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1-06『ふたりは未来に乾杯する』

 理不尽な話だと思うのだ。

 だって、ふたりはあまりにも完璧なプランを敷いていた。


 どこに出しても恥ずかしくない恋人になれる。


 そういう自信はあった。

 もうめっちゃ自慢してもらって大丈夫だった。

 インスタとか超映えるタイプなんで。

 マジで。


 昨日のデートだって、楽しんでもらえた……はず、だと思うのだ。

 いやまあフラれたけれども。

 最寄り駅で待ち合わせたあと、午前中は買い物を楽しむ。「お前まだ生きていたのか!」とタピオカジュースの出店に寄りつつ(なんか知らんが光ってた)、CDショップで音楽の趣味について話したり、オススメの古着屋を教えたり。

 昼食は前もって目星をつけておいた、決して敷居の高くない、けどちょっと贅沢な雰囲気のお店でイタリアンを堪能。午後からは予定していた恋愛映画を鑑賞したのち、相手の趣味に合わせて書店へ足を運ぶ。来年には訪れる受験の話をそこそこに、感銘を受けた本をオススメし合う。疲れたらちょっと喫茶店に入って、雑談に楽しく花を咲かせた。

 最後はちょっと散歩でもしよう、と夕暮れに染まる公園をふたりで歩いた。

 いい雰囲気になったところで、必殺の告白。ずっと前から好きだったんだよ! ドーン!


