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1-07『櫻井大輝は現実に完敗する』

 ――まあ正直、朝からなーんかおかしいなあ、とは思ってたんだ。


 と、これはのちに櫻井大輝が鳴海陽菜を相手に語った述懐であるのだが。

 そんなものは所詮、今になって思えばという程度の、つまりが後出しでしかなく。


 その日。

 四月二十七日、月曜日。


 週明けのその日は、金曜日に幼馴染みをデートに誘い、

 土曜日にデートして見事にフラれ、

 そして日曜日に大輝と陽菜が遅くまで遊び倒した翌日であるのだが。


 朝、いつもの通りに登校した大輝は、なんだか教室中から妙な気配を感じていた。

 初めは気のせいだと思ったのだ。

 振る舞いを表に出さない程度のことはできるのだが、もちろん失恋のショックは今だ色濃く残っている。

 学校で七海と顔を合わせる可能性もあるのだし、はっきり言って登校なんぞ拒否りたいくらい。


 それでも生来の真面目さから、なんとか気分を取り直して登校した大輝だったが――。


「うぃっす。おはよ、真央」

「あ、う、うんっ。おはよう、た……大輝っ!」


 いつも通り挨拶した友人から、帰ってきた返事の歯切れが悪い。


「……どした?」

「うぇ!? ななっ、何がかなっ!?」

「いや明らかに様子おかしいでしょ。体調悪いとか……?」


 言いながら、そうじゃないよなと思う大輝。

 現に彼女――小井戸こいど真央まおという友人は明らかに視線を泳がせている。


「そういうんじゃないけどねっ!?」

「……?」


 真央は、大輝が特によくつるむ六人のうちのひとりだ。

 明るい性格で、クラスのムードメーカー的なポジションに位置している。髪は肩ほどで、量の多いそれを横でひとつに纏めているのが特徴。

 真央の左側にある髪の房が、違和感を事実だと示すようにぴょこんと跳ねていた。


「まあ、……何かあるなら言えよ」


 そんな彼女の様子がおかしいともなれば、大輝も普通に心配になる。

 だから普通にそう言ったところ、真央は難しげな表情をして。


「あー、うん。ごめん、ありがと……てかそういうんじゃないからホント大丈夫」


 ぴしっと正面に手のひらを突き出す真央に、大輝ももはや言葉がない。


「あ、ああ、そう……ならいいけど」

「んー……あのさ、大輝。聞きたいんだけど……」

「なんだ?」

「……ごめん。やっぱいいや」


 言うなり真央は首を振って、そのまま大輝から離れていく。

 向かった先には、これも同じクラスの友人である少女、神村千尋の姿。


 千尋は、たとえるなら真央とは正反対の少女だろう。

 落ち着いたクールな性格で、成績も大輝や陽菜に比肩するほど高い(真央はそれなり)。真央がモチベーターなら千尋はストッパーに相当する少女といえばわかりやすいか。それでいて言うときは言う少女でもあるため、大輝の好感度も高い。

 そこに陽菜も混ぜて、いい子(千尋)悪い子(陽菜)普通の子(真央)といった印象を大輝は持っている。


 クラスの連中は騙されているから、いい子(陽菜)悪い子(真央)普通の子(千尋)くらいに思っていそうだけど。


「うぁー、千尋ぉー! やっぱ聞きづらいってばー!」

「はいはい、よしよし。まあ、そのうちわかることだから放っておこうよ」

「うぇーんっ!」


 何やら抱き合って小芝居をかましている真央と千尋。

 その意味は謎だったが、千尋が目配せをしたことで大輝は察する。


 とりあえず、真央は千尋に任せておけばいいのだろう、と。


 そう判断して大輝は自分の机に向かった。

 鞄を置く。なんだかさきほどから妙に視線を感じて、あまり居心地がよくない。

 しきりに首を傾げる。

 なんだろう。こちらに注目が向いていることはわかるが、その理由に心当たりが――いや。


 いや!!


