん。あと、後ろの二人は初めましてかな。初めまして、僕はアイデン・スミス。この国の宰相だ。みんなの土産話でも聞きたいところだけど、ことが事だから早速本題に入らせてもらうよ。」
宰相と名乗った男は、説明を始めた。
「まずは、基本的なことの確認から。薔薇の魔女は、そんな魔女が一週間ほど前にこの国に現れてしまってね。一夜である集落のほぼすべての人間が薔薇に変えられてしまったらしい。これは、非常にまずい事態だ。おかげで、国全体に戒厳令がしかれたわけだ。」
アイデンは懐から一枚の紙を出した。
「ところがさっき言った集落は、壊滅的な被害を受けたが全滅したわけじゃない。生き残りが出たんだ。その人から事情を聴いているとその生き残りから興味深いことが聞けたんだ。」
「…あの…それって何なんですか?」
アイデンは一つ咳ばらいをした。
「何と。魔女が襲撃を予告していたらしいんだ。」
「ちょっと待ってください!」
聞いたことがないほどにスザンナさんの声が大きくなっていた。
「なにかな?クルスさん。」
「…薔薇の魔女は、次の襲撃を予告するなんて聞いたことがないです。信ぴょう性はあるんですか?」
「ない。」
宰相は断言する。
「ない…が、君たちは無視することができない。特にベイリーさんは。」
「なぜだ?」
宰相はこう続ける。
「どうやらベイリー家のある地域、ベイリンガムが襲撃されるらしいんだ。4日後にね。」
座っていたソフィアさんが勢い良く立ち上がった。
「宰相、それは間違いないのか?」
「残念ながら間違いない。杞憂に終わればいいがそう言うわけにはいかないだろう。だから君たちを招集させてもらった。」
「ただこれは天佑だと思っている。この襲撃に合わせて討伐隊を組織した。そしてその討伐隊に君たちが来てくれれば何も恐れることはない。厄災“薔薇の魔女”はここで倒す。」
宰相は力強く宣言した。
***
王城の庭園に人が集っていた。しかし、それは、通常通りに貴族や、庭の手入れをしているメイドや執事たちではない。その者たちは、メルクリウス王国騎士団や援軍のウルカヌス公国の魔導士団だ。数百人規模で集まるといくら王城の庭園といえど人口密度が跳ね上がる。
「これだけたくさん騎士団や魔導士の人がいると俺、浮いてるよな。」
独り言をつぶやくと背後から声が聞こえた。
「…何を言っているんですか。コウスケ、あなたもも十分、騎士たちと遜色ないように見えていますよ。」
「スザンナさんかあ。ちょっとびっくりした。」
「…すみません。驚かせるつもりはなかったのですが。」
「謝らなくても大丈夫ですよ。スザンナさん。それよりソフィアさんってすごい人なんですね。」
「ああ、ソフィアですか。」
ソフィアさんは忙しそうだ。騎士団の人たちに指示を飛ばし、班の編成を手早く決めている。そして魔導士たちと連携して班の編成を決めているようだが魔導士の人も彼女の選択に不満がないように見える。
「スザンナさんはどの配置に決まったんですか。」
「…私はまだ伝えられていません。」
「魔導士団の人から聞かなくてもいいんですか。」
「…私が話しかけられるような仲がいい人がいないので。」
まずいことを聞いたな。少し話題を変えなければ。
「あ、あのソフィアさんの近くにいるあの人って誰なんですかね。恰好を見るに、騎士団でも魔導士団でもなさそうなんですけど。」
「…ああ、あの人ですか。例の生き残りの方ではないですかね。」
「例の?」
「前、宰相の人が言っていた生き残りの人です。」
俺の知る情報では、あの人を例外として、薔薇の魔女は、襲われると生き残る人間はほぼいないそうだ。だから、薔薇の魔女の顔を知っている人もいない。万が一、生き残った人もなぜか襲撃された時のことはうろ覚えで顔まで覚えている人はいないという。
「本当なんですかね、薔薇の魔女に襲撃されても記憶がないなんて。」
「…本当ですよ。本当に覚えてないんです。」
「死にかけたのに。」
「…ええ。死にかけてもです。それよりも私は、彼女が覚えていることの方が疑問です。」
そういうものなのか。と思っているとソフィアさんが俺たちのところへ来た。編成は終わったらしい。
「ここにいたのか二人とも、これから私の領地に向かうぞ。」
***
夜に屋敷に着いた、騎士や魔導士は、それぞれにあてがわれた部屋で英気を養うらしい。俺は、前に借りた部屋にいた。することもなかったので荷物を整理していると俺の持ち込んだ荷物は、部活のジャージくらいしかなかった。他に何かなかったかなとカバンを物色していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「コウスケ、いるか。少し話があるから裏山へ来てくれないか。」
ソフィアさんに呼ばれ、俺は裏山へと向かった。夜の山は道が見えず、ふとした拍子で迷子になってしまいそうだ。
「コウスケ、こうやって二人きりで話すのも思えば初めて会った時以来だな。どうだここの暮らしにも慣れたか。」
「そうですねえ。ここに来て不思議なことばっかりです。」
本当に不思議なことばっかりだ。魔女なんて現実に存在するなんて思わなかったし、聞いたこともない国や、宗教があるし、何より魔法だ。魔法を自分が使うなんて、ここに来る一日前の自分に言ったら鼻で笑うだろう。
「そうか…不思議なことばっかりか。」
ソフィアさんは、そうつぶやいた。その後、俺に向き直った。
「コウスケ、今まで、この旅に同行してくれてありがとう改めて礼を言う。」
「いえいえ、俺、特に何もしていないですよ。」
「何を言うんだ。叡智の塔での試練は見事だった。オーガの洞窟での事も。」
「突然こんな話をするなんてどうしたんですか?」
ソフィアさんは、こちらの目をまっすぐと見てこう言った。
「単刀直入に言う。今回の薔薇の魔女討伐作戦に加わらないで欲しい。」
「…えっと。なんでですか?」
「コウスケは、故郷に帰ることを第一として旅をしてきた。その中で、戦闘はあっても私が守ることができたしかし、今回は違う。私が守り切れるか保証することができない戦いだ。そして、戦ったとしても故郷に帰ることは恐らくかなわない。万が一にも命を落とせば無駄死にになってしまう。それは、私やスザンナ、そしてコウスケ自身にも不幸にしかならない。それは、是が非でも避けたいというのが私の願いだ。」
俺からすれば、ソフィアさんや、スザンナさんが死ぬのも不幸でしかない。もちろん、俺が一番死ぬ可能性が高いのもわかっている。それでも
「何か力になれることはありませんか。」
「……」
無言であることが、何よりの答えだろう。
「わかりました。」
「理解が早くて助かるよ。2日後に、疎開便が出る。それに乗って疎開してくれ。これが終わればまた会おう」
ソフィアさんは、暗くてよく見えなかったが安心したような声だった。