 ダメでしたとさ。


「あんまりだ……あんまりだよ」


 顔を覆う陽菜。その気持ち、大輝はとてもよくわかる。


「……何かしらの重大な誤解があったと見るべきだな」

「そうね……。その通りだね。でなければ私たちが嫌われるはずがない」

「いや結構割と嫌われるけど俺」

「そうだけど。それは私もそうだけど。でもそういう相手じゃないし」

「まあね? ……うーん、まさか七海も俺の悪い噂を信じちゃったとかなのか……? そんなはずは……」

「でも、どっちにせよこちらに落ち度はない。そうでしょ」

「そうだな」

「だったら私たちは、結果を出さないといけないと思うワケ!」


 陽菜は、そう断言した。

 断言しなければ――ならなかったのだ。


「しあわせに、ならないといけない。その義務があると言っていい! そう思うわけ。全国のがんばって生きている人たちが、自分は報われないのではと思い悩まないように!」

「陽菜ってさ。追い詰められると、急にめちゃくちゃ言い出すよな……」

「……だってわかんないもの」


 そこまで言ったところで、陽菜はそっと顔を伏せた。

 その様子には、さきほどまでの勢いはない。

 もっと前、店に入ったばかりのときのような、落ち込んだ様子が戻っている。


「どうすればよかったのか、何もわからない。何が悪かったのか、私、ぜんぜんわかんない……」

「……陽菜」


 その言葉の弱々しさといったら、まるで《鳴海陽菜》には似つかわしくない。

 彼女も、ある程度は自分を勢いづけようと意識していたのだろう。大輝はそう悟った。


「……まあ気持ちはわかる。だって、あれはあまりに、急すぎた……」


 思いは大輝も同じだ。


 フラれるのはいい。

 いやぜんぜんまったく何もよくないし無茶苦茶落ち込むが、それでも恋愛に絶対はないから。

 どれほど好まれるよう努力したところで、好きになれないと言われれば終わりである。

 そんなことは、もちろん大輝だって理解していた。陽菜もだろう。


 だが嫌われた挙句に絶縁状を突きつけられ、二度と会話すらしないとまで言われては話も違ってくる。

 自分は――自分たちは、それほどまでに許されざる行為をしたというのか。

 これは彼らにとって当然の権利で、自分たちが一方的に傷つけられる側でなければならないというのだろうか。


 いいや。

 そんなはずがない。


「そう……、そうだよな? 俺たち、何も悪くないよな?」

「そう、悪くないの。そんな私たちが、どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの?」

「確かに。そんなの理屈に合わない……それはそうだ」

「だったら見返してやらなくてどうするの!」


 強く――でも一応ちゃんとお店の中であることを考慮した声音で、陽菜は叫んだ。

 それに頷き、けれどそれから首を横に振って。


「いやでも、見返すったってどうする気だ? いくらなんでもフラれた腹いせに復讐するなんて、それは頷けないぞ」


 大輝は言った。

 実際、もう人生の半分以上、ずっと同じ相手を好きだったのだ。

 一回フラれたくらいですっぱり諦めきれるほど、大輝の諦めはよくない。


 ていうか粘着質だ。

 下手すると十年後もまだネチネチ引きずってる可能性がある。

 彼女の結婚式に呼ばれたら新婦のお色直しに合わせて自分もお色直しの必要があるだろう乱れるからね心とか。


「私だってそんなダサいこと考えてない。――まだ、好きだし……」


 それはもちろん陽菜も同じ。

 彼の結婚式に呼ばれたら笑顔で友人代表の挨拶をして家に帰ったあと泣きながらバームクーヘンを貪ることになるだろうしかしそれがプライドってものです。


「でも。フラれたからって、別に私たちが不幸になることないでしょって話!」


 気持ちを取り直して、陽菜は軽く机をはたいた。


「……つまり?」

「幸せになるの」

「どうやって」

「そんなの知るわけないでしょ!」

「はあ!?」

「それをどうにかするのが大輝の役目だってこと!」

「初めて聞いたけど何言ってんだお前!?」

「知らないよ、私だって自分が何言ってんのかなんて……!!」

「そんな開き直りがあるかよ……」


 無茶苦茶だ。そう、確かに無茶苦茶ではあった。

 でも、そんな無茶苦茶な言葉に、どこか救われている自分に大輝は気づく。


 ――というか。


「だからさ。どうせだし、どっか行って今日はパーッと遊ばない?」


 そんな提案に、思わず大輝は笑い出したくなる。

 ――こいつ、これで俺のこと慰めてるつもりなのかよ……、と。


「陽菜。お前って」

「……なに?」

「いや。思ったよりバカだな、って」

「うっさい、バカ。バカっていうほうがバカ。つーか大輝は無条件でバカ」

「なんだそりゃ。お前が条件つきバカだとしても、バカはバカだろバカ」

「文句あんの?」

「ねえよ。――仕方ねえ! 今日は昨日を忘れて騒ぐか!」

「ふん。――仕方ないから、付き合ってあげてもいいけど」


 要するに、これはひとつの儀式なのだ。

 陽菜も大輝も頭が回る。頭が回るし感情に振り回されないから、冷静に自分を省みれる。

 だけど、だからって抱えた感情そのものを、理性ばかりで処理できるわけじゃない。

 きっと明日になったって、この失恋をまだ抱えていることだろう。

 ――幼馴染みを失った現実は、あるいはこの先にこそ響いてくるのだろう。


 何をすればいいかなんて、言った通り、わかっていない。

 恋人にはなれないのだとしても。

 せめて、友人には戻れないかと嘆願してみるべきか。けれどそれは、せめて怒らせた理由くらいはわかっていないと、頼めた話じゃないだろう。

 どちらにせよ、しばらくは幼馴染みと意図して距離を取らなければならない。


 だから。

 せめてそれでも前を向こうと、形にしておくのは悪くない。

 そのための儀式として、遊びに行こうと言っている。


 仲直りできるかなんてわからないけれど。

 それでも、まずは今日を乗り越えなければ何も始まらないのだから。


「よっしゃ! それなら付き合ってもらおうかな。今夜は返さない勢いだと思えよ、陽菜」

「いや無理だけど。私、門限七時だし。お母さんに怒られちゃうでしょ」

「先に家に連絡しておけよ。帰りは俺が送るし、なんなら俺からお母様にご挨拶させていただくから」

「うぇ、何それ……まあでも確かに、大輝が言えば納得しそう」

「とりあえずカラオケ行こうぜ、カラオケ! 俺もう声出したい! 大きく!」

「あー、いいね。私もそんな気分。そうと決まればパーッと行こっか!」


 ふたりは視線を交わし合った。

 これはたぶん、単に傷を舐め合うだけの慰めに過ぎないのだろう。

 そんなことはわかっていたけれど、それが必要なら別に構わないとも思う。


「大輝」


 すっと立ち上がり、伝票を持った陽菜は、大輝をまっすぐに見つめて。


「陽菜?」

「やるぞ」


 片手を、すっと相棒へと差し向けた。

 それを数秒眺めてから、わずかに大輝も笑みを作って。


「なんだよ、その体育会系ノリ」

「たまにはいいでしょ。これは同盟なんだから」

「同盟と来たか……名前は? 何同盟よ?」

「さあ。がんばって幸せになって世界を見返してやろう同盟とか?」

「語呂わっり。――ま、嫌いじゃねえけど」


 陽菜が差し伸べた手を、大輝は掴んだ。


 これは契約だ。

 特段、中身らしいものはない曖昧な誓い。

 これからもがんばろうね、とか。その程度の、さしたる意味もない握手。

 それでも、同じような境遇の仲間がいるというだけで、折れてなるものかという気分にはなる。


「ほんじゃま」

「よろしくね」


 そうしてふたりは、未来に向かって握手をした。

 残っていたコーヒーを一気に飲み干す。それが乾杯の代わりである。


 とりえあず、まずは大声ではしゃぐところから始めよう。



     ※



 その翌日。

 ――ついに御社高校ベストカップルが付き合い始めたとクラスメイトたちから祝福された。




 ふたりの受難は、こうして始まったのである。

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