「……おい待て」


 机に座った瞬間、大輝は頭を抱えて軽く震えた。

 嫌な、とても嫌な想像が、脳裏をよぎってしまったからだ。


 すなわち、一昨日思いっきりフラれたことがバレてしまったのではないか。


 それはまずい。とてもまずい。

 いや、親しい友人たちは問題にしないだろう。たぶん。

 盛大にからかってくるだろうが、それくらいのほうがむしろ気は楽というもの。ひとしきり笑ったあとは、次があるさと慰めてくれる。そういう気のいい奴らだと知っている。

 しかし、自分の今のポジションにヒビが入ることは間違いなかった。


 特に自分たちを嫌っている連中は大爆笑だろう。

 へえ! あのイキリ王子の櫻井くんが! 女の子にフラれて落ち込んじゃってるんですかあ! へえ!!

 なんて言ってくる連中に、心当たりのいくつかはあるのだから。

 まあそんな連中に何を思われようと一切どうでもいいとは思うが、それで周りに迷惑をかけることは避けたい。


 ていうか。

 それならまだいいほうで。


 何より最大の問題は、フラれた――ならまだマシだということ。

 実際には、フラれただけじゃない。

 完全に嫌われて、縁を切られてしまっているのだ。


 女好きのクズ、何人泣かせた、発射までがお早いんですね(笑)――等々、下衆な陰口は何度も言われた。

 それを気にしていなかったのは無論、それらの噂がパーフェクトに事実無根であるからだ。

 実際には童貞である。

 幼馴染みひと筋だった大輝は、筋金入りの童貞である。

 DTだ。

 D(男児の)T(嗜み)だ。

 生まれたとき、人は皆そうなのだから。

 男児たるもの皆が嗜んでいることだ。

 なんか文句あるのかコラ。

 ぶっちゃけアレなので隠し通してはいたが、隠していた童貞がバレるより、マジのクソ野郎だと思われるほうがキツいし問題だった。


 何より弁解のしようもない。

 今日まで来て、なにせ理由のひとつも訊けていないのだ。

 七海に聞き出す勇気はなかったし、何より。


 もし電話が着拒されてたりLINE開いてブロックとかされてたら立ち直れないから、そもそも見てない。


 ――え、どうしよう。

 もしかして、七海が言ったのかな。

 あのクソ野郎を振ってやったわ二度と近づくなって言ってやったの、ざまぁみろですわ、すわすわ! とか言ったってことですかね……いやいや。

 七海はそんな奴じゃない。

 はず。

 もう何もわからない気がしてきたけれど。いや、いやいや。俺が七海を信じなくて誰が――。


「――おう大輝」

「何かな?」


 声をかけられると再起動は早かった。

 一瞬でいつも通り、爽やかイケメン櫻井大輝さんに早戻りである。

 なんなら戻りすぎて若干変な声が出ていた。


「お、おう。なんかテンション高いな……」


 現に声をかけてきた友人は引いている。


「いや、すまん。なんでもない。むしろテンションは低い。あー……おはよう、岳」


 同性の友人――稲原いなはらがく

 クラスの中でも、女子の真央と並ぶムードメーカー的なポジションにいる、快活な男である。


 短く揃えたスポーツマンらしい短髪。

 その下に、何やら真面目腐った表情を浮かべて、岳は言う。


「うん。いや実は、さっきからお前にいったい、なんと言うべきかをオレは考え続けていたんだが」

「は? いや……はあ? なんの話、」

「――おめでとう。と、結局はそうストレートに言うのがいい、という結論に達した」

「ありがとう……と答えたいところだがマジで意味がわからんのだが。言っておくが今日は誕生日じゃねえぞ」

「知ってる。いや大輝の誕生日は知らんが。そういう意味じゃない」


 そこまで言ったところで、岳はがっと勢いよく、座ったままの大輝の肩を正面から掴んだ。


「……が、岳?」


 行動自体というより、その力強さに大輝も狼狽する。

 そんな内心など知らないとばかりに、果たして岳は大輝を正面から見て。


「ついに、陽菜と付き合うことになったんだってな!」


 あっれおかしいな世界が壊れ始めてるぞう?

